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梅枝から六代目中村時蔵へ。歌舞伎座で襲名披露、初日に「ぐっと来た」瞬間とは? 楽屋風景も特別公開!

CREA WEB / 2024年6月18日 17時0分


中村時蔵さん。

 歌舞伎座「六月大歌舞伎」で中村時蔵さんが六代目襲名披露狂言として演じているのは『妹背山婦女庭訓』のお三輪。初日から数日を経たある日、公演中の楽屋に時蔵さんを訪ねました。時蔵さんのインタビューとともに、舞台の様子や五代目中村梅枝を襲名されたご子息・大晴さんとの楽屋風景をお届けします。


思いがけずの連続の中で

 中村時蔵さんが六代目として初めて歌舞伎座の舞台に姿を現したのは2024年6月1日。その朝、時蔵さんは妙に緊張することなく、極めて普段通りに自然体で迎えたそうです。

「ところが……。舞台へ向かっている途中、ものすごい拍手が聞こえてその瞬間にぐっときてしまいました」

 それは先に花道から舞台に登場した萬壽さんに送られた拍手でした。

「父が演じている求女はそこで大きな拍手が起こるような役というか、場面ではないんです。その後に自分が出ていったらまたすごい拍手。それが劇場中に響き渡るのを直に感じてさらにぐっときて……。まったく予想外というか、思いがけないことでした」


令和6年6月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』杉酒屋娘お三輪=中村時蔵(©松竹)

 コアな歌舞伎ファンが多いとされる3階席から降るように広がった拍手は、1、2階席のそれと相まって何ともいえない晴れやかさと温かみを帯び、期待と喜びに満ちた劇場空間を形成していたのです。

 時蔵さんが父・萬壽さんから、時蔵の名を譲りたいという意志を告げられたのは3年前。「父は一生、時蔵のままだと思っていた」時蔵さんにとって、それ自体がまず思いがけないことでした。それゆえ自分にはまだ早いと辞退し続けたそうです。

「ですが、自分が元気なうちに時蔵を襲名させ、それと同時に孫である大晴に五代目梅枝を名乗らせ初舞台をしたいという父の意志は固いものでした。そして40年以上も慣れ親しんだ名を譲ろうという父の気持ちに感謝しなければと、思うようになっていったのです」

 娘役の大役とされるお三輪を時蔵さんが演じるのは今回が初めて。『壇浦兜軍記』の阿古屋など大役をも勤めている実力からすればもっと早くに経験していてもよさそうなものですが……。

「そうおっしゃる方もいらっしゃいますが役というのは巡り合わせです。今がその時だったということなのでしょう。それにお三輪は父も祖父も時蔵襲名の舞台で勤めた役であることを思えば運命的なものも感じます」

 恋焦がれる求女の後をひたすら追いかけてお三輪が迷い込んでしまったのは三笠山にある蘇我入鹿の御殿。入鹿は天下を揺るがす大悪人です。そしてお三輪にとって恋敵である橘姫の兄でもあります。求女はある思惑があって橘姫の素性を探っていたのでした。全く場違いの身分の低い庶民の娘・お三輪を見つけた官女たちは、それが大切なお姫様にとって邪魔者であることを悟るとさんざんにいじめ始めます。


令和6年6月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』杉酒屋娘お三輪=中村時蔵(©松竹)

いじめの官女は“小川家立役オールスターズ”

 襲名ならではの、特筆すべきことはこの官女たちの配役です。中村歌六さん、中村又五郎さん、中村錦之助さん、中村獅童さん、中村歌昇さん、中村萬太郎さん、中村種之助さん、中村隼人さんという主役級の俳優さんが演じているのです。いずれも女方として確固たる地位を確立した名優・三世時蔵の血を引く“小川家”の方々、歌六さんの提案で実現したことだそうです。

「襲名でもないとなかなかないことなので本当にありがたいと感謝しています。全員が並ぶとやはり壮観ですし、お三輪は登場してからしばらくの間ずっと受けの芝居なのでとても心強いです。親戚が多くてよかったです(笑)。」

 おそらく二度と見られないであろう“小川家立役オールスターズ”による豪華配役に観客はざわめき、襲名のお祝いムードは盛り上がる一方。何よりの効果はこのかなり怖い官女たちによってお三輪の哀れさが際立っていることです。


令和6年6月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓』杉酒屋娘お三輪=中村時蔵(©松竹)

 大きな見どころとなっているのは傷心のお三輪に起こるある変化。そのためにお三輪は命を落とし最終的には心が救われていくという展開となります。実は求女は政変の中枢を担う人物である藤原淡海で、お三輪は大化の改新を扱った壮大なスケールの時代背景を持つ物語のキーパーソンなのです。

「国家を揺るがす大事件が起こっている中で、ごく普通の娘が最終的に勧善懲悪を為す物語の一因となっていくのですから、数ある娘役の中でもお三輪は別格です。実際に舞台に立ってみてさまざまな意味でさらにそれを実感しました。あの御殿を背負ってお三輪としてそこに存在するにはリアルな感情だけでは勤まらないんです。役としての気持ちの持ちようを超えた空間支配力が求められるのですが、自分にはそれが足りていない。その自覚があるがゆえに焦ってしまい、その結果として芝居がどんどん写実になってしまいました。それが初日の大きな反省点です」

 ご自身に厳しい時蔵さんです。写実であることがなぜいけないのでしょうか。

「今のお客様にはリアルな感情に寄り添ったやり方のほうがわかりやすいかもしれません。けれど歌舞伎にはそれだけではない、長い時間をかけて綿々と積み上げられてきた表現方法でお客様の心を動かして来た歴史があります。型として残っている先人の知恵をないがしろにして自分のやりたいようにやっているだけでは先人に対しても、何よりそういう芝居を観て感動してくださっているお客様に対しても申し訳ないと思うんです」

 型を踏襲するには必要な技術を身につけなければなりません。

「ただ技術だけでもいけない。その型の心を感じ一度分解して組み立て直し、充実させていくことが重要です。それはとてつもない作業ですが地道に続けていくことで到達できる深い感動というものがあるのです。それにはまず基本をきちんと受け継がなければ。襲名という機会をいただき繋いでいくことの大切さを今、改めて実感しています」


時蔵さんの楽屋。

 静かに語る時蔵さんの楽屋には、お祖父さまが四代目時蔵を襲名した際のお三輪を描いた掛け軸が、鏡台には写真が飾られていました。

楽屋も特別公開! 襲名披露の舞台裏

 初日から数日を経たある日、公演中の楽屋に時蔵さんを訪ねました。舞台の様子や加え五代目中村梅枝を襲名されたご子息との楽屋風景をお届けします。

 時蔵さんの楽屋を訪ねたのは『妹背山婦女庭訓 三笠山御殿』が開演する1時間ほど前のこと。時蔵さんはお白粉によるベースメイクが終わり、紅によるポイントメークにとりかかっているところでした。


中村時蔵さん。

 ピリピリと緊張した空気なのかと思いきや、時蔵さんは穏やかな表情で至って和やかな雰囲気。傍らには梅枝さんの姿もあり、時に親子で会話しながら手際よく筆を動かしています。歌舞伎の化粧は俳優さん自身が行うのが常で、例外は小さな子ども。そして豆腐買いおむらの娘・おひろで『妹背山婦女庭訓』に出演している梅枝さんにもお化粧を始める時間がやって来ました。

 梅枝さんのお化粧を担当するのはお弟子さんです。梅枝さんは白粉を塗っている最中に時蔵さんに話しかけてしまい、お弟子さんにやんわりとたしなめられてしまいました。口元に差し掛かったところだったのです。その様子に確かな信頼で結ばれたご一門の皆さんの人間関係が垣間見えます。


梅枝さん。

 その後、20分ほどで時蔵さんのお化粧は完了。あまりの早さに歌舞伎の楽屋に入るのは初めてだというカメラマンはびっくりした様子です。

 楽屋の外では別のお弟子さんが舞台で使う小道具の準備をしています。ほどなくしてお三輪の着付けを担当する衣裳さんが姿を現しました。


時蔵さんの楽屋の様子。

 着付けの様子を、梅枝さんが興味深そうに見つめています。この時の親子の話題は歌舞伎の歴史について。といっても堅苦しい内容ではなく、梅枝さんの素朴な疑問に時蔵さんが答えるというものでした。こうして日常の中で歌舞伎に接していくうちに、子ども心に歌舞伎に対する好奇心が芽生えていくのでしょう。


中村時蔵さん。

プロフェッショナルなスタッフに支えられて

 時蔵さんの着付けが終わると梅枝さんが鏡台に向かい仕上げにとりかかりました。お弟子さんに頼らず自分でお白粉を手に塗り始めたのです。自立心旺盛なタイプ、なのでしょうか?


そんな我が子の様子を今度は時蔵さんがやさしく見守ります。

 鬘を手に床山さんが姿を現しました。丁寧に様子を見ながら微調整していきます。


中村時蔵さん。

 1時間にも満たないわずかな時間の中でとにかく印象的だったのは、すべてのものごとが穏やかに手際よく進んでいったことです。お弟子さん、スタッフ含めて関わる人すべてがプロ意識を持ってそれぞれの仕事と真摯に向き合い取り組んでいる証ではないでしょうか。


中村時蔵さん。

 すべてが整い、静かに出番を待つ時蔵さんの向こうにはまるで同じ姿のお祖父さまの絵が。萬壽さんが幼少の頃にご逝去され写真や絵でしか知らない四代目に思いを馳せ、五代目である萬壽さんから受け継いで演じる時蔵さんのお三輪、歌舞伎座で上演中の『妹背山婦女庭訓』は六代目としてのスタート、二度とない記念すべき舞台です。


時蔵さんの楽屋。

文=清水まり
写真=深野未季(楽屋撮影)

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