13歳との不倫は純愛? それとも洗脳? 「メイ・ディセンバー事件」から問う人生を“物語化”してしまうことの怖さ
CREA WEB / 2024年6月30日 17時0分
映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる連載。第10回となる今回のテーマは、「“物語”の怖さ」。
1990年代に実際にアメリカで起きた事件から着想を得て生まれた映画『メイ・ディセンバー ゆれる真実』。13歳の少年と36歳の女性の不倫、獄中出産、そして結婚。果たしてそれは純愛か、“洗脳”か――?
自分が作り上げた「物語」の中で生きるのは、幸せか?
フィクションに限らず、人はいつも「物語」を追い求めている。身近なできごとから物語をつくりだすのが大好きな人は多い。物語に魅せられる人が多いからこそ、小説や映画のような創作物が生まれたのだし、タブロイド紙がいまだに力を持つのもそのためだ。忘れてはいけないのは、人の欲望によってつくりだされた「物語」は、語られるうちにどんどん肥大化していくものだということ。それはときに、真実から遠く離れ、場合によっては、誰かの実人生にも影響を与えてしまう。「物語」の力とは、あまりに甘美で、だからこそ危険なものだ。
『エデンより彼方に』(02)や『キャロル』(15)で知られるトッド・ヘインズ監督の最新作『メイ・ディセンバー ゆれる真実』は、「物語」に魅入られたふたりの女性をめぐる映画。
23年前、ある街のペットショップで働くふたりの男女の情事が、スキャンダルを引き起こす。夫や息子と暮らす36歳の主婦グレイシーが性行為をした相手は、なんと息子と同級生の13歳の少年ジョーだった。児童レイプの罪に問われたグレイシーは、刑務所の中でジョーとの間にできた子供を出産。このスキャンダルなニュースはタブロイド紙の恰好のネタとなり、全米の注目を集めることになった。そして23年が経った現在、刑期を終えたグレイシーはジョーと結婚し、すでに3人の子供をもうけている。そんな彼女たちのもとに、ハリウッドから女優のエリザベスが訪ねてくる。事件の映画化が決まり、グレイシーの役を演じるエリザベスは、役作りを兼ねて自ら調査にやってきたのだ。
実在する「メイ・ディセンバー事件」とは?
どこか浮世離れした雰囲気のグレイシーを演じるのは、『エデンより彼方に』をはじめ、トッド・ヘインズ監督と何度も協働しているジュリアン・ムーア。13歳で父親となったジョーは、新人のチャールズ・メルトン。そして、グレイシーの役を演じるため取材にやってきたエリザベスを、ナタリー・ポートマンが演じている。
実は本作は、1990年代に実際にアメリカで起きた通称「メイ・ディセンバー事件」から着想を得て生まれた。「メイ・ディセンバー」とは、親子ほど年の離れたカップルを意味する言葉だという。1996年、30代の女性教師メアリー・ケイ・ルトーノーが、教え子の少年と性的関係を持ち、逮捕された。彼との子を妊娠していた彼女は実刑を受け、刑務所で子を出産する。出所後に結婚したふたりは、仲睦まじい姿をテレビ番組などで披露するが、後に離婚。その数年後にメアリーは病死した。
これが初の長編作品となる脚本家サミー・バーチをはじめ、『メイ・ディセンバー』の製作者たちは、これは実話の映画ではなく、いくつかの実例からインスパイアをうけ、オリジナルの物語としてつくりあげたのだと主張している。たしかに、映画の主人公は教師と教え子の関係ではなくペットショップの店員同士、名前も現実の事件とは異なる。だが、映画がメアリー・ケイ・ルトーノーをめぐる事件を下敷きにしたのは明らかだ。劇中に登場する、グレイシーを取材したタブロイド紙の記事や写真、ニュース映像は、実際の事件とあまりにもそっくりだ。
とはいえ、映画の構造はフィクションとして精密につくられている。エリザベスという架空のキャラクターを中心にすえ、彼女の視点からグレイシーとジョーの現在の関係を観察し、彼らの過去を探っていく。観客は、エリザベスと共にこのふたりの人生を探索し、スキャンダルな物語を楽しむというわけだ。
ふしぎなことに、グレイシーは、過去を隠すわけではなく、自分たちの話を映画化されると知っても気にする様子がない。そういえば彼らが住む家は、ふたりの経済状況から考えるとかなり立派なものだ。夫婦は、自分たちの過去をメディアに売ることで生活を成り立たせているようにも見える。
「私たちは、世間の厳しい目に負けず、純愛を貫いた運命の恋人たち」?
エリザベスは、グレイシーの不思議な魅力に興味を抱く。無邪気な笑顔を振り撒き、20歳以上も年下の夫に子供のように甘えるこの女性は、過去の事件をいったいどう捉えているのだろう。エリザベスは、グレイシーの一挙手一投足に目を光らせ、その姿を擬態しながら、彼女の心のうちを探っていく。そして段々と、グレイシーが自分だけの「物語」をつくりあげ、その中でだけ生きているのだと理解する。役者として、ひとりの女性としてグレイシーの生き方に興味を抱いたエリザベスは、ジョーや元夫、子供たちなど、周囲の人々に近づき、事件の隠された一面を見つけようとする。
「メイ・ディセンバー事件」を着想源にした映画は、過去にもつくられている。ゾーイ・ヘラーの同名小説を原作にした『あるスキャンダルの覚え書き』(リチャード・エアー監督、06)では、定年間近の女性教師バーバラ(ジュディ・デンチ)が、魅力的な新人教師シーバ(ケイト・ブランシェット)に恋をし、異常な執着心を抱く。そしてバーバラは、シーバが教え子の少年と関係を持っていると知り、このスキャンダルを利用し彼女を支配しようとする。ここで描かれるのもまた、自分の信じた「物語」を相手に押し付けようとする、歪んだ人間の姿だ。
『メイ・ディセンバー』においてグレイシーがつくりあげた「物語」とはこうだ。「私たちは、世間の厳しい目に負けず、純愛を貫いた運命の恋人たち。実際の年齢差は関係ない。精神的には、彼の方が私よりずっと大人だったから」。その「物語」を信じて、グレイシーとジョーの夫婦関係、そして一家の絆は成り立ってきた。だが、外からやってきたエリザベスは、その物語に疑問をつきつける。その関係は本当に愛と呼ぶべきものだったのか。大人が子供を虐待し洗脳しただけではないのか。長年信じてきた物語に疑問を呈され、グレイシーは苛立ち、ジョーの心はぐらぐらと揺れ動く。
グレイシーは、自分に都合のよい物語をつくりあげ、周囲の人々を、そして自分自身をも支配する身勝手な人物だが、エリザベスもまた、自分が発見した「物語」に固執する人だ。彼女が導くグレイシーとジョーの本当の関係性は、あくまで自分の映画のために想像したものでしかない。そもそもエリザベスは、自分は才能豊かな俳優で、ゴシップから芸術をつくりだすアーティストとして振る舞うが、それもまたひとつの「物語」にすぎない。
人はみな、自分がつくりあげた物語しか信じようとしないものだ。他人から「それは暴力だ」と非難されても「これは愛情からくる行為だ」と言い張り、相手を支配する人が大勢いるように。同様に、私たちは他人の人生を勝手に物語化することに夢中になる。ゴシップめいた話に飛び付いては、当事者たちの思いを無視し、その物語を消費する。伝染力が強いという意味では、感動や美しさをまとった物語のほうがより危険かもしれない。
鏡を使った演出を多用し、ふたりの女性が互いを見つめ、相手を擬態していく様を描く『メイ・デイセンバー』の構造は実に複雑だ。ジュリアン・ムーアは、実際のメアリー・ケイ・ルトーノーに似通った姿としてグレイシーという女性をつくりあげ、そのグレイシーの姿を擬態するエリザベスという女性を、ナタリー・ポートマンがつくりあげる。ふたりの女性のなかに、何人もの女性たちの姿が浮かび上がり、いったい自分はいま誰の姿を見ているのかと、思わずめまいがする。
物語と現実を行き来する女性作家の抱える“業”
アメリカの作家シャーリイ・ジャクスンをモデルにした映画『Shirley シャーリイ』(ジョセフィン・デッカー)もあわせて紹介したい。1948年、短編小説『くじ』で一世を風靡した作家のシャーリィ(エリザベス・モス)は、夫のスタンリー(マイケル・スタールバーグ)が務める大学で起きた、女子大生行方不明事件に興味を抱き、事件を題材に新作長編を書こうとする。だが、執筆は思うように進まず、夫との関係は徐々に緊迫する。そんなある日、夫の部下のフレッド(ローガン・ラーマン)と妻のローズ(オデッサ・ヤング)が同居人としてやってくる。シャーリィの小説のファンであるローズは、気難しく風変わりな彼女に翻弄されながらも、その創作活動を手助けするように。
女子大生の行方不明事件から、シャーリィとスタンリーの夫婦関係、シャーリィとローズの間に結ばれる奇妙な主従関係へと、人々の歪な関係がこれでもかと披露される。
作家であるシャーリィは、物語を生み出そうと苦悩するうち、失踪した女子大生とローズの姿を空想のなかで混同していく。ふたりの若い女性に刺激を受け、作家は新たな物語をつくりだす。一方、シャーリィに影響されるかのように、ローズもまた自分なりの物語を空想するようになる。シャーリィとスタンリーの夫婦関係はなぜこれほど暴力的なのか。彼女はなぜこの事件にことさら魅入られるのか。やがてローズは、姿を消した女子大生とスタンリーとの間には何か関係があったのでは、と考えずにいられなくなる。そしてその「物語」に魅了されたローズがある一線を越えたとき、彼らの関係は大きな破綻を迎えることになる。
幻想と現実の間を行き来するふたりの女性。ローズは自分のなかで作家としてのシャーリィ像を妄想し、シャーリィもまたローズという女性をもとに自分勝手に物語をつくりあげる。ただし、ローズの頭のなかで膨らんだ物語が現実という壁にぶつかるのに対し、シャーリィのつくりだす物語は、その後も作品として世の中に広まっていくだろう。現実から物語をつくるのは創作行為の常だが、そこで傷つけられた人がいる場合、創作物とその作り手に罪がないといえるのか。こうして、創作行為がもたらす恐ろしい側面が徐々に浮かび上がる。
「物語」に魅入られた女性たちの姿を描く『メイ・ディセンバー』『あるスキャンダルの覚え書き』『Shirley シャーリイ』。この3つの映画は、「物語」のもつ快楽と恐怖を、たしかに教えてくれる。
文=月永理絵
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
映画のモチーフになった34歳女性と12歳少年の不倫スキャンダルをデーブ・スペクターが解説【動画】
ORICON NEWS / 2024年6月22日 11時48分
-
実際にあった34歳女性と12歳少年との衝撃スキャンダル メイ・ディセンバー事件を解説
映画.com / 2024年6月21日 11時0分
-
トッド・ヘインズ監督からの挑戦状――「メイ・ディセンバー」大胆不敵な映画音楽の使い方
映画.com / 2024年6月19日 19時0分
-
トッド・ヘインズ監督らを発掘した注目の映画スタジオ キラー・フィルムズって知ってる?
映画.com / 2024年6月14日 13時0分
-
6月9日はナタリー・ポートマン43歳の誕生日! 『メイ・ディセンバー』新場面写真公開
クランクイン! / 2024年6月9日 8時0分
ランキング
-
1解散から丸一年、超人気グループが再集結!「BIG LOVEな気持ちは永遠」「また集まろう」ファン歓喜
スポニチアネックス / 2024年6月30日 11時10分
-
2ニコール・キッドマン娘、母親と「双子コーディネート」披露...15歳とは思えぬスタイルで話題さらう
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月30日 7時0分
-
3「8歳下の冒険野郎」と3度目結婚の熊谷真実、18歳下前夫との離婚と還暦過ぎてのモテ期を語る
週刊女性PRIME / 2024年6月30日 7時0分
-
4「ウェザーニュース」キャスター駒木結衣が結婚発表「これからもお天気や季節の情報をお伝えしていきたい」
スポニチアネックス / 2024年6月29日 23時3分
-
5「40キロ台じゃなくていいんだ」仲里依紗の体重公表が与えた勇気、“スリム体型”至上主義に投じた一石
週刊女性PRIME / 2024年6月30日 8時0分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください