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河合優実主演ドラマの原作ファミリー 「そうか。家族では、ダメだったのか」 ダウン症の弟がおしゃべりになった理由

CREA WEB / 2024年7月23日 17時0分

 ダウン症で知的障害のある弟と、車いすユーザーの母。家族との日常をユーモアたっぷりに綴ったエッセイで人気の岸田奈美さん。河合優実さん主演のドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(NHK毎週火曜22時~)は、岸田さんエッセイの第1作目が原作です。

 グループホームに通い始めた弟が、ある日の食卓で突然!? そしてドラマの沖縄ロケ見学で目にしたものは……。最新エッセイ『国道沿いで、だいじょうぶ100回』より「おしゃべりは突然に」を抜粋して紹介します。


右から逆時計回りに岸田奈美さん、弟の良太さん、母のひろ実さん。 ©narika.k

弟からのまさかのオバチャンツッコミ

 革命は、漬物とともに、食卓へ訪れた。
 週末、母とわたしと弟の3人で、お夕飯を食べていたときのことである。
「なんやこれ……」
「むっちゃ美味しい……なんて名前のやつ?」
「えーと、“めしどろぼう〞って書いとる」

 あまりのウマさに隣の家から米を盗んで来るという意味。人の道を踏み外させるほど業の深い漬物が、我が家にやってきたのだ。

「漬物と米だけでええわと言うたらそれは老婆の始まりやと思ってたけど、これは始まってしまうわ」
「奈美ちゃんがこっちの世界に来てくれてうれしい」
 母とガツガツやってると。
「なにをいうてるねん。いややわー、ほんま」

 ピタリ。わたしたちの箸が止まった。
 いま、オバチャンがおった? そんなバカな。
 わたしと母のほかには、弟しかいない。

 お茶碗片手に母が驚愕しながら、弟に聞く。
 弟はニンマリと笑った。
「いうたやん、もう、いややわー」

 オバチャンがおった。あまりにハッキリした発音だった。
 脈絡もなく突然、ネイティブなオバチャンが出現したことにより、食卓は騒然となった。
 めしどろぼうによって狂わされた人間の幻聴かと不安になり、後日、知人にも立ち会ってもらったところ、バッチリ伝わった。

駅前留学じゃあるまいしたった2カ月で…

 ある日、わたしが席を立つと。
「なみちゃん、カギわすれとる。ほんまにあかんで!」
 弟がわたしを呼び止めた。しゃべっている。はっきりと。ろくに言葉をしゃべれなかったはずの弟が。


母ひろ実さんの車いすを押す弟の良太さん。 ©narika.k

 変わったことといえば、弟がこの2か月前、家を出て、グループホームで同じくダウン症の人たちと暮らしはじめた。とはいえ、駅前留学じゃあるまいしたった2か月やそこらでこんなことが起きるだろうか。

 弟から、カギを受け取る。
「なみちゃんはもう、ほんまに、あかんわこれ」
「やかましいわ」
 イラッ。海外に短期留学した友人が、夏休み明けに帰ってくるなりルー大柴みたいなしゃべり方になったときと同じ成分のイラッ。

そうか。家族では、ダメだったのか。

 言葉以外にも、変化があった。
 風呂上がりにリビングへ行くと、弟がいた。
 シュピッ。シュパッ。
 タオルを振りかぶっている。
「オオタニ、ショウヘイ、です」
「そっか、大谷翔平か」

 だからなんだと言うのだ。
 野球選手の形態模写もできるようになっていた。もともと彼は、野球などまったく興味がなかった。試合中継に目をくれたことすらない。ルールだって知らないはず。

「誰から教わったん、それ」
「かいとくん」
「そっか、かいとくんかあ……」
 誰や。
 そうか。家族では、ダメだったのか。
 かいとくんの正体は、グループホームの同居人だった。


カレンダーの文字を書く良太さんと奈美さん。

 ああ、そういえば。
 週末は実家で過ごした弟を、日曜の夜にグループホームへ送っていくと、庭でバットの素振りをしている青年がいた。
 シュッとした長身、スポーツ刈りの髪、バット、そして着ている服の刺繡は『OHTANI』で、背番号17。彼が、かいとくんか。

「うわーっ、きっしゃん、髪切ったんか! めっちゃ似合ってるやん」
 きっしゃんって誰や。散髪してきたばかりの弟は、頭をポリポリとかきながら照れていた。お前か。
「あとで野球しよや」
 ふたりはグループホームへと楽しそうに吸い込まれていった。

必要だったのは対等な友だちの存在

 かいとくんにも知的障害がある。野球はかいとくんが教えて、カラオケは弟が教えているそうだ。
 かいとくんは年下なので、弟の方が先輩風を吹かせているように見える。友だちの話をするときの弟はどこか、誇らしげだ。

 そうか。
 家族では、ダメだったのか。
 言葉を多く交わさずとも、わたしたちは、それなりにわかり合えるようになってしまった。家族だから。
 弟が出かけるとき、母やわたしは彼の通訳もした。
 言葉の壁で、弟を傷つけたくなかった。
 弟に必要だったのは対等な友だちの存在だった。


出来上がったカレンダーを手にする良太さんと奈美さん。

 でも、実際は違った。
「かいとくんと楽しく暮らしたい」という思いが、弟に言葉をしゃべらせた。
 同じ家で生活していると、嫌なこともあっただろう。頼みたいことも、喜ばせたいこともあっただろう。うまくいかなくても、傷ついても、なにかを伝えたい相手。
 弟に必要だったのは通訳ではなく、そんな対等な友だちの存在だったのだ。

「えっ、なに? もう一回言うてや!」
 かいとくんが聞き、弟は繰り返す。ちょっとだけ言葉や身振りを変えて。
 蚊帳の外に放り出されてしまった。わたしと母は、ほんの少し寂しくて、かなりうれしい。
 もう大人で、新しい友だちなんかめったにできなくなったわたしは、かなりうらやましい。

ドラマの沖縄ロケで目にした驚きの光景

 1年後、わたしは沖縄にいた。
 わたしのエッセイが原作のドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の撮影現場の見学で。

 プールの水面を、ジンベエザメの浮き輪につかまって、ぷかぷか浮いている彼に会いにきた。彼の名は吉田葵くん。弟・岸本草太役を演じる、ダウン症の俳優だ。

 葵くんの演技を見るのは、これで2回目。
「よーい!」
 カメラがまわる。
 スーッ。
 ジンベエザメが、水面を泳ぎだす。葵くんが水面をウニョウニョと蹴り、気持ちよさそうに進んでいく。


沖縄での岸田さん一家。 ©narika.k

「カーット! もう一度、進む方向かえて!」
 スタッフさんがジンベエザメの尻尾をつかみ、逆再生のごとく引き戻されていく。うなだれる葵くん。
 長引きそうだなと思っていると、大きな声が響いた。
「あのう、これって、足をバタバタさせたほうがいいですかー?」
 葵くんの声だった。

 びっくりした。
 東京で撮影が始まってすぐの頃の葵くんは、こんな風にハキハキと自分の考えを話せていなかった。

わからないことや思いを言葉にしようとする理由

 葵くんが着替えている間、葵くんのお母さんにおそるおそる近づいた。
「葵くんたら、しゃべるの、めっちゃ上手になってらっしゃいません……?」
 お母さんも、びっくりしていた。
「や、やっぱりそう思いますかっ」
「そう思いすぎます」
「わからないことや、思ったことを伝えると、撮影がうまくいくっていうのに葵も気づいたみたい。一生懸命、言葉にしようとしてるんです……」

 演技経験もなく、複雑なシーンも手探りで、時折アドリブを入れすぎてしまっていた葵くんのことを思う。
「岸田さんは、やっぱりわかるんですね」
 そりゃあ、もう、わかるに決まってるじゃないですか。
 次は、たぶん、野球ですよ。

文=岸田奈美

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