「恥ずかしくても不格好でも、まずは 言葉にする」塩谷舞と岡本真帆の “書く”モチベーションになるもの
CREA WEB / 2024年7月6日 11時0分
新著『小さな声の向こうに』が話題のエッセイスト・塩谷 舞さんと、同時期に第二歌集『あかるい花束』を刊行した歌人・岡本真帆さんの白熱トークライブ。「書いて生きていくための創作術」がいよいよ明かされます。
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朝型か、夜型かで“浮上するもの”はまるで変わる
塩谷 物書きにとって、朝型か、夜型かで作風って大きく変わってくると思うんです。まほぴは朝に書くことが多いんだよね。
岡本 うん。平日は会社員なので、始業前の2、3時間を集中して創作するための時間に充てています。あとは生活の中で「あっ、歌にできそう」と思ったらスマホにメモしている。でも『小さな声の向こうに』を読んでいたら、塩谷さんにとっての文章を書く行為って、もっと儀式的なものなのだろうな、と感じたんです。書く場所や心を整えてから、祈るように書いている。
塩谷 まさに仰るとおりで、こうやって日中にお喋りするだけでは、伝えられないことや、取りこぼしてしまうことが沢山あると感じていて。そうした小さな後悔や違和感に、夜に一人で文章を書くことで向き合いたいんです。だから、静かな音楽を流したり、蝋燭に火を灯したりして、内側に集中できる環境を整えてから書くことも多い。
岡本 そうやって表現の手段が違うと、自分の心の中にあるものの、表面に浮上してくる部分がまるで変わってくるよね。
わかりやすく分類できない「夜の言葉」の世界
塩谷 私の前作『ここじゃない世界に行きたかった』の文庫版に哲学者の谷川嘉浩さんが解説を寄せてくださっているのですが、そこで「塩谷さんは夜の言葉を書く人」と評してくれていたんです。谷川さん曰く、私はかつては「バズライター」とも呼ばれて昼の言葉を扱っていたけれど、今はもっと曖昧で、わかりやすく分類できない「夜の言葉」を扱うようになったと。言葉の性格としての昼と夜……という意味ではあるのですが、実際に私が書くことに没頭できているのは、ほとんどが夜。
昼は自分の中にある社会性が勝ってしまうけど、夜だとなんのブレーキもかけず、感性を優位にして書くことができるし、そうやって曖昧な感情に言葉をあてていくプロセスがとても好きなんですよね。ただそうやって、ときに泣きながら書いたような原稿を次の日の朝に確認すると、途端に恥ずかしくなるんだけど……。
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岡本 あぁ、夜にラブレター書かないほうがいい、というやつだ。
塩谷 そう。「ごらんよ原稿、これが朝だよ」※と(笑)。夜に書いた原稿は真っ裸の状態だから、そのまま公に出すにはあまりにも心許ない。でもそこには確かに魂のようなものが存在しているから、なんとかそれを生かしてあげたい。だから朝になってから服を着せてあげて、読んでもらうための身支度をするんです。感性だけで書き殴るのではなく、関連する社会現象について併記したり、データを補ったりすることで、真っ裸だった文章が次第に社会性を帯びたものになっていく。
※『水上バス浅草行き』より「平日の明るいうちからビール飲む ごらんよビールこれが夏だよ」をもじった発言
短歌という「定型」によって守られている感覚
岡本 私は、先に感情が爆発することってあまりないんですよ。むしろ書くことで、心にあるプールの底にタッチしに行くような感覚があって、そこで「あぁ、私はこれが言いたかったんだな」と涙が出ることはあるのですが、書きながら泣いたことはない。
塩谷 そうなんだ! その違いはもしかすると、書き始めたときの年齢による差もあるのかもしれない。まほぴは大人になってから短歌を始めたと言っていたけれど、私は小学生の頃からブログを書き始めたんだよね。当時、教室の中で居場所があまりなかったから、ネットに向けて「私の話を聞いて!」と吐露し始めたんだけど、今もその延長線上で書いている気がします。
岡本 じゃあ、呼吸したり、食事したりすることと同じくらい、書くことが身体に沁みついているんだ。きっと塩谷さんにとっては、ネイティヴな言語としてエッセイがあるんだろうね。私は短歌という言語を後天的に習得しにいって、第二言語としてそこでの伝え方がわかってきた。だからこそ、最近は第三言語としてエッセイを書くのが楽しくなってきたし、いずれは小説も書きたいと思っているんです。でも塩谷さんにとっては、エッセイを書くことは第一言語なんだな、とわかってすごく腑に落ちました。
塩谷 私も今、すごく腑に落ちました(笑)。
ただ、まほぴの短歌も「昼の言葉」だけではないよね。歌集の中には、具体的な文章であるエッセイでは書きづらいような恋や性の歌なんかも収録されていて、読んでいてドキドキしてしまった。そうした内側の歌を公にすることに対して、恥ずかしさや躊躇いはなかったの?
岡本 よく「こんなに赤裸々に書いて大丈夫?」と言われるのですが、私は五七五七七という短歌の定型によって守られているように感じているんです。まず容れ物があって、そこに言葉をいれているから、むき出しの魂を世に晒しているわけじゃない。だから本当のでき事をそこに書いていたとしても、それによって何かが損なわれるような感覚はないんですよね。
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塩谷 五七五七七という定型が服となり、心を守ってくれてるんだね。
“視点の異なる友人”を持つ方法としての本
塩谷 では、最後にもう一つ聞いてみたかったことを。SNSでも文章が発表できる今の時代に、あえて紙の本を出すことへのこだわりってありますか?
岡本 私はネットに文章をそのまま放流するのは、少し怖いなと思っているんです。たとえば雑誌の連載も、それがWeb記事として切り取られてネットで拡散されると、文脈が伝わらず炎上してしまうこともある。でも本は、中身を守ってくれるんですよね。エッセイを書くとなると、自分の内面や感情、経験談を書いていきたいのだけれど、本を買ってくださる方に向けてであれば、安心して書くことができる。
塩谷 短歌の定型が守ってくれる上に、さらに本という媒体も守ってくれるんだね。
岡本 そう。最近のSNSって、信じられないくらい荒れているじゃないですか。だから、そこでは以前のように自分の気持ちを書けなくなってきてしまった。そうした状況がある今だからこそ、逆に本に関心が向いているんです。昔の人のエッセイや日記……本の中で守られている言葉たちに触れることも、自分と静かに対話することに近い。
塩谷 私も、そうした側面は本の好きなところです。それに尊敬できる著者はもちろん、たとえば友達としては馬が合わないであろう著者であっても、本を介せば会話することができる。たとえ思想が合わなくとも、喧嘩せずに最後まで読破できるから、視点の異なる友人を持つ方法としても本は最適だな、と。
岡本 確かにそうだね。遠くまで届けられるっていうのが、本の良いところですね。
「書く」モチベーションになるものとは?
塩谷 あとはやっぱり、本という実態を伴うことによって、宝物にしてくださる人もいる。以前、友人が私の本にボロボロになるまで沢山書き込んでくれていたんだけど、それがあまりにも嬉しかったからそのまま新品と交換させてもらったんです。
岡本 えっ、すごい。新品と交換したんだ(笑)。
塩谷 うん、あまりにも嬉しくて……。文章を世に出すことって自分が試される行為でもあるけれど、リアルタイムで反応が来るわけではないし、ときに孤独を感じてしまうでしょう。でもこだわって書いた細部に線が引かれていたり、受け止められたときの感想が書かれたりした本をこの目で見ると、受け止めてくれる人がいるのだと励まされる。
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岡本 感想は本当に、次に書くもののモチベーションになりますよね。
塩谷 うん。勇気を出して、恥ずかしくても不格好でも、まずは言葉にしてみて、それが誰かに届いたときに、小さくても社会は動き始めるんですよね。そのダイナミズムを感じ始めると、また書くための勇気ももらえる。もちろん書くこと自体が苦しみを伴ったり、困難を招いたりしてしまうこともあるけど、私はそれ以上に書くことによって広がる豊かな世界に魅了され続けているんです。
岡本 私たちは書くスタイルも言葉にするための動機も違うけど、共通して言えるのは、まず書くことですよね。表現って一人で書くだけのものではなくて、誰かに受け取られて成立するものだなとも思う。書きたい、表現したいと思っていらっしゃる方がいるとしたら、まずは粗くとも書いてみてほしい。そして世に出すのでも良いし、友達に読んでもらうのも良いし……とにかく、書き続けていきましょうということですね。
塩谷 そこは今日話した中で、数少ない共通点だったね。同世代で、SNSを中心に活動している私たちですらこんなに違う。今日は書くという行為の多様な在り方をそれぞれの立場から伝えることができて、私にとっても本当に面白い時間でした。ありがとうございました。
岡本 ありがとうございました!
(下北沢B&Bにて)
塩谷 舞(しおたに・まい)
文筆家。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジン『SHAKE ART!』を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。文芸誌をはじめ各誌に寄稿、note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。総フォロワー数15万人を超えるSNSでは、ライフスタイルから社会に対する問題提起まで、独自の視点が人気を博す。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。
岡本真帆(おかもと・まほ)
歌人。1989年生まれ。高知県、四万十川のほとりで育つ。第一歌集に『水上バス浅草行き』(ナナロク社)。第二歌集『あかるい花束』(ナナロク社)を2024年3月刊行。共著に『歌集副読本『老人ホームで死ぬほどモテたい』と『水上バス浅草行き』を読む』(ナナロク社)、『うたわない女はいない』(中央公論新社)がある。
写真=山元茂樹
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