「私が関心を持つのは“危機に陥った人”」映画『ソウルの春』キム・ソンス監督が気が付いた1980年代の“思い込み”
CREA WEB / 2024年8月9日 17時0分
政治的な作品は若者からは受けない?
韓国で昨年11月に公開され、1300万人の観客動員を記録した映画『ソウルの春』。この作品は、1979年10月26日に、独裁者とも言われた朴正煕大統領が、自らの側近に暗殺された出来事から始まる。韓国ではここ10年程の間、近現代史を元にした映画が続々と作られているが、1979年の大統領暗殺を元に作られたのが映画『KCIA 南山の部長たち』であり、『ソウルの春』はその直後のことがフィクションを交えながら描かれているのだ。
前半のインタビューでは、自身の映画『ソウルの春』が、韓国でコロナ禍以降最大のヒットとなる1300万人を動員した理由について、「はっきりとはわかっていない」と答えていたキム・ソンス監督だったが、韓国映画の変化について聞き終わったタイミングで、何かを思い出したのか、「この映画が1300万人のヒットとなった理由について、補足させてほしい」と監督自らが提案する瞬間があった。
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「私は80年代後半に映画界に入り、1990年公開の『追われし者の挽歌』(原題:『그들도 우리처럼(彼らも私達のように)』)というパク・クァンス監督の映画で脚本家としてデビューすることとなりました。この作品は、炭鉱の町に身を隠す学生運動の若い活動家たちを描いた物語で、当時は海外の映画祭でも評価されました。
こういった作品に関わったときに、映画界の多くの方からは、『政治的な作品というのは、20代、30代の政治に関心のない若者からは受けないだろう』とか、『女性は、女性が主人公の物語だったり、ラブストーリーやコメディに惹かれるものだから、そういうものを作らないと受けないだろう』と言われました。
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私の中には、そのときの記憶がずっとあったんですが、今回の『ソウルの春』に対する観客の反応を見て、当時、私が言われていたことは実は間違っていたのではないかと思うに至りました。20代30代の女性というのは『政治に関心がない』と思われていましたが、実際には思っている以上に政治に関心があり、正義感を強く抱いていて、政治はこうあるべきだという考えも持っている人が多いということに気付きました。
韓国映画の強さの理由
そしてこれまでは、男性が政治に関心があると思われてきましたが、その多くは、権力の主軸、中枢があって、その周辺にむらがるという構造に関心があったのではないかということも思いました。時代の変化によって、女性の政治に対する感覚も変化していっているからこそ、『こういう映画は流行らない』と言われていた題材であっても1300万人という方に見てもらうことができたんだと思います。
1980年代~90年代に言われていたような『女性は女性が主人公の物語やラブストーリー、コメディに惹かれる』というようなことも、勝手な思い込みであったし、間違っていたのだと気づきました。今回の映画の反応で最も強く印象として残ったのは、女性や若い世代が、社会的に正義とは何かということに対する関心が高かったということでした」
世代や性別を細分化して消費のターゲットとしてその嗜好を分析し、「この映画は男性に受けるはずだ」とか「この映画は若い女性が好む物語だ」と決めつけて映画を作るということは、日本でも行われている。しかし近年は、そのように分析してもズレが少しずつ生じていて難しい局面を迎えてきている。ところが、いまだに「政治を描いた映画は流行らない」とか「女性の観客を呼ぶにはもっとラブストーリーの要素を入れないと」というセオリーに則った映画も多く、ときおりこのことは問題視もされているが、まだまだ変わろうとはしていないように感じる。
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そんな風に感じていた中、監督が「以前のようなやり方は間違っていたのではないか」と率直に語ってくれたことに、胸がアツくなったし、韓国映画の強さの理由を感じとった。映画『パラサイト 半地下の家族』の米アカデミー賞の受賞コメントでプロデューサーが、「韓国の観客の率直な感想が映画を育てた」という趣旨のことを言っていたように、常に評価を受け止めて変化しようとする姿勢が韓国映画を成長させてきたのではないだろうか。
そんな韓国映画界で、キム・ソンス監督はどのようなテーマを掲げて映画を作っていきたいのだろうか。
「どんなジャンルの映画を作るにしても、私が関心を持っているのは『危機に陥った人たち』なんです。そんな風に人が危機に陥っているときには、いい面も悪い面も含めて本性が表れるものだと思います。人間も動物なので、動物としての本性というものが強く出るでしょうし、それが人間としての本質でもあると考えています。そういう局面にいる男性たちや、そのときの人間関係、反応には、肯定できるものもあるし、そうでないものもあるでしょう。これからも私は、『危機に陥った人たち』に興味を持って、映画を作っていきたいと思っています」
光が当たらない人にカメラを向けたい
確かにキム・ソンス監督の映画を見ていると、何かを克服し、成功した歓びに沸く瞬間を描くよりも、何かを叶えられなかったむなしさや哀しさ、そしてどうにも抑えられない強い憤りを描いていることが多いように思う。
『アシュラ』や『ソウルの春』を見ても、見終わった後に、いつまでも消えない重い感情が残るのは、このような監督の関心があってこそなのだろう。
「人は皆成功を望むし、欲望を実現したがるものなんですが、映画監督としては、成功した人や、勝利者を表現するよりは、やはりちょっと落ちぶれた人だったり、マイナーな存在だったり、もしくは何かに敗北してしまった人だったりという、光が当たらない人にカメラを向けるということをしたいんです。それが『公平』であるとも感じているんです。現実でも成功している人は光が十分に当たっているので、そんな人たちを映画にして、また光を当てるということを、ちょっと不公平だと思ってしまうんです」
文=西森路代
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