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「出産や生理を経験したら地獄に?」 カンヌ映画祭でフランス人が驚愕した 映画『化け猫あんずちゃん』の秘密

CREA WEB / 2024年7月19日 7時0分

 人間の言葉を話し、人間のように暮らす「化け猫」あんずちゃんと、大人の前では“いい子”の少女・かりんとの交流を描いた映画『化け猫あんずちゃん』。

 実写で撮影した映像をアニメ化する「ロトスコープ」という手法で、お芝居をアニメに落とし込んだ久野遥子監督にインタビュー。作品づくりについてお聞きしました。


岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』のスタッフに抜擢


久野遥子監督。

──なぜアニメーション作家を目指そうと思われたのでしょうか。もともとアニメが大好きだったのですか?

 実は子どもの頃からずっとアニメが大好きだった、というわけでもないんですよ。どちらかというと実写の映画に興味があったんですが、学生のときにたまたま『すて猫トラちゃん』という政岡憲三さん演出の短編アニメーションを観て、それに感動したところから、アニメーションに興味をもつようになりました。

 この作品は、いまの日本のアニメーションが確立されるずっと前の、1947年に制作されたものです。「ロトスコープ」の技術は使われていなかったはずですが、細かく観察された動きがていねいに描かれていて、独特の生々しい動きと、フニフニしたかわいらしさみたいなものが見事に表現されています。「戦後すぐ、日本にこんなアニメーションを作っている人がいたんだ」と強烈な印象を受け、そこからアニメーションへの興味が一気に高まった、というのがアニメーションの世界を目指すきっかけとなりました。

 アニメーターではなく、漫画家やアニメーション作家という方向に向かったのは、「物語があるものを絵として描きたい」という思いでアニメにかかわってきたからかもしれません。


©いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会

──今作で使われたロトスコープという手法自体はご存じだったのでしょうか。

 はい、知識としては知っていました。ロトスコープは実写で撮影した映像からアニメーションを起こす手法で、発明されたのは1915年と古い歴史があります。ディズニー映画などでも古くから使われているので観たこともありますし、こういうものなんだろうなというのはなんとなく知っていたつもりでした。

 実際に自分がはじめて長編作品でロトスコープを経験したのは、2015年公開の岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』です。ロトスコープがお好きだった岩井監督から、アニメの企画をするからとお声がけいただき、ロトスコープアニメーションディレクターという立場で参加させていただきました。

 この作品に参加したことで、「ロトスコープってこういうことなんだ」というのが、実感としてわかった気がします。

想像だけでは描けない動きを描き出せるのが、ロトスコープの醍醐味


©いましろたかし・講談社/化け猫あんずちゃん製作委員会

──どんなことを実感されたのですか?

 ロトスコープには、表現方法としての得意不得意がはっきりしているということです。

 実写があるからこそ、より人間に近いリアルな動きや繊細な表現ができる一方で、実写の動き通りにアニメを描いてしまうと動きが小さくなってしまい、演技の持つ「うまみ」が薄れてしまう。拾うべき動きとそうでない動きを見極めるのが難しい、クセのある手法なんだな、というのは自分がやってみて気づいたことでした。

 人間って、実はすごく面白い動きをしているんですよ。その何気ない動きって、頭の中の想像では絶対に描けないものだったので、そういう面白い動きを描き出せるのは、ロトスコープならではの醍醐味だなと感じました。

──今回は山下敦弘監督との共同監督です。具体的にどのような役割分担で制作が進んだのでしょうか。

『花とアリス〜』の時は、本編の3DCGアニメーションがメインで、3DCGで表現するのが難しい部分をロトスコープで補う、というのが私の役割でした。でも今回は、共同監督ということで、脚本から実写の撮影まですべて参加させていただいて、ゼロからつくりあげるという体験をさせていただきました。

「最初から最後まで作品にかかわれた」という意味でも、すごくいい経験をさせていただきました。


久野遥子監督とあんずちゃんの特製ぬいぐるみ。

──山下監督とは、本作の前に豊島区の短編アニメでもご一緒されています。

 山下さんとご一緒させていただくのは今回がはじめてでした。これまでアニメーションをやったことがない山下さんと、そんなにロトスコープの経験値があるわけでもない私がいきなりロトスコープの長編を作るのは怖いから、1本短いのをやってみたいよね、と話していたんです。

 そうしたら、ちょうどいいタイミングで、日中韓文化事業イベントで流す『東アジア文化都市2019豊島PR映像』のお話をいただけて。この時に共同監督という形でやらせていただけたことで、今回スムーズに作品づくりに入れたと思っています。

 その短編では、今作の『化け猫あんずちゃん』でもご一緒する池内義浩さんなど、「チーム・あんず」にかかわる方も多く参加されていたんですよ。ですから、アニメ制作側としては実写チームの動きを、実写制作側は「ロトスコープアニメってこういうことができるんだ」ということをお互いに知る、すごくいい機会にもなったと感謝しています。

フランス側から提案があった“ピエール・ボナール”がヒントに


久野遥子監督。

──今回は、フランスのスタジオ「Miyu Productions」もアニメ制作にかかわっています。これは、どういう経緯ですか?

 2018〜19年頃だったと思うんですけど、Miyu Productionsから、私の作品に興味があるから何か一緒につくらないかと、個人的に制作のお誘いをいただいたんです。まさか自分がフランスのアニメーション会社からお声がけいただけるとは思っていなかったので、すごくビックリしたんですけど、ちょうどその頃『化け猫あんずちゃん』の企画が上がった頃で。自分としてはあんずちゃんをやりたかったけれど、なかなか企画が進まなかったので、「いまこういう企画を進めているんですけど、一緒にやりませんか」って逆提案したんですよ。そうしたら「すごく面白い」と興味を持っていただけて、そこからあんずちゃんの企画も動き始めました。

──Miyu Productionsとの役割分担はどのように。

 実写撮影とキャラクターの作画は日本側で行い、背景美術と色彩設計をMiyu Productionsが担当する、という体制で制作を行いました。

 Miyu Productionsの美術監督のJulien De Manさんは、ジブリの『レッドタートル ある島の物語』の美術担当もされている方です。作品によってトーンを変え、その作品の持ち味を最大に引き出してくださるのが特徴で、今回はあんずちゃんの企画を観た時に、ポスト印象派のピエール・ボナールの絵がイメージにあるとご提案くださり、そこからイメージがふくらんでいきました。

 原作はモノクロなので、私はご提案を聞くまでモノクロのイメージしかもっていなかったんですけど、出していただいたカラーイメージを観たら、すごく夏らしい綺麗な色彩で感動しました。

 線がふにゃふにゃやわらかい感じもあんずちゃんのゆるいキャラクターイメージにぴったりで、自分にはなかったイメージを引き出していただけて、さらによい作品へと向かっていくことができたと思っています。

かりんちゃんのお母さんはなぜ地獄にいたのか?


久野遥子監督とあんずちゃんの特製ぬいぐるみ。首から下げているガラケーがポイント。

──5月に行われた第77回カンヌ国際映画祭の「監督週間」では、初の試みとしてカンヌの地元の小学生をご招待し、上映を行いました。反響はいかがでしたか?

 まず、小学生を呼んでくださるという地元の計らいがすごくありがたかったです。私たちもお客さんと一緒に観ること自体が初めてだったので、映画も初めて観るもののようでドキドキしたのですが、本当にみんな楽しんでくれて。もっとざわざわしたり、途中で飽きちゃったりするのかなと思っていたのですが、最後まで熱心に観てもらえて、嬉しかったです。

 監督週間のほかの作品は、結構尖った作品が多かったので、そのなかで『化け猫あんずちゃん』は「癒やし担当」みたいなイメージでしたね。あんずちゃんのぬいぐるみを持って行ったのですが、それも大人気で。「私たちのチームだけ、浅草の演芸場みたいだね」と、山下監督とは話していました(笑)。

──フランスでは地獄の描写など、日本的な描写に対しても反響が大きかったのでは。

 そうですね。日本的な文化のところは面白がってもらえたと思います。妖怪と地獄のモチーフの部分は、大人にもすごく興味を持たれた部分でした。

 とくに、「なぜ、かりんちゃんのお母さんが地獄にいるのか」というところはよく聞かれました。

 かりんのお母さんが地獄にいるという設定は、日本の仏教の考え方からするとそこまで不思議では無いんです。仏教では、出産や月経が「血の穢れ」とされ、血で池を汚したという「罪」で女性は地獄に行くもの、とされていたといいます。

 ただ、私としてはその宗教観を強調したかったわけではなく、どちらかというと、「娘にとっては完璧なお母さんでも、娘目線以外の部分ではいろんな側面をもっているのが人間だ」ということを感じさせたかった。そういう幅、余白をもっているという意味でも、地獄にいるほうがより人間らしいというか、「お母さん」ではない部分があることを伝えられたらいいなと思って、「地獄にいるお母さん」像を固めていきました。

 宗教観の違うフランスでは、「血の穢れ」の思想に関しては理解が得られない部分もありましたが、私が伝えたかった思いについては説明すると納得してもらえました。

久野遥子(くの・ようこ)

1990年、茨城県つくば市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。2015年、岩井俊二監督による『花とアリス殺人事件』のロトスコープアニメーションディレクターに抜擢され、以降『宝石の国』の演出・原画や、『ペンギン・ハイウェイ』のコンセプトデザイン、映画『クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』のキャラクターデザイン・コンテ・演出・原画等で活躍している。

取材・文=相澤洋美
写真=平松市聖

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