「認知症の患者の方にお会いした経験がなかったので…」森山未來が『大いなる不在』の役作りで出会った言葉
CREA WEB / 2024年7月19日 17時0分
第48回トロント国際映画祭でワールドプレミアムを飾り、世界で高い評価を得ている近浦啓監督の映画『大いなる不在』。幼い頃に自分と母を捨てた父の「不在」をめぐるサスペンス・ヒューマンドラマです。
主人公・遠山卓(たかし)を演じた森山未來さんにインタビュー。父と30年ぶりに向き合うことになった息子の心情を、どのように表現したのでしょうか。(全2回の前篇。)
「クリエイションとビジネスを表裏一体のものとする」
――近浦啓監督とご一緒されるのは、今作が初めてです。監督との出会いから教えていただけますか。
僕の公式サイトのお問い合わせフォームから出演依頼をいただいたのが最初でした。僕はフリーランスですから、公式サイトからのお問い合わせは別に珍しいことではありません。
――出演の決め手となったのは、どのようなことだったのでしょうか。
「クリエイションとビジネスを表裏一体のものとする」というインディペンデント映画作家としての(近浦)啓さんのやり方に、興味を持ったことですね。
インディペンデント映画そのものは珍しいものではないですが、予算面や興行で苦労するというケースが多い印象です。そんななか、啓さんには映画作家として、自分が撮りたい映画と予算面や興行を両立させていきたいという強い想いと姿勢があった。本気でその想いを実現しようとしている啓さんにすごく興味を持ちました。それが、本作のオファーを受けようと思ったいちばんの理由です。
――『大いなる不在』は、複数のテーマや枠組みが折り重なった複雑な物語です。森山さんが演じた卓(たかし)という人物も、わかりやすい共感ポイントのある人物ではありません。最初に脚本を読んだ時、どのように感じましたか?
確かに、時系列が複雑になっているので、物語全体がどういうふうに動いているのかを理解するのは、一読しただけでは難しかったと記憶しています。
何度も読み込むことで理解できるところもありましたが、卓としてどう振る舞うかという部分に関しては、啓さんと話しながら、そして現場に入りながら、少しずつ積み上げていったような感覚があります。
そもそも、脚本を読んで頭の中だけでキャラクターが完成する現場なんて、ひとつもないと思っていて。
映画にしてもドラマにしても、作品は俳優だけで生まれるものではありません。俳優がいて、それを動かす監督の視点や演出があって、さらにその周囲には撮影するカメラマン、美術、照明、そのほかにも大勢の人が関わっている。そうやって初めてひとつの作品が生まれると僕は思っています。
もちろん、演じる側として自分なりのキャラクターは用意していきますが、それはあくまで最初のコミュニケーション手段でしかないので、そこから先はみんなで作り上げていくものと思っています。
5年前に一度会ったきりで、30年間疎遠だった父と突然再会する
――卓という人物像の理解をめぐっては、近浦監督とも時間をかけて議論されたそうですね。
はい。卓というキャラクターを理解するのが難しかったんです。
卓は俳優を生業としている、という設定ではありますが、ひとことで「俳優」と言ってもいろいろいます。どのポジションでとらえたらいいのかを結構話し合いました。
また、「5年前に一度会ったきりで、30年間疎遠だった父と突然再会する」というあまりに極端なシチュエーションについても、どう受け止め、どう振る舞えばいいのか、かなり議論した記憶があります。現場に入る前に自分なりの答えを出しておきたかったので、そこには時間を費やしました。
――そうやって導き出された「卓」というキャラクターを、森山さんご自身はどのように理解されましたか?
最初に脚本を読んだ時は、かなり淡々としているという印象を受けたんですよね。
30歳を過ぎて自分の生活をある程度確立し、「父親」という存在がないものとして生きてきた自分の前に、突然父親が現れる。しかも重い認知症を患っていて、肉親である自分が面倒をみないといけない。そんな状況にもかかわらず、そこから逃げ出すわけでも、明らかな嫌悪感を剥き出しにするわけでもなく、淡々となすべきことをやる。そんな卓という人間。
でも最初のミーティングで、この映画が啓さんの実体験に着想を得て生まれた物語だと聞きました。もちろん映画なので、脚色も演出もあったとは思います。それでも、長年離れていた父親への想いや距離感などは、啓さんがどういう感覚で生きてきたのかを知ることで、卓という人物をつかむヒントが得られたと思っています。
――認知症については、身近で接した経験などがあったのでしょうか。
僕はこれまで自分の人生のなかで、認知症患者の方に会ったり、認知症について学んだりした経験がなかったんです。ですから、今作に参加するにあたり、本で読んだりして自分なりに認知症について調べました。
そのなかで、一冊の本の中に書かれていた文に出合い、それが、卓という存在を認識するのにすごく役立ちました。
一冊の本に書かれていた文とは…
――それはどういう文章ですか?
「認知症の方と関わるためには、まるで俳優のように、彼らが創り出す虚構の世界に寄り添っていくことが重要なことである」という趣旨の文章でした。
これは、俳優という職業を生業にしている卓の、陽二(演:藤竜也)さんへのアプローチとして参考になりました。
俳優は人によって千差万別なので、一概にこうだと言い切ることはできませんが、僕自身は、俳優は起こるできごとや事実、感情に対して、ある客観的な目線を持つと同時に「そのキャラクターである自分をどう生きるか」という主観的視点を持つものだと思っています。その主観性と客観性のバランスが重要で、そのバランスがそれぞれの役者の色にもつながるのではないでしょうか。
そういう視点を日頃からもっている卓だからこそ、認知症で別人のようになった父と対峙しても、どこかで面白がっているというか、自分にも起こっていることなのに、その状況を俯瞰的、客観的に見てしまうのではないかと考えました。
つまり、ある種のドライさを持ちながら、「認知症を患った父」という現実に向き合う。卓が俳優という職業だから考えられる人物像として構築してみたつもりです。
――「虚構の世界」というのは、現実にはない、つまり「不在」ということにもつながりそうです。
『大いなる不在』のタイトルにもある「不在」というのは、かつてはそこに「在った」からこそ「不在」と呼ばれるんですよね。
俳優という仕事は、「脚本」を軸に「言語」というものを駆使して作家や観客とコミュニケーションをとりながら表現に転化していくものですが、卓の父親である陽二さんも、長年大学教授を務め、言語を駆使して生きてきた方です。そんな「言語」によってコミュニケーションを取ることが最重要だと認識してきた人間が、認知症によって言語が失われていく。
でも、そのことで言葉にならない想いだけが残り、通じ合えなかった父と子に言語を超えた何かしらのつながりが生まれる。
これが『大いなる不在』の中で起きたことのひとつなのではないかと、僕は思っています。
映画『大いなる不在』
公開日:全国公開中
配給:ギャガ
監督:近浦啓(http://keichikaura.com/)
出演:森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也 他
公式サイト:https://gaga.ne.jp/greatabsence/
文=相澤洋美
写真=深野未季
衣装協力=BED j.w. FORD
スタイリスト=杉山まゆみ
ヘアメイク=須賀元子
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