ウエンツ瑛士「“モヤモヤ”への答えが見つかるかも」舞台『オーランド』に向き合うことでたどり着いた境地
CREA WEB / 2024年6月28日 7時0分
さまざまなジャンルで多彩な才能を発揮しているウエンツ瑛士さんは、毎年、ミュージカルやストレートプレイなど、話題の舞台作品にも出演し、活躍している。そんな彼が今回挑むのは20世紀モダニズム文学の重鎮、ヴァージニア・ウルフの代表作『オーランド』。この作品を通して、どんな人物を体現するのだろうか?
“自分って何なんだろう”と俯瞰するところへ行き着く瞬間がある
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──『オーランド』への出演はどんな心境で挑まれたのでしょうか?
最初にお話をいただいたときは、『オーランド』というものがどういうものなのか、まったく理解していませんでしたが、脚本を読んでみると作品の中に僕の知らない時代がたくさん描かれているので、それがすごく面白いなと思いました。
また、多様性という言葉がいろいろな場面で使われるようになった今、表現すること自体が難しくて言葉にするのをやめたり、傷つけるかもしれないと思って言葉を止めてしまったり、なかなか言語化できないようなモヤモヤした感情を抱いたときに、このモヤモヤとはこうだったのかなという答えのようなものが見つかる作品だとも思いました。
──主人公のオーランドを演じる宮沢りえさんにはどんな印象をお持ちですか?
宮沢さんとはバラエティー番組でご一緒したことはありますが、舞台で共演させていただくのは初めてです。舞台は何度か拝見していますが、印象に残っているのを挙げるとしたらチェーホフの作品でしょうか。ただ、舞台上では役を演じていらっしゃるから、実際のりえさんがどういう人なのかはわからないので、“どれが本当のりえさんなんだろう?”と思いながら拝見していたことが印象として残っています。
常に期待されて、求められ、長年にわたって舞台に立ち続けてこられた方の素晴らしいお芝居を間近で見られる喜びがありますし、ひとつひとつの台詞を受け取ったり、稽古などで会話ができたりすることが嬉しいです。いろいろなお話を聞きたいと思っていますし、そういうチャンスが与えられただけでも本当に幸せですね。
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──本作の脚本を読んだときにご自身のお考えに通じるところがあると思われたそうですが、どういうところにそのように感じたのですか?
とても感覚的なことなのでお伝えするのはすごく難しいのですが、僕の中でわかりやすいのはイギリスに1年半ほど留学して帰ってきて、感じたことと似ているんです。僕自身はあんまり変わっていないはずなんですが、世の中がガラッと変わっていたために、自分も変わったように感じる瞬間があります。
『オーランド』の中に描かれていることにも、時代が変わったことでまわりが変わると、まわりに動かされたかのような気持ちになっていると思いました。つまり世間の常識が自分の常識になってしまうということがあって、自分が素敵だなと思っていたことが、実はまわりに勝手に決められてそう思ってしまっているということです。
それがこの作品の本質かどうかはわかりませんが、作品と向き合うことで“自分って何なんだろう”という俯瞰するところへ行き着く瞬間があって、普通に生きていたら微塵も思わないことを気づかされる機会になっていると思いました。
──お話にもありました通り、ウエンツさんはこの作品の舞台でもあるロンドンに2018年に1年半ほど留学をされましたが、どういう理由で滞在先としてロンドンを選んだのですか?
何度行っても居心地がよくて、好きだからです。ニューヨークの明るい夜と比べてしまうんですが、ロンドンには暗さとか、影があるというか、夜になるとちゃんと暗くなるところが良いですね。
僕は性格的に、人が動いているのを見ると、自分はどうして動いていないのだろうと気になってしまうんです。少なくとも僕が知っているロンドンの一部で、僕のまわりにいてくれた人たちは夜になるとゆっくり過ごすという感じで、僕にもそうすすめてくれたので、それがすごく居心地がいいと思いました。
ロンドン留学を経験して得たもの
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──留学という経験を通して一番印象に残っていることとは?
留学のことを聞かれて最初に思い浮かんできたことは、出発までが大変だったことです。ロンドンに行くための実務的な準備はそれほど大変ではなかったのですが、“行く”と言い出してから、それが現実になるまでが2年以上ありましたので、その大変さはありました。留学することをどのように話すとか、まわりの気持ちを汲むとかも含めて、きっとそこから学びが始まったのだろうと思います。
──ロンドンに暮らしたことは、ご自身にとってどんな意味があると思いますか?
留学は帰国後に自分の仕事を充実させるためという目的ではなかったですし、むしろ自分と仕事を分離させたかったのだと思います。僕は本名で仕事をしていますから、今思えば、それまでは自分の人生と仕事がへばりついている感じがあったのかなという気がします。
スケジュール帳を持たないという生活は、僕の人生において初めてのことだったので、人間の根源的な生活というと大げさですが、1日中寝ていたら、どんな気持ちなんだろうということを試してみました。別に罪悪感はないんだなと、自分で確かめるような感じで一歩ずつ歩んでいきました。
またいつかロンドンに行くとしたら、今度は行きっぱなしになるのではないかと思います。それは旅行とも違う「生活」で、長期間滞在したことに意味がありましたし、ある程度長く滞在しないとわからないことがいっぱいあることを知りました。ですから、何か新しいものを見出すという意味で行くとしたら、そのままずっとロンドンにいることになるのではないでしょうか。
幸運だと感じる瞬間は、心も体も健康であること
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──これまでの人生で、どんなことに幸運だと感じていますか?
ひとつは今も仕事をしていること、もうひとつは本当に単純なことですが、健康でいられたことでしょうか。丈夫に生んでもらえて、留学の1年半という大きな穴を空けたことはありますが、これまでずっと仕事を続けてこられた要因のひとつではあると思います。心も体も健康でいられたのは、すごく幸運だと思います。
特に健康の秘訣はありませんが、変わらずにやっていることを挙げるとしたら、家で食事を取るときは、ごはんは玄米、パンは全粒粉と決めています。あと、納豆とキムチは1日のうち1食は必ず食べていますね。だからといって、すべてをそうしようとは思っていないので、食後に板チョコを2枚くらい食べたり、暴飲暴食したりすることもあるので、健康に気を遣っているとは言いがたいですね(笑)。
──オフの時は何をして過ごすのがお好きですか?
掃除好きなので、ずっと掃除をしています(笑)。実は、昨日も“ニトリ”に立ち寄って掃除道具や収納用品などを大量に買いました。
いったん始めると徹底的に掃除をするので、キッチンだと棚から食器をぜんぶ出してきれいに拭いて、食器をきれいに並べます。そういう作業をすることで、今まで掃除ができていなかったところが顔を出すので、そこがきれいになるのがいいですよね。僕は特に稽古が始まる前に断捨離などをしがちでして、舞台に入るということで自分が自分でなくなってしまう感じがあるので、自分が自分であるうちにやりたいこときちんとやろう気持ちで掃除をします。
舞台が始まると自分から離れてしまって、部屋が汚くなっていくことが目に見えているから、きれいにしておこうと思うんでしょうね。“あの役だったら、本当に片さないだろうし、片したいという気持ちがなくなってしまうだろう”という程度のことではありますが、実際に自分の日常生活に影響が及ぶんです。
役作りをしていると、この役はこういうときはきっとこうするだろうなと想像してしまって、箸を置くことをひとつとっても、きっとこういう風に置くだろうなと思いながらやって、出来上がっていくことがあります。それが積み重なると家の中はしっちゃかめっちゃかになってしまいます(笑)。でも、稽古に休みがあると、“役から一回離れてもいいんだ”という気持ちになるので、稽古休みの前日は急に片すことがあります。
──お休みの日にきれいになったお部屋ではどのようにして過ごしますか?
テレビもつけず、音楽もかけずにソファに仰向けになって天井を見ているのがわりと好きですね。ただじーっと見るだけ。怖いと思われるぐらいずっと天井を見ています(笑)。
──旅をする時には何を目的にすることが多いですか?
僕の旅の目的は人と触れ合うことです。旅の目的地は、いつも迷うことはなく、今ここに行くべき何だろうという感じで、意外と自然に定まります。
旅先ではひとりでなんとなく入った居酒屋で、そこのお父さんと仲良くなって、そのままお父さんの家にちょっと泊まらせてもらったこともありました。だから、いわゆるホテルのような宿泊施設にはあまり泊まることもありません。
今回も稽古前に北海道へ行きました。泊まったところは全部ペンションで、同じように観光している方達と一緒に食卓を囲むんですが、そういうのが一番楽しいですね。旅としては少し特殊かもしれないですが、人と出会い交流できるのが良いと思います。
──『オーランド』を観劇するCREA読者に向けて伝えたいことは?
まずはオーランドのようにいろんな時代を生き抜いてきた宮沢りえさんという女性を生で観ることが刺激的で、それだけでもいろいろと思うところがあるんじゃないかなと思います。そして、すでにお話ししたように、言葉に出来ないようなモヤモヤを、ストンと落としてくれるお芝居になるはずなので、作品を通してスカッと味わえる爽快感をぜひ体感していただきたいです。
ウエンツ瑛士
1985年、東京都生まれ。4歳から子役、モデルとして活動する。2002年に小池徹平とともに音楽デュオ・WaTを結成。作詞作曲を手がけるなど、シンガー・ソングライターとしても活躍。俳優としてはNHK大河ドラマ『利家とまつ』や映画『ゲゲゲの鬼太郎』などの話題作に出演。直近では映画『湯道』(23年)、ミュージカル『太平洋序曲』(23年)、『アンドレ・デジール 最後の作品』(23年)などに出演。
文=山下シオン
写真=佐藤 亘
ヘア&メイク=豊福浩一(Good)
スタイリスト=作山直紀
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