「人間には行方不明の時間が必要です」 ホラー作家・梨が明かす 「行方不明展」に込めた “現実”への思い
CREA WEB / 2024年7月19日 11時0分
ホラー作家梨さんの新たな試み
日本におけるホラージャンルの隆盛は70年代から始まり2000年代前半でピークを迎えたとも言われる。だが、2020年代頃からインターネットを中心に新たな時代のホラー作家が脚光を浴び、再びホラージャンルに活気が戻りつつある。
中でも注目を集めているのが、インターネットや書籍、TV番組などとプラットフォームを横断しながら“読者が考察にのめり込んでしまう作品”を連発している作家の梨さんだ。
そんな彼が、新たなホラーイベント展示会『行方不明展』を2024年7月19日(金)から三越前福島ビルで開催する。行方不明というモチーフを扱った展示の裏には、どんな想いが込められていたのか。梨さんにコンセプトなどを聞いた。
※この展示はフィクションです
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行方不明という言葉をとらえ直す
――まずは気になる「行方不明展」のコンセプトや内容についてお聞かせください。
梨 詩人・茨木のり子さんの「行方不明の時間」という詩が発想元のひとつでした。「人間には 行方不明の時間が必要です なぜかはわからないけれど そんなふうに囁(ささや)くものがあるのです」。近年“異世界転生モノ”の小説や漫画が流行していますが、その理由は“死なずにこの世界から完全に自分を分断させてしまいたい”と思う人が多いからに思えます。私はこの“社会的な文脈からの開放”というネガティブではない視点から行方不明を捉え直すことに興味を惹かれたのです。
今回はこの視点に“SF”、といってもサイエンス・フィクションではなく“スペキュレイティブ・フィクション(現実世界と異なった世界を推測、追求して描く物語)”の要素を融合させた展示ができないかと考えました。具体的に言うと“異世界が隣接しているもう1つの現実”を舞台にしており、そこに触れた人々が残した物品を見ていくことで、来場者がこの世界で何が起きたのかを把握していく作りになっています。
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もう少し説明しますと、行方不明を4つの展示ルートに分けて見せています。ひとつめは“身元不明”。これは人にまつわる行方不明で、誰がいなくなってしまったのかを紹介する内容です。ふたつめが“所在不明”。これは異界駅を描いたネット怪談「きさらぎ駅」や、アメリカ発の裏世界創作都市伝説である「The backrooms」のような、現実ではない場所にまつわる行方不明を紹介しています。
そして物品にまつわる“出所不明”、記憶にまつわる“真偽不明”と話は進んでいき、最終的にはひとつの小説を読んだような感覚を覚えてもらうようにしました。
令和ホラー界の最前線のクリエイターが集結
――「行方不明展」は株式会社闇さん、テレビ東京のプロデューサー・大森時生さん、ホラー映画監督の寺内康太郎さんと近藤亮太さん、さらにはアートディレクターの大島依提亜さんなど、今のホラー界隈を牽引する人たちが集結したことも話題ですが、どのようにして実現したのでしょう。
梨 株式会社闇さんとは、2023年の3月に「行方不明展」の前身とでもいうべき「その怪文書を読みましたか」という展示会を開催したときから仲良くさせていただき、これが好評で今回の展示が実現しました。
大森さんとは、お笑い芸人・Aマッソさんのライブ「滑稽」や、フェイクドキュメンタリー番組「テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?」「祓除」と、これまで彼が手がけた作品に携わらせてもらっていたことで交流がありました。今回また展示をやると伝えたところ「じゃあ一緒にやりましょう!」と言っていただけたのです。
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寺内監督や近藤監督、そして大島さんに関しては以前からその作品には惚れ込んでいましたが、直接の交友関係はありませんでした。けれど、皆さん大森さんとは多くのお仕事を一緒にされてきた人たちだったので、大森さん経由で合流してくださいました。私一人ではおそらく表現しきれなかった“現実と地続きに見える別世界の実在感”は、皆さんの力添えの賜物です。
――今回の展示で工夫された部分や苦労された部分があれば伺いたいです。
梨 苦労したのは文字量ですね。展示は来場者が多いと文章の熟読が難しくなります。今回は全体でも5,000文字くらいに収めたのですが、この制限の中で世界観を作っていくのはかなり大変でした(笑)。
ホラー界の凄腕たちが求めた「ホラー」ではない味わい
――「フェイクドキュメンタリーであること」を前面に打ち出したのにはどういう意図があるのでしょう。
梨 現実とフィクションの境目を狙うフェイクドキュメンタリーを描く際は、やっていいことといけないことの線引きに細心の注意を払うようにしています。今回の展示に関わる方全てに「既存の行方不明事件を想起させることは避けてください」と伝えました。こうした線引きの意味合いも込めて、フェイクドキュメンタリーだと表明している部分が大きいですね。
――大森さんや寺内さんもこうしたジャンルが得意ですが、何か共鳴する部分はありましたか。
梨 かねてより現実との境界を曖昧にするような仕掛けが好きだったので、その愛は共有できたと感じています。あと、大森さんのホラー以外のフェイクドキュメンタリーを作ってきた過去と、寺内監督のホラーの中に怖さ以外の味わいを模索されてきた過去が、今回の私の“SFをやりたい”という部分と上手くマッチしたのも良かったなと思いますね。
――ホラー界の凄腕たちが集まって「ホラー」ではない味わいを求めるというのも、おもしろい試みですね。
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梨 もちろん肌触りとしての「ホラー感」は残していますが、最終的に伝えたいものは“ホラー的な手触りの中にある異なる味わいを再解釈であぶり出すこと”でした。実は既存の怪談なども核には“悲しみ”や“愛”といった怖さ以外の感情があることが多いです。
例えば怪談「番町皿屋敷」も、幽霊であるお菊さんの視点に立てば“死ねば消えてしまう思いを霊になって晴らせた復讐譚”であり、言ってみればセラピー話です。こうした“再解釈の視点”は、行方不明という題材をネガティブな目線以外からも捉えようという先述の話にも通じますね。
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――最後に、来場者にメッセージがあればお聞かせください。
梨 今回の展示は異常現象としての行方不明をスリリングに描くと同時に、その世界の無情さも描いています。“行方不明が救いになる”と安易な礼賛はしたくなかった。フィクションを通して“現実を生きるというのもそこまで悪くないのかも”と思えるところまで作ったつもりなので、今回の展示を通して現実を生きる活力を持ち帰っていただければなによりです。
ホラー作家・梨×闇×大森時生による
「行方不明展」
2024年7月19日(金)〜開催決定
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行方不明展」とは?
「行方不明」
どこへ行ったかわからないこと。行方知れず。
出かけたまま帰ってこず、行き先や居場所がわからない状態。
[類語] 失踪・失跡・蒸発・神隠し・家出・消息を絶つ
会場には、貼り紙、遺留品、都市伝説など、様々な行方不明にまつわる物品や情報を集め分類を分けて展示します。みなさんも「行方不明」の痕跡を辿り、理解を深めていただければと思います。
なお、本展で紹介した行方不明者を捜索する必要はありません。
※この展示はフィクションです。
タイトル:行方不明展
場所:福島ビル
住所:東京都 中央区 日本橋 室町1-5-3 三越前 福島ビル 1F
※東京メトロ「三越前駅」徒歩2分
開催時間:11:00〜20:00 ※最終入場は閉館30分前
※観覧の所要時間は約90分となります。
料金:2,200円(税込)
主催:株式会社闇・株式会社テレビ東京・株式会社ローソンエンタテインメント
WEBサイト:https://yukuefumei.com/
X(旧Twitter)アカウント:@yukuefumeiten
Instagramアカウント:@yukuefumeiten/
YouTubeアカウント:@yukuefumeiten
TikTokアカウント:@yukuefumeiten
文=むくろ幽介
写真=山元茂樹
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