「藤竜也さんとの対峙はまさに“居合”でした」森山未來が語る「演じること」と「踊ること」
CREA WEB / 2024年7月19日 17時0分
映画『大いなる不在』で俳優の役を演じた森山未來さん。表現すること、演じることについて、どのように考えているのでしょうか。藤竜也さんとの初共演についても、お聞きしました。(全2回の後篇。)
10年前のイスラエルでの滞在
――表現者としてさまざまなご活躍をされている森山さんですが、森山さんにとって「演じること」と「踊ること」は、どのようなものですか?
「演じる」も「踊る」もどちらも言葉、あるいは身体を使ったコミュニケーション手法ではありますが、「演じる」に関しては脚本であったり、セリフであったりというルールが必要です。つまり、バーバルな世界の中で共有できるロジカルな世界観が「演じる」ことの基本だと思っています。
一方、「踊る」は身体によって直感的に共有される言語です。日本だと能の表現、歌舞伎の舞、お祭りの踊りなど、儀礼的、あるいは形式的であったり、場所や目的によって違いはありますが、音も交えたノンバーバルなコミュニケーションだと考えます。
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――『大いなる不在』においては、「届ける」ということを最も大きな主題に設定したと近浦監督がおっしゃっていました。森山さんはご自身が演じた卓(たかし)を通じて、何を届けたいと思われましたか?
『大いなる不在』は、(近浦)啓さんがプロデューサーとして企画を立ち上げ、監督・脚本・編集を手がけた作品です。啓さんが創りたい物語や世界観があって、僕はそこにあくまで「俳優部」として参加している身なので、啓さんが描きたい世界を生み出すひとつのパートとして関わることを意識していたと思います。
これが、僕がプロデュースして何かをアウトプットするという場合であれば、僕が見せたい世界観や届けたい想いを表現するという意味合いは強まるのかもしれません。
でも、演劇を含めたパフォーマンスというものは、僕一人で成立するものではなく、照明や舞台監督、音響、衣装などさまざまな役割の方々が関わりながら総合芸術として作品が形作られていくという側面があります。だから、同じ作品でもその日、その場によって伝わるものは変わります。
それに、映画やパフォーマンスがどう観られるかというのは、結局観る人によって違ってきますから、100人観てくださる方がいるなら100通りの届き方になっていいんじゃないかと僕は思っています。
――そう思うようになったのは、10年前のイスラエルでの滞在が影響しているのでしょうか。
あの体験は、1年間日本以外の国に身を置くことで、自分自身、そして日本人としてのアイデンティティに向き合う時間だったと思います。イスラエルだけでなく、ヨーロッパ諸国を回ってクリエーションを展開するなかで、アーティストとしてどうありたいかということを再認識できました。
イヨネスコの戯曲と重なる、卓の父・陽二の物語
――今作のオープニングとエンディングには、卓が俳優として参加する舞台劇のワークショップのシーンが配されています。森山さんとしてではなく、ご自身が演じる卓として「演じる」という行為は、難しくはありませんでしたか?
あのシーンは、卓という存在をキャラクター付けするという意味で、非常に重要でした。劇団Qという実在する劇団を主宰する市原佐都子さんに僕が演じる卓が参加しているという設定で、本当に1日だけのワークショップを開催してもらい、それをドキュメンタリーのように撮影してもらいました。
演じている作品は、ウジェーヌ・イヨネスコの『瀕死の王』という戯曲です。自分の死を目前にした老王・ベランジェ1世が、どんどんいろんなものを剥がされていく物語で、卓が直面する老父・陽二との関連性を示唆するものであったり、俳優である卓が戯曲上のキャラクターを演じるという要素が含まれていたり、いろんな入れ子構造になっています。作品のなかでもかなり重要なシーンになったと思っています。
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――リアルなワークショップだったのですね。
あのシーンに関しては、脚本は一切なく、ワークショップ内のどのシーンをどういうふうに切り取るかも事前に決まっていませんでした。だから市原さんと対話しながら、実際にイヨネスコの『瀕死の王』を創りあげていきました。
あのワークショップのシーンを出すことで、卓が脚本を読むだけではない、もっと能動的にクリエイトする俳優なのだと印象付けることができたのかなと。
――映画の最初と最後に出てくるワークショップのシーンは、「同じ時間に同じ人物が演じたワークショップをただ前後に分けただけ」とは思えないほど、まるで違った印象を受けました。
それは編集の妙です(笑)。演じている側も撮影している側も、何が起こるかわからないという状況のなか、ドキュメンタリーとして撮影している合間に撮影したカットが、たまたまそう見えたということなのだと思います。
ただ、イヨネスコの戯曲自体が、陽二さんの物語と重なるところがあるので、どのように切り取られてもきっとそう見えるようになるのだろうなというのは、演じながら感じていたところはあります。
藤さんとの対峙はまさに「居合」
――卓の父・陽二を演じた藤竜也さんも圧巻の演技でした。ご一緒されて、いかがでしたか。
藤さんはこれまで僕が会ったなかでも非常に印象的な映画人のおひとりだといえます。
藤さんが「居合」という言葉を使われましたが、藤さんとの対峙はまさにその「居合」だったような感覚がありました。
そして、僕が考える良い映画の現場というのはまさに「居合」のようなものです。
舞台でのパフォーマンスは、本番を迎えるまで1カ月以上かけて練習を重ね、関係性を構築していきますが、映画の現場はそういう「練習」や「リハーサル」を重ねるよりも、すべての部署が初めての現場に一堂に会して、その場で火花を散らすことを好む傾向がある気がします。日本においては、なのかもしれませんが。
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――緊張感のある現場だったのですね。
そうですね。ヒリヒリする「居合」のような瞬間の感覚こそが、僕が映画の現場を好きな理由でもありますが、『大いなる不在』はその緊張感のある現場でした。
また、今作は35mmフィルムを使っての撮影だったので、デジタルのように気軽にたくさん撮ることができませんでした。啓さんは、フィルム数を惜しむような雰囲気こそ出していませんでしたが、「この一コマを逃さない」というような緊張感も、常に現場に漂っていました。だからこそ、いい現場になったのではないかという感じはしています。
――卓と陽二の距離感にも、緊張感を感じました。
藤さんとは撮影中は、あえてというわけでもなかったのですが、個人的に藤さんとご飯に行ったり、飲みに行ったりといった、必要以上に親密なコミュニケーションを取ることはしませんでした。それが結果的によかったのかなと思っています。
――本作は、サスペンスでもあるのですよね。
はい。ただ、そのサスペンス要素をどういうふうに受け取るかは、観る方に委ねたいと思います。
人間は言語がないと生きていけない世界に生きていますが、言語を離れたフィジカルなコミュニケーションや、人とつながりたいという欲求というものは、太古から遺伝子レベルで人間に組み込まれていると思います。
『大いなる不在』は、観る人がそこにたどり着くための物語なのかもしれません。
映画『大いなる不在』
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公開日:全国公開中
配給:ギャガ
監督:近浦啓(http://keichikaura.com/)
出演:森山未來、真木よう子、原日出子、藤竜也 他
公式サイト:https://gaga.ne.jp/greatabsence/
文=相澤洋美
写真=深野未季
衣装協力=BED j.w. FORD
スタイリスト=杉山まゆみ
ヘアメイク=須賀元子
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