「二人の人間が何十年も心身ともに 縛り合うのは無理がある?」 『1122』が問う“新しい夫婦像”
CREA WEB / 2024年6月29日 11時0分
2016年に連載が開始されるや否や、「婚外恋愛許可制」「セックスレス」など、踏み込んだ描写が話題を呼び、大きな注目を集めたマンガ『1122(いいふうふ)』。結婚とは何かを問いかける渡辺ペコさんの話題作がこの夏、ドラマ化されます。
相原一子(あいはらいちこ)と二也(おとや)は結婚7年目の仲良し夫婦。しかしセックスレスで子供がいない二人は、夫婦仲を円満に保つため「婚外恋愛許可制」を選択する……という、これまでにない物語です。
結婚している夫婦も3組に1組は離婚する時代。「結婚って何だろう」「いい夫婦って何だろう」――鋭い観察眼とユーモアで、現代社会に生きる私たちを取り巻く違和感を、丁寧にすくいとってきた漫画家・渡辺ペコさんにお話を伺いました。
※この記事は一部ネタバレを含みます
1対1の関係で死ぬまで配偶者に縛られるというのは無理がある?
――連載当時、女性用風俗はまだまだ認知がなかったものの、この数年でそれなりに知られるようになってきたと思います。近年はスワッピングなどが作品の題材になることも。そうした社会の変化をどのように感じますか?
本作がその走りだとはまったく思っていませんが、同時期辺りから、不倫(サレ妻)モノ、レスモノの作品が多く作られていったように思います。私は別に推奨しているわけではないですが、やはり1対1の関係で死ぬまで配偶者に縛られるというのは無理があるんじゃないかと考える人も増えてきているのではないでしょうか。
夫婦間でも一回考えてみる価値はあると思います。なんせ今はみんな長生きじゃないですか。性的な関係を含め、婚姻のリレーションシップをどう長期的に運営していくか。そして婚姻というものをどう捉えて、どう向き合っているのかは、結婚前も結婚後も考えたほうがいいと思います。
――著名人の不倫は今でもワイドショーの一大トピックに挙がります。世間の不倫についてはどう考えたらいいのでしょう。大切な政治のニュースをふっとばしてまで熱心に報道する必要があるのか疑問に思うこともあります。
1対1のパートナーシップに捕らわれない関係性をお互いに理解しあっているかもしれないし、夫婦間のことは第三者がとやかく言う必要はないと思います。ただ、私はテレビをほとんど見ないんですけど、ネットニュースで不倫の話題を見たらすぐクリックしてしまうし、やはりのぞき見するような、下世話心がくすぐられるものがあるんだろうなと思います。
それに私も、たとえば家事や育児をパートナーに押し付けている人が不倫をしていると聞いたら、その人に嫌悪感を抱くかもしれません。これは夫婦間のパワーバランスや分担の問題でもあるのだと思います。お互いに同程度の経済力や自由度があるかどうかも気になります。相手のことを嫌だと思ったら自分から契約(夫婦関係)を解消しても大丈夫な場合と、そうでない場合とがありますから。
――結婚自体が女性のセーフティネットにもなってしまっている現状もあると思います。一方で本作では一子と二也の生活水準、役割分担が平等のように感じられました。そこに見やすさがあったのですが、意識はされましたか?
私がこの漫画を描けたのは、一子と二也の生活水準やパワーバランスが同じぐらいだから。一子も思ったことを全部言えるし、強気でいられるというのがありますね。私はお互い健康で働いているとしたら、双方が仕事とは別に家事もやるべきだと思っています。これは好みの問題でもあるんですけど、まだ女性が家庭のことを担うことが現状多いと思うので、フィクションとして画を見せるときは、やっぱり男性が家事をしている場面を描いてみせるほうが私は落ち着くんですよね。そこは意識しています。
それに役割として家事をやっている人と、あまりやらない人がいたとして、やらない人の方が浮気や不倫をすると、パートナーがよりかわいそうに見えちゃうじゃないですか。特に女性がそういうふうに見える場合、そこに経済的なパワーバランスがあるとしても、それは嫌だったんです。この物語では最初に二也が一子以外と関係を持つので、二也にはその分しっかり家事をしていてほしいなと思いました。
見え始めた「伝統的な家族観に捉われない家族の形」
――本作のキーワードとして「夫婦の再構築」があります。よりよい夫婦関係を築くために必要なことはなんなのでしょうか。またペコさんの思う、いい夫婦の定義とは何だと思いますか?
相性も大きいと思います。でも、理想かもしれないですけど、やはりお互いができるだけ成熟した状態で、きちんと敬意や信頼を持った上で話し合うことができるといいのかなって思います。対話って本当に時間とかエネルギーの余裕がないと雑になってしまうと思うので、自戒も込めてですけど、礼を尽くして相手を尊重できる関係だといいですよね。変な甘えが出てしまうと、すごくおざなりにしてしまうと思うので。
――敬意と信頼。どんな人間関係においても、結局はそれに尽きる気がします。
そうですね。こと結婚になると、愛情やロマンスの結果として語られてしまいますけど、私は敬意と信頼の方をより大事にすべきだと思います。愛情って結構移ろいやすいし、気分や状況で変わったりするじゃないですか。でも敬意や信頼はそう簡単には壊れない。それが無くなるとしたら、そこには取り返しのつかない大きな原因が存在しているはずです。敬意と信頼をお互いに持てる関係性でいられるように努めることが大事だと思います。
――現在、伝統的な家族観に囚われない多様なカップル・家族の形が見えてき始めています。一子と二也の結末もそこにあるのかなと思いました。また、血のつながりや法的な関係はないものの「家族」のような深い絆を持ち、互いに支え合う「Chosen family」のようなコミュニティも海外では増えつつあります。
私はこの漫画を描いたとき、従来の婚姻制度に縛られない家族というものがあり得るんじゃないか、ダメだと思っても再構築が可能な場合もあるんじゃないかとか、そういうところまでは考えたんですけど、拡張というところまではイメージが湧いていませんでした。
私は今回、二人の関係というものすごく狭い世界の中でのことだけを描いていますが、実際に二人の人間が1対1で何十年も心身ともに本気で向き合っていくというのは、結構難しいことだろうなと思っています。だからこそ、関係性を拡張していく、ちょっと違う形を模索していくという選択肢もあるべきだろうなと感じました。そういうさまざまな関係性に溢れた世界をもっと見てみたいです。
ドラマに託した「原作では描けなかったこと」
―― 一子と二也は、最終的に法律婚を解消し、そこから二人の新たな関係性を模索します。
これも選択肢の一つとしてあると思いました。そして漫画では描けなかったことですが、ドラマでは明確に「子どもを持たない」という選択をしています。最終話で一子が整体に行ったときに、片桐はいりさん演じる整体師とお話をするシーンです。これはドラマ化に際して私がお願いしたことでした。子どものことをいろいろと言われたときに「私にはもう必要ないんです」という趣旨の言葉を入れてくださいとお願いしました。濁すのではなく、その時点での判断を一子がきちんと表明できたらいいなと思って。
――昨今では、夫婦二人が共働きで子どものいない世帯、いわゆる「DINKs世帯」も増加傾向にあります。今の法律婚の制度に違和感を抱いて、あえて事実婚を選択するケースもよく聞きます。
籍も入っていないかもしれないし、子どもも作らないかもしれない。それでも他者とつながることはできるし、それも新たな家族の形になり得るのではないかと思います。一子と二也は家族を増やす方向の拡張ではないですが、既存の制度や価値観を揺るがしながら関係性の考え方を拡張していると言えるのかもしれません。そこを脚本家の今泉かおりさんが汲み取ってくれたことがすごく嬉しかったです。
該当のシーンは片桐はいりさんがとてもすばらしくて。夫婦間の問題に口を出す存在ながら“嫌なおばちゃん”になっていないところも私はとても嬉しかったです。それは脚本と演出、役者さんの力だなと思いました。
――ほかに映像化されて嬉しかったシーンはありますか?
いっぱいありますが、それは原作をうまい具合に汲み取っていただけたおかげだと思います。みなさんが作品に寄り添ってくださった結果だと思うので本当にありがたかったです。
――映像化でこれは伝わたいと思っていた場面を教えてください。
私が映像化に対してお願いしたのは、漫画では描けなかった、子どもはいなくてもいいという夫婦の選択を明確にすることと、冒頭に日本国憲法第二十四条を映していただくこと。婚姻制度や夫婦の形について、みなさんが考える作品として広がっていくことを願っています。
渡辺ペコ(わたなべ・ぺこ)
漫画家。北海道生まれ。2004年、「YOUNG YOU COLORS」(集英社)にて『透明少女』でデビュー。以後、女性誌を中心に活躍。繊細で鋭い心理描写と絶妙なユーモア、透明感あふれる絵柄で、多くの読者の支持を集める。2009年、『ラウンダバウト』(集英社)が第13回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選ばれる。2020年に完結した『1122(いいふうふ)』(講談社)は、夫婦とは何かを問いかける話題作として大きな注目を集め、現在累計146万部を超えている。その他の著書に『にこたま』(講談社)、『東京膜』『ボーダー』(集英社)、『変身ものがたり』(秋田書店)、『昨夜のカレー、明日のパン』(原作 木皿泉/幻冬舎)、『おふろどうぞ』(太田出版)などがある。現在、「モーニング・ツー」(講談社)にて『恋じゃねえから』を連載中。
文=綿貫大介
写真=佐藤 亘
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