「辛かったことも嫌だったことも花火みたいに爆発させたい」最注目作家が愛おしむ人生のハイライト
CREA WEB / 2024年7月13日 17時0分
2023年の父の日にX(旧Twitter)に投稿された「パパと私」というエッセイが大きな反響を巻き起こし、日本最大の創作コンテスト「創作大賞2023」でメディアワークス文庫賞を受賞。糸井重里さん、ジェーン・スーさん、シソンヌじろうさんといった著名人が絶賛を寄せるなど、新たな書き手として注目を集める伊藤亜和さんの初のエッセイ集『存在の耐えられない愛おしさ』が発売されました。ドラマチックな伊藤亜和ワールドはいかにして作られたのでしょうか?
2chでスレッドを立てたりしていた
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――私が伊藤さんの存在を知ったのは、多くの人同様、Xで拡散された「パパと私」です。こんな文章を書く人がいるのだ! と興奮しました。
あの投稿が拡散された時は通知がポンポン鳴って、知り合いからもメールがたくさん来たんですが、記事自体はnoteで1年前ぐらいに公開していたものなので、何で今さら?と戸惑いました。
――伊藤さんが文章を書くようになったのは、いつ頃から?
noteを始めたのが2016年、それまではTwitterで呟く程度で、文章らしい文章は書いていませんでした。ただ、それより前に2chでスレッドを立てたりして、「私がここに居ますよ」ということを発信したいタイプだったと思います。
――「私がここに居ますよ」というのは、いわゆるアイデンティティの証明のような?
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そうですね。私はセネガル人の父と日本人の母とのハーフで、外見もいわゆるマイノリティだったので、昔から「黒人って可愛い女いないよね」みたいな偏見にイラついていて。
Twitterをやる前から、そんなことない!って2chで自分の顔を晒したりしてました(笑)。
――ハーフであることは伊藤さんのアイデンティティのひとつではあるけれど、そこだけで自分という人間を語られたくはないという?
そうですね。私は父の国に行ったこともないし、言葉も話せないし、そこを軸に何か訊かれても私には答えられることがない。私が見られたいのはそこじゃないという反発はすごくありました。
だから、セクシーなファッションをあえて避けたり、言葉の使い方にも普通の日本人より執着したり。自分のアイデンティティを意図的に拒絶する形をとっていたら、それがそのまま自分の人格になっていました。
反響を生んだエッセイ「パパと私」
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――学生時代について、エッセイでは「いつも集団の外にいた、性格的にも容姿的にも弾かれていた」と書かれています。集団にすんなりなじめるタイプだったら、文章を書く方向には向かっていなかった?
集団になじめた世界線の自分がちょっと想像できないんですけど(笑)、小さい頃から声が小さくて何言ってるかわかんないと言われていたし、誰かと喋ってすぐに通じ合えるような人間だったら文章は書いてなかったと思います。
――伊藤さんを世に知らしめた「パパと私」は「パパと会わなくなって7年経った。死んでしまったわけではない。パパは私が住む家から歩いて1分ほどの場所に住んでいる。でも会わない。喧嘩をしたからだ。」という冒頭から独特のインパクトを放っています。愛がなくなったわけではないけれど一緒にはいられない。家族って誰にとっても程度の差こそあれ、厄介で面倒なものでもあるからこそ、伊藤さん家族のエッセイは「セネガル人で破天荒すぎるパパ」という特殊性を超えて、多くの人の共感を集めたのだと思います。
「パパと私」が多くの人に共感してもらった理由が、私にはいまだによくわかってなかったんですけど、実はみんないろいろあるということですかね。特にお父さんと娘って、誰しも何かしらあると思います。
――家族のことを書くのは抵抗なかった?
私的には大丈夫だったんですが、問題は家族がどう思っているかですよね。今のところは大丈夫だし、パパはまだ書かれていることを気づいてすらいないけど(笑)。
――伊藤さんの「パパ」は書きようによっては「悪人」にもなり得る人だと思うのですが、伊藤さんの淡々とユーモア溢れる語り口が、彼を「憎み切れないろくでなし」として読ませています。ヘヴィで悲しい出来事ほど、ユーモアをもって語りたいという思いはありますか?
昔から可哀想みたいに思われるのが嫌だったというのは、すごくあるし、無神経な発言をして友達にひどいと言われちゃうことが多くて、人よりも傷付くことに鈍感な部分があったから、大半のことは笑い話にできるんだと思います。
普通に生きてるだけでめちゃくちゃ悲しいことはあるんですけど、過ぎてしまえばある意味、自分とは関係ないことになってしまうので。
“小説より奇なり”な日々を綴る
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――エッセイの中で明かされる、伊藤さんが文章を書いて世に出るまでの日常は、まさに事実は小説より奇なり。両親の離婚と祖母との同居、小論文試験でまさかの有名大学に合格してからの大学生活、ガールズバーのバイト、怪しい芸能界のスカウトや役者修業、雑誌モデル、投資ビジネスのメルマガの校正業務まで……。こんなこともやってたの! と驚かされます。
昔から言葉にはこだわっていたけれど、文章で仕事をすることを目指して生きてきたわけでもない。誰かに見て欲しくて、いろんなことをやって失敗してきた中で、たまたま自分のことを書いて、やっと見つけてもらえた感じです。
――そんな伊藤さんのエッセイの魅力は、厄介な状況に自ら飛び込んでゆくパッションと、そんな自分を「観測台」から冷静に眺めるクールさの妙にあります。キャラの濃すぎるパパとママと祖母、友人やバイトで出会った人々など、伊藤さんを取り巻く人物もいちいち強烈で引き込まれる。
私だけが変人を引き寄せているとは思えないんだけど、たぶん人の歪な部分を愛おしく感じてしまうタイプなんですね。だから一見は普通の人でも、あれこれほじくって変な部分を見つけちゃう(笑)。
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――なかでも、マッチングアプリで出会った元彼のメメさんは、超がつく変人かつチャーミングな人物です。彼を見つめる伊藤さんの眼差しも濃密な愛に満ちていて、もはやエッセイというより純文学だ! と悶絶してしまいます。
私はけっこう主人公気質で、映画を撮ってるみたいな気持ちで生きているので、なんでも演出をかけてドラマチックにしたがるタイプなんです(笑)。だからメメも他人から見れば、決して特別な人ではないかもしれない。
実際、全然いい人ではない、むしろ倫理観が欠如した社会不適合者なんですけど、それでも一緒に日常を過ごして、顔を見て言葉を交わしていると、お茶目な部分が見えてくる。そういう人間の歪さに私は惹かれるんだと思います。
どれだけ辛い人生に見えたとしても、幸せだと思っていたい
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――「映画を撮ってる気持ちで生きてる」という通り、伊藤さんの文章からは、人生の特別な瞬間を言葉で永遠に定着させたいという強い意志を感じます。恋愛に限らず、永遠に変わらないものはないからこそ、何もなかったことにはしたくないという執念にも近い。
女の人って蛙化現象じゃないけど、なんであんな人を好きになったんだ? みたいに考える人が多いですよね。でも、私は別れたからといって、はい終わり、はい嫌い――みたいには思えない。恋の部分は終わっても愛情がなくなるわけではないし、過去のことでも自分の中では終わってないんです。だから、実際に泣きながら書いたりもしてます(笑)。
――過去の出来事を自分の言葉でなぞってゆくことは、自分の人生に道筋をつけてゆくことでもあります。
幸福な人生のためには、自分の選択を後悔しないことが大事だと思うんです。あとがきにも書きましたが、今回の『存在の耐えられない愛おしさ』というタイトルは、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』という小説から取ったものなんですが、その小説はニーチェの永劫回帰思想――どれだけ辛いことがあった人生でも、その中で一度でも震えるような喜びがあったなら、その人生はいい人生だといえる、みたいな考え方――を元に書かれたもので。
小説の最後には「その悲しみは、われわれが最後の駅にいることを意味した。その幸福はわれわれが一緒にいることを意味した。悲しみは形態であり、幸福は内容であった」(ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』(集英社文庫)p.395)という文章が出てくるんです。その「悲しみは形態であり、幸福は内容であった」ということこそが、私が最終的に書きたいことかなって。
よく「人生は近づけば悲劇、離れたら喜劇」というけど、自分って可哀想って思ってるときの自分はおもしろくないし、嫌いなので、他人からどれだけ辛い人生に見えたとしても、幸せだと思っていたい。そこはほとんど意地です(笑)。
突然BGMが変わる瞬間って絶対ある
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――伊藤さんのエッセイを読んでいると、辛いときこそ、その状況をおもしろがれる自分でいたいというガッツが湧いてきます。
辛かったり嫌だったりしたことも、エンタテイメントにすることで意味があったと感じられるし、誰も笑ってくれないと嫌だったことがヘドロみたいに人生の中に残っていくので、ジメジメせず花火みたいに爆発させたいですよね。
これもエッセイで書いたんですが、私、カーテンコールが好きで。『蒲田行進曲』みたいにいろいろあっても最後は善人も悪人も死んだ人も、みんなで手を取り合って大団円で終わりたい。
分かり合えないとか、みんな深刻に考えすぎだと思うんですよ。どうせみんな死んじゃうし、答えが出るようなことじゃないのになんで憎み合ったりするのかなって。月並みですけど、自分のことを一番に考えることが周囲の平和にも繋がると思って、自分のことばかり書いています。
――今回の本も、いわゆるエッセイ集でありながら、伊藤さんの半生を言葉で追体験するエンタメになっています。
最初の本ということで、人生のハイライト的に面白かったものを全部ここに集めてしまったので、ネタの枯渇が心配です(笑)。
恋愛も今のお相手は極めて穏やかな人なので、最近は何も起きないというか、起きないで欲しいと私が思っちゃってるんですが、普通に過ごしていても日常で突然BGMが変わる瞬間って絶対あるし、普段から自然にドーパミンがパーッと出ることを探しちゃっているので、これからもそういう瞬間を掴み取っていきたいですね。
伊藤亜和(いとう・あわ)
文筆家。1996年横浜市生まれ。学習院大学文学部卒業。noteに掲載した「パパと私」が注目を集める。本作は初のエッセイ集。
文=井口啓子
撮影=榎本麻美
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