1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 芸能総合

“バズる”をやめたエッセイストと SNSで話題の歌人が明かす、 書いて生きる私たちのキャリア形成

CREA WEB / 2024年7月6日 11時0分

 新著『小さな声の向こうに』が話題のエッセイスト・塩谷 舞さんと、同時期に第二歌集『あかるい花束』を刊行した歌人・岡本真帆さんの初対談が実現。刊行記念イベントで二人が語った「書いて生きていくための創作術」のすべて。


塩谷 舞さん(左)、岡本真帆さん(右)。

20代の頃、同じオフィスで働いていた二人

塩谷 今日は、歌人の岡本真帆さんをお誘いしました。岡本さん……私は「まほぴ」と呼んでるのですが、私たちは20代の頃、しばらく同じオフィスで働いてたんだよね。

岡本 そうなんです。私はコルクという編集の会社に勤めてるのですが、塩谷さんも以前その会社で週に何度か働いていて。

塩谷 当時はお互い作家さんのサポートをすることが仕事だったから、こうして本屋さんで一緒にイベントをしているのが不思議です。

岡本 あのときは、まったく想像もしなかったね。塩谷さんは当時から発信を沢山していたけど、まさか私が本を出すとは思っていなかったので……。

塩谷 でも、当時から短歌は詠んでいたでしょう。

岡本 詠んでました。でもその頃は趣味としてSNSで発表したり、新聞歌壇に応募したりして、ときどき採用してもらえると、「よし!」って喜んでいたんだよね。そんな中で、SNSで話題になったことがあって……。

塩谷 「ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし」という歌だよね。SNSで注目されたことで、歌人としての道がひらけたんでしょうか?

SNSで短歌が話題になったら自費出版の話がきて……

岡本 傘の歌が話題になったあとに、とある出版社さんから「歌集を出しませんか?」というご連絡をいただいたんですが、それはほぼ自費出版の形だったんです。そうするとまず、100万~200万円を支払う必要がある。であれば、自分から出版社さんに持ち込んで相談しようと何社かご相談に行ったんですよね。

塩谷 自分で道をつけていったんだね。

岡本 そうなんです。そうやって、お話を聞いていただけそうな出版社さんに何社か持ち込みをして、その中でナナロク社さんとのご縁があり、第一歌集を出せることになったんです。


岡本真帆さん。

塩谷 すごいなぁ。でも、会社で編集者として仕事をしてきたからこそ、どう行動すれば良いかを把握できていたところも大きいのかな。

岡本 それはあります。ただ、自分が歌人として活動していく中で、自分の伝えたいことがだんだん大きくなっていった。そうすると、編集者として作家さんに何かを伝えようとするときに、それが本当に作家さんのための意見になっているのか、もしかして自分のエゴによるものではないのかと、分からなくなりかけてしまった時期があったんですよね。

塩谷 確かに、自分の言葉を紡ぐことに集中していると、それまでとは視点が変わってくることもあるよね。

岡本 だから、編集の仕事からしばらく距離を置かせてもらっていた期間もありました。

 今はもう、編集者としての仕事と、ライフワークとしての作家活動を切り分けて考えられるようになったので、うまく乗り換えられるようになったのですが。

塩谷 その両立ができるのはすごいなぁ。ただこれだけ沢山本も売れている中で、「会社を辞めて独立しようかな」と考えることもあるのでは?

岡本 「会社を辞めたら文筆に使える時間が増えていいなあ」と思ったこともあったんですが、やっぱり会社は辞めないと思います。というのも、短歌を詠むことが生活費を得るための行為になったとしたら、私は短歌が嫌いになったり、続けられなくなったりするんじゃないかと思っていて。今はそういう状況にはせず、書きたいものだけ書きたいし、なるべく自分の好きなものの話だけをしたい。自分が健やかに創作をするための心と身体を保っていたいからこそ、会社は辞めたくないんです。

“バズる”ライター仕事をやめるという決断

塩谷 少し立場は違うけれど、「書きたいものだけを書きたい」という気持ちはすごくわかります。私の話をすると、2015年に独立してフリーライターになって、最初は記事広告などの依頼を受けて執筆していたんですよね。SNSでの発信が注目されていた頃でもあるから、しっかりバズるような記事を期待されることが多かった。でも次第に、そうしたバズる文章と、本当に書きたいことの折り合いがつかなくなってきて。そこで2019年頃に、それまで引き受けていた記事広告の仕事などを全部手放したことがあったんです。


塩谷 舞さん。

岡本 それもすごいことだ。

塩谷 そうしたことで収入が4分の1くらいになったから、生活スタイルは変えざるを得なかったんだけど、結果として精神衛生がとても良くなった。沢山お金を稼ぐよりも、自分の言葉をまっすぐ伝えられていることのほうが、自分にとっては良い状態なんだとよくわかりました。

 もちろん、食っていくのに苦労した時期はあったんだけど、なんとか道を模索して。今は本の印税や原稿料だけじゃなくて、noteのメンバーシップで毎月購読者さんたちに支えてもらっているから、なんとか食いっぱぐれずに生きられています。

「私が見捨ててしまっている側面をしっかり描いているな」という衝撃

塩谷 3月に出たばかりの第二歌集『あかるい花束』を読ませてもらったんだけど、第一歌集以上に飾らず、素直に詠まれている歌が増えているように感じて、その変化が面白かったです。たとえば、第一歌集には「ていねいなくらしにすがりつくように、私は鍋に昆布を入れる」という歌が、第二歌集には「とうめいなザバスの筒で飲む水のこういうことがたぶん生活」という歌が収録されてる。どちらも生活について詠んでいるけれど、後者のほうが……

岡本 ずっと生活感があるよね(笑)。でも、塩谷さんの暮らしではそんなことはしないんじゃないですか?

塩谷 いや、する。(プロテインを飲むための)ザバスの容器こそ使ってはいないけど、やっぱり暮らしていく中で、楽な行為を選ぶことは沢山あるよ。でもエッセイにあえて書かないことのほうが多いんだよね。だからこそ、第二歌集を読みながら「私が見捨ててしまっている側面をしっかり描いているな」と、衝撃を受けることが多かったんです。

岡本 確かに、私たちは「何を言葉にするのか」という視点が対極にあるのかもしれないね。塩谷さんの新刊『小さな声の向こうに』を読んでいると、やっぱりエッセイという長い文章で、自分の考えを繊細に世に発信するって、すごいことだなと思いました。でもそうした文章の中で自分をさらけ出しているところがある一方で、かなり言葉を選んでいたり、断言していないところもありますよね。


塩谷 舞さん(左)、岡本真帆さん(右)。

塩谷 あります。長い文章を書けば書くほど痛感するのは、書き手は人を説得する力を養いすぎてしまう、ということ。もちろん断言している文章のほうがわかりやすくて、賛否を呼びながらも熱心な読者が増えていくことはあるのだけど、同時に読む側の考える力を奪ってしまいかねない。持論は伝えていきたいけれど、洗脳したい訳ではないから、あえて強い言葉を使わず曖昧にしているところは多々あります。

生きる上で、自分の欲を知り技を磨いていく

岡本 書くときの姿勢が私とは違うな、と興味深く読んでいたんです。私が短歌を詠む上でのモチベーションは、「逆上がり上手くなりたいな」というような気持ちに近くて。

塩谷 逆上がり! 私は先に社会に対して言いたいことがあって、そのために言葉を道具として使い始めたところがあるから、書くまでの動機もまるで違いますね。

 今日のテーマは「書いて生きていくための創作術」なんだけど、「生きて」という言葉には生業とする、つまりお金を稼ぐという意味も込めているし、文字通り「生きる」という意味でもある。そうした2つの意味のうち、短歌という表現手法は特に後者との相性が良いんじゃないかと感じています。まほぴの言う「逆上がりが上手になりたい」というような欲求を満たせる機会って、大人になるとどんどん減ってしまう。でも生きる上で、自分の欲を知り技を磨いていくことって、とても大切なこと。そうした欲求をしっかり形にできているのは、とても健やかに生きているように思うんです。

岡本 そんなことないよ……と言おうかと思ったんですけど、確かに健やかかもしれない。今日も、朝4時50分くらいに起きました。

塩谷 私は夜型なので、そこも真逆だ(笑)。後半では、お互いの執筆スタイルについてもう少し詳しく話していきたいです。

塩谷 舞(しおたに・まい)

文筆家。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジン『SHAKE ART!』を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。文芸誌をはじめ各誌に寄稿、note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。総フォロワー数15万人を超えるSNSでは、ライフスタイルから社会に対する問題提起まで、独自の視点が人気を博す。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。


岡本真帆(おかもと・まほ)

歌人。1989年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。第一歌集に『水上バス浅草行き』(ナナロク社)。第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)を2024年3月刊行。共著に『歌集副読本『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む』(ナナロク社)、『うたわない女はいない』(中央公論新社)がある。

写真=山元茂樹

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください