「子どもが社会に出て得る賃金を狙う親が…」『零れるよるに』が描く 零れ落ちてしまう子どもたちの物語
CREA WEB / 2024年5月31日 11時0分
児童養護施設で暮らす2人の恋を描いた『零れるよるに』(講談社)。漫画家・有賀リエさんは、児童養護施設に対してどんな思いを抱くのか。漫画タイトルやキャラクターの名前に込めた思いも伺いました。
「預けてくれてありがとう」の真意
――取材を重ねる中で、児童養護施設に対して印象が変わった部分はありますか?
有賀 正直に言うと、取材前は児童養護施設という名前しか知らない状態で、あまりポジティブなイメージを持っていませんでした。ある施設長さんは「望んで施設へ来た子は誰もいない」とお話されていましたから、ポジティブなイメージを抱けなかったことはある意味、仕方なかったのかもしれません。
でも当事者や施設の方にお話を伺うと、ポジティブな部分があるのだなと感じます。「実生活でひどい仕打ちを受けるくらいなら、預けてくれてよかった」という当事者の思いと、「私たちに子どもを預けてくれてありがとう」というケアワーカーの思いが重なるんですよ。
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子どもが社会に出て得る賃金を狙う親が……
――読者からの反応で印象的だったことはありますか?
有賀 今のところ、当事者の方々からは「リアルで感情移入してしまう」「施設にいた頃が懐かしくなった」「漫画やドラマで児童養護施設が出てくると『おおげさだな』って思うこともあったけど、こんな感じだった」と感想をいただきます。ほっとしますね。それ以外の方からは、児童養護施設を身近に感じたと言ってもらえてうれしいです。
中には、「亡き姉の子が父親の育児放棄で児童養護施設に入っている」とSNSで感想をいただいたこともあります。『零れるよるに』では、天雀(てんじゃく)という男の子が施設を退所する頃に、彼の父親がコンタクトを取ってきて「一緒に暮らそう」と言う場面があるんです。でも、天雀のお金が目的なんですよね。感想をくださった方は、「その場面を読んだらぞっとした」って。「もし父親が甥たちに会いに来たらどうしよう。できる限り自分も子どもたちを気にかけてあげたい」とコメントされていました。
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――子どもたちにとって、親という存在がどれだけ大きいかがわかる場面でした。
有賀 あれは現実にもよくある話で、退所が近くなると子どもが貯金したお金や、社会に出て得る賃金を目的に、接触してくる親が多いそうなんです。
どれだけひどい親でも「一緒に暮らそう」と言われると、子どもは気持ちが揺れて拒めないんですよね。そういう部分では、愛情の求め方が普通に暮らしている人より強い感じがします。一般家庭で育つと、親の愛情について深く考える機会はあまりないと思うんですけど、施設にいる子たちは、そういうことをずっと考えてきたんだろうなと思います。
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零れ落ちてしまう子どもたちの物語
――『零れるよるに』というタイトルに込めた思いを聞かせ下さい。
有賀 世間から零れ落ちてしまう子どもたちのお話なので、『零れるよるに』というタイトルにしました。心情的にも我慢して零れてしまう気持ちがあると思うので。
あとは全体の世界観として夜のイメージがあるんです。漫画で深くは描いていないですけど、児童養護施設では夜になると強烈な不安に襲われる子が多いそうなんです。だからタイトルと主人公の名前につけました。
主人公の「よる」は、本当の名前は漢字で「夜」なんですけど、漫画で夜の場面を描くとわからなくなるから、ひらがなにしています。彼女は愛情に飢えていることをシンプルに表現していて、私も気持ちに寄り添える気がします。本当に寂しくて愛情が欲しいんだろうなと思いますね。
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――天雀くんの名前の由来は何ですか?
有賀 思いつきなんですよね。なんとなく格好いいなと思って。天雀ってひばりという意味があるんですけど、ひばりは朝の鳥なので、主人公のよるにとって朝の存在になれたらいいなという思いを込めています。
――2人は千葉県の外房に住んでいるイメージなんですよね。
有賀 外房は海が美しくて個人的に大好きな場所なんです。でも都会と比べるといろんな意味で不便な場所ですし、選択肢も少ないです。景色がいいだけでは済まされない側面もあるのだと思いながら描いています。
必要以上にエピソードを盛らない“漫画道”
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――有賀先生は『パーフェクトワールド』や『工場夜景』といった社会問題をテーマとした漫画が話題ですが、もともとそういう漫画が描きたかったんですか?
有賀 もとはラブコメを描こうと思っていたんですよね。最初に連載した恋愛漫画『オールトの雲から』はまさにラブコメ作品で、私はノリノリで描いていたけど、評判があまりよくなくて打ち切りになりました。
その頃に、当時の編集長から「有賀さんは、恋愛とは別に何か題材があった方がいいのでは」と障害をテーマにした恋愛漫画の提案を受けて『パーフェクトワールド』に取り組んだんです。掲載紙の『Kiss』(講談社)では障害をテーマにした作品に度々取り組んでいて、これまでに聴覚障害を描いた『君の手がささやいている』や、男女の性別が判断しにくい体に生まれた『IS(アイエス) ~男でも女でもない性~』を掲載してきていた実績がありましたから。
それでやってみたら、いろんな人に取材をして漫画に落とし込むやり方が、自分に案外あっていたんですよね。
――有賀先生の漫画は当事者の方からも「現実に近い心理描写がされている」と好評ですが、取材方法などに秘密があるんでしょうか?
有賀 展開に応じて必要以上にエピソードを盛らないことを大切にしてきた、というのはあるかもしれません。「こういう風にしたら話が盛り上がる」というイメージが最初に出来上がる時もあるんですけど、取材して現実と違うようであれば、そちらは書かないようにしています。
漫画家を目指したのは30歳を過ぎてから
――有賀先生が漫画家になったきっかけも教えてください。
有賀 私が漫画家になったのは30歳を過ぎてからなんです。幼い頃から漫画家に憧れていたけど、社会に出て会社勤めをしていました。当時は『のだめカンタービレ』(講談社)が人気で、職場の同僚から借りて私もハマったんです。そのうち単行本になるのが待ちきれなくなって雑誌を買うようになったら漫画の新人賞があることに気が付きました。30代の方も投稿されていたので、「私も漫画家になりたかったな」と勇気をもらって30歳を過ぎてから初めて漫画を描き始めたんです。
――会社勤めをしながら漫画を描くのは大変そうですね。
有賀 そうなんです。夫に内緒だったから、「ちょっと部屋に籠るね」とだけ伝えて帰宅後に2時間くらい描いてました。そうして3カ月かけてアナログ原稿を完成させたら、その作品が入賞したんです。それで「漫画家になれる!」と舞い上がっちゃって。
しばらくして「漫画家を目指す」と勢いで退職してしまいました。会社の人もあきれていたかもしれません(笑)。実際になれてよかったです……。
――そこから漫画家デビューしていくんですね。
有賀 デビューしてからは読切漫画を3回、そして『オールトの雲から』の連載、次が『パーフェクトワールド』です。
今思い返すと、投稿していた時も、認知症の親をワンオペで介護する主人公の話など、シリアスな物語の方が編集部の評価が高かったです。もしかすると日常にある人の痛みを作品として伝える方が、描く側としては向いていたのかもしれません。
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自分と違う環境で育った人がいることを理解して
――今後は『零れるよるに』をどんな作品にしていきたいですか。
有賀 以前別のインタビューで「この作品で子どもたちに何を伝えたいですか」と聞かれたことがあるのですが、伝えたいことがあるとするなら、子どもではなく大人だと思いました。今の厳しい環境に置かれている子どもたちに思いを馳せるきっかけになると嬉しいですね。そして、自分と違う環境で育った人に対して関心を持つ。あるいは、持つまではいかなくても存在を知ってほしいです。「子どもを愛さない親なんていない」とか、「子ども時代に受けた傷をいつまで引きずっているの」とか、世の中では安易に言いがちなところがありますけど、そういう思いを簡単に口にできない状況の人がいるってことを感じてもらえたら嬉しいです。
取材を通していろんな問題が解決されていないままだと感じたので、私はできるだけ世間から関心を持ってもらえるように、漫画としての面白さを大切にしつつ描いていきたいです。
有賀リエ(あるが・りえ)
長野県出身。読切漫画『天体観測』で「Kissゴールド賞」を受賞し、デビュー。初連載は、天文サークルに所属する大学生の恋を描いた『オールトの雲から』(講談社)。『パーフェクトワールド』(同)は車いす生活を送る男性との恋愛を描き、話題に。累計200万部を突破し、第43回講談社漫画賞少女部門を受賞した。ほかに性暴力の加害者・被害者の子ども同士が惹かれ合う『有賀リエ連作集 工場夜景』(同)がある。
文=ゆきどっぐ
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