「アキ・カウリスマキのバーはゴールデン街みたいで」大島依提亜が語る“なにも変わらない”カウリスマキ作品
CREA WEB / 2024年8月26日 11時0分
大島依提亜さんは映画や美術展のグラフィック、ブックデザインなどを数多く手がけるアートディレクター。中でも映画の世界観を印刷物というフィジカルなものに落とし込むマニアックなパンフレットはファンが多く、入手困難になることも。
この連載では、大島さんが手がけた映画パンフレットの話を中心に、「映画の余談」をゆる〜くしながら「大島さんの頭の中」を覗いていきます。聞き手は、その昔、大島さんと映画のパンフレットを作っていたこともある編集者・ライターの辛島いづみです。
変わらない世界を描き続けるカウリスマキ
――こうしてカウリスマキのパンフを並べてみたときに、どんなことを思いますか? わたしは、20年前から大島さんのデザインは洗練されていると感心するんです。いま見てもちっとも古さを感じませんし。細かいことを言うと、使用するフォントや字詰め、そういったところに時代って出てくるものだけど、大島さんの場合、強度があるんです。揺るがない美しさがある。
大島 それはたぶん、カウリスマキが寡作の人だからで、基準がぼくではなくカウリスマキだからだと思うんです。20年前に手がけた他の仕事で、いまじゃ恥ずかしくて目も当てられないデザインのものとかたくさんありますもん(笑)。
――そうですか?
大島 ただ、2000年以降、デザイン業界に限ったことではないかもしれませんが、ちょっと停滞しているようには感じますけれど。
――同感です。自分がおばさんになったからそう感じるのかなと思っていたんですが。
大島 例えば、1980年代を基準とすると、その20年前は1960年代。比べるとものすごく変わってますよね。
――確かに。1980年代と2000年代もかなり違います。ただ、2000年以降の20年は、テクノロジーは飛躍的に進化し、ジェンダーニュートラルな思考へとシフトチェンジするようになりましたが、表現においては失われてしまったものの方が大きいと感じます。パンフを作る、本を作る、そういった出版文化はその筆頭でもあるように思いますし。
大島 だから、技術的なことではなく、自分の中のスキルとか、センス的なところを、その都度カウリスマキで試されているような感じもするんです。
――なにも変わらないカウリスマキを基準点として。
大島 そうなんです。『過去のない男』と『枯れ葉』にはなにも違いがありませんから(笑)。ただ、変わってないのに、新作が発表されるたびにグッとくる度が高くなっている。観るたびに思うんですよ、むちゃくちゃいいなって。毎回ベストを更新してるなって。
しかも、日本で上映されたカウリスマキ作品の中で最大のヒットになったんです。
「フィンランドへ初めて行ったのがほんの数年前のことなんです」
――なぜでしょう? なぜみんなそんなに魅せられるんでしょう。なにひとつ変わらないカウリスマキに郷愁を抱くから?
大島 かもしれません。みんな疲れているんだろうなって(笑)。ただ、「変わらない世界」を描くのも大変だと思うんです。カウリスマキの場合、すべてロケで撮影を行うわけですが、彼の地元であるフィンランドのヘルシンキをはじめ、ヨーロッパの街並みは、東京のようにタワマンが建ったり改造されたりすることはないけれど、それでも20年も経てば様子は変わっていく。同じことをやるのもだんだん困難になってきているはずなんです。
でもそれを一貫してやり続けているのがすごい。しかも、今回は、とうとうインターネットカフェが出てきた! と思ったんだけど、ネット感はまったくゼロでしたし(笑)。
――わざとですかね?
大島 わからない。スマホも出てくるけど、結局はメモ書きでやり取りをする。現代のツールを機能させないんです。ただ、ウクライナの問題は明示されていました。上手いなと思ったのは、ラジオのニュースからしかウクライナ情勢が流れてこないこと。だからちょっと虚実が反転している感じがするというか。
――確かに、並行世界のような感じがしますよね。ヘルシンキのようでヘルシンキじゃない感じがするというか。
大島 実はぼく、フィンランドへ初めて行ったのがほんの数年前のことなんです。2019年に『ムーミン展』のアートディレクションを担当したんですが、その下見で行ったのが最初でした。
――そうでしたか。大島さんは何度も行ってるものだと、てっきり(笑)。
大島 みんなそう言うんです。長年カウリスマキをやってるし、『かもめ食堂』とかもやっているので、「大島さん、フィンランドはもちろん詳しいですよね」って。実はそのときが初めてだったという(笑)。
――どうでしたか?
カウリスマキが経営するバーで
大島 カウリスマキの映画に出てくるヘルシンキって、ぼくは訪れてみたくなるような街ではなかったんです。それどころか、ちょっともの悲しくて、怖い感じもあって。でも、行ってみるとすごく洗練された街なんです。ああ、こんなに美しいところで撮ってるんだなって。
――確か、ヘルシンキにはカウリスマキが経営するバーがあるんですよね。
大島 行きました。いまはもうありませんが、ぼくが行ったときはまだあって。同行した人に「大島さん、今回の視察旅行の中でいちばんはしゃいでます」って言われたほど、気分が爆上がり(笑)。これ、そのときの写真です(とスマホを見せる)。
――おお~! 映画に出てくるセットみたい!
大島 1階にはビリヤードバーとカフェがあって、その地下にはバーラウンジがある。なんだか、新宿のゴールデン街みたいな感じで。
――ホントだ。映画館もあるんですね。
大島 バーラウンジに併設されているんです。ぼくが行ったときはフィンランドのスラッシャーホラーをやってました(笑)。
ーーところで、大島さんはカウリスマキに会ったことは?
大島 ないですよ。体も大きいし酒豪だし、なんかちょっと怖いじゃないですか(笑)。来日したときは寿司屋でケンカしたとか、カンヌの公式インタビューで酒を持ち込んで顰蹙を買ったとか、武勇伝がいろいろとあるし。怖い映画ばっかり撮ってるアリ・アスターはめちゃくちゃいい人だったので、カウリスマキもいい人なんだろうなとは思うけど(笑)。
――あはははは。でも、これだけ長い間やってるんだから、いろいろ答え合わせをしたいと思いません?
大島 今回、『枯れ葉』のプロモーションで主人公を演じたアルマ・ポウスティさん(注:トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』で主役を演じた俳優)が来日したので、お話を聞いてみたんです。カウリスマキはどんなふうに映画を撮るんですか? って。というのも、カウリスマキの映画って、俳優たちがみんな感情を表に出さないような演技をするので、どれもちょっとロボットみたいに見えてしまうんです。でも、今回のアルマさんは違っていた。あれ? ロボットに感情が芽生えてる? って(笑)。
――確かに、俳優の演技に関しては、ロベール・ブレッソンや小津安二郎っぽい感じがカウリスマキの作品にはありますよね。特にブレッソンは、俳優に演技は必要ない、ということをたびたび言っていましたし。
大島 そこがいいし、ぼくの好きなところでもあるんです。すると、アルマさん曰く、カウリスマキはワンテイク主義で、演技をするのは1回限り。俳優たちはみんなすごい緊張感を持ってカメラの前に立つのだと。だから表情がかたくなってしまうのかなって。
――なるほど~。北野武監督もワンテイク主義だと聞きますが、そうすると細々と演出もつけないということですよね。
大島 でしょうね。今回も主人公が電車に轢かれるシーンがあるんですが、それを電車の音とキャーッていう悲鳴だけで描き、次のシーンになると包帯でグルグル巻きになって出てくるという(笑)。それってほとんどコントじゃないですか。なのになぜか泣ける映画でもある。心がグッと掴まれる。
それはたぶん、クリストファー・ノーランのようなリアリティとは別のリアリティを感じるからだと思うんです。登場人物たちが無表情で会話を交わしているからこそ、微細な目の動きなどに心の機微を感じ取り、共感するのかもしれません。
大島依提亜(おおしま・いであ)
アートディレクター。映画のグラフィックを中心に、展覧会広報物、ブックデザインなどを手がける。最近の仕事に、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『カモン カモン』『怪物』、展覧会「谷川俊太郎展」(東京オペラシティアートギャラリー)「ムーミン展」など。
文=辛島いづみ
写真=平松市聖
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