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雅子さまは「レースの豪華さに負けない存在感」英国訪問のレースの装いに込められた“訪問先へのお心遣い”

CREA WEB / 2024年7月25日 6時0分

イギリス訪問中の雅子さまのファッションには共通点が


6月22日から29日までイギリスを訪問された天皇皇后両陛下/時事

 天皇皇后両陛下にとって、今年前半の大きなご公務となったのは、いまだ記憶に新しいイギリスご訪問でしょう。

 中世の王侯貴族もかくやと思わせる、数多の衛兵を従えた絢爛たる馬車でのパレード。そしてイギリス国王の主たる住まいとなっているバッキンガム宮殿での、豪華でありながらシックな雰囲気を漂わせる晩さん会。

 どれをとっても、子どもの頃に読んだ西洋のお姫さまが登場する、絵物語の世界のように感じた方は多かったのではないでしょうか。


オックスフォード大学を訪問された両陛下(宮内庁インスタグラムより)

 そんな華やかなイギリス王室のおもてなしを受けた両陛下は、チャールズ国王やカミラ王妃と和やかに交流し、日英の友好に大きく寄与されました。

 一連の行事が続く中、常に陛下の半歩後ろに寄り添っていらっしゃった雅子さまでしたが、身につけられたそのファッションには、実はイギリスへの敬意をこめた、あるメッセージが隠されていたように思えるのです。

 チャールズ国王夫妻とお会いになる場で、雅子さまが着ていらっしゃったのは、透かし模様を編みこんだレースのお洋服でした。

 歓迎式典では、レースをあしらったセットアップの上に、レースのコートを羽織り、帽子にもレースのリボンを使用なさっていました。また雅子さまは馬アレルギーのため、馬車パレードの時は白いマスクを着用されましたが、よく見るとそのマスクにも刺繍のようなレースが施されていました。

 バッキンガム宮殿で開かれた晩さん会でも、雅子さまはレースのローブ・デコルテ姿で登場されました。その翌々日、チャールズ国王夫妻にお別れのご挨拶をなさった際にお召しになっていた淡いピンクのセットアップも、レースのデザインがアクセントになっていました。

なぜ雅子さまはレース使いを繰り返されたか


チャールズ国王やカミラ王妃とともにバッキンガム宮殿前の大通り「ザ・マル」を馬車でパレードされた雅子さま/PA Images時事通信フォト

 これまでも雅子さまは、ファッションにレースを取り入れられることがありましたが、それは部分的に用いるだけで、レース素材の服がお好きなのだろうという印象でした。

 皇室に入られて初めての宮中晩さん会は、1993年に開かれた東京サミット参加国の首脳を招いてのものでした。ロシアのエリツィン大統領(当時)と、アメリカのクリントン大統領(当時)の間に座られた雅子さまは、白と薄いピンクのレースを用いたトップスのドレスをお召しになり、ひと際華やかさを添えていました。

 今年の春の園遊会でも、雅子さまはインナーにレースを合わせられており、エレガントさが際立っていました。

 雅子さまは身長が高く、人目を引き付ける魅力をお持ちでいらっしゃるため、レースのお洋服もとてもお似合いになります。華奢で小柄な女性がレースの洋服を着ると、ロマンティックな印象になりがちですが、雅子さまはスタイリッシュに着こなされ、レースの豪華さに負けない存在感をもともとお持ちなのだと感じさせます。


イギリス訪問に向け、日本を出発される時の両陛下(宮内庁インスタグラムより)

 海外にも、レースを使った装いで世界中を魅了した女性たちがいます。

 モナコ公妃になったグレース・ケリーは結婚式の時、レースをふんだんに使ったドレスで気品あふれる美しさを放っていました。

 オードリー・ヘプバーンも映画『ローマの休日』で、レースのドレスやお洋服を着ていました。透き通るような花の文様が多いレースは、高貴な王侯貴族の象徴とされてきたのです。

 たくさんのレースを用いたファッションは、そこにたたずむだけでエレガントなオーラを発する女性でなければ着こなせないものです。そうした意味でも、雅子さまならばレースの持つ強い主張に負けることはないでしょう。

 ただ今回のイギリスご訪問中のように、雅子さまがレースをあしらったお洋服を何パターンも続けて着ていらっしゃったのは、今まで見たことがありません。

 なぜ、ずっとレースを身にまとい続けていらっしゃったのでしょうか。実はそこに、レースにまつわるイギリスの歴史が隠されているのです。

美智子さまから雅子さまに“受け継がれたもの”


©文藝春秋

 レースの起源は諸説ありますが、一説には衣服のほつれや裂け目を繕う際に、縫い目が糸で盛り上がり、それが模様のように見えたところから始まったといわれています。

 その歴史はとても古く、古代エジプトの遺跡から手織りのレースが発見されており、その後、シルクロードを渡って奈良時代の日本にももたらされたとか。

 装飾を目的とする独立した形のレースが生まれたのは、16世紀中ごろといわれています。

 レースは職人の手作業で作られ、完成までに膨大な時間がかかるため、ヨーロッパの王室や貴族などの間で愛される高級品でした。各国の王室の方々もレースを伝統的に好み、当時、イングランドの黄金期を築いたエリザベス1世の肖像画には、レースを用いた大きな襟を着用した姿が描かれています。

 ではレースはどこで作られていたのかというと、その頃は、イタリアやフランス、スペインなどの大陸側の主要国が中心でした。ところが18世紀後半にイギリスで産業革命が起きると、レース産業にも変化の時代が訪れます。機械式の自動織機が発明されたのです。

 これによって大量生産ができるようになり、女性たちが憧れるレース生地を使ったファッションが多くの人たちに普及していきました。つまり、イギリスは「機械式レース織機」発祥の地でもあったのです。


オックスフォード大学留学時代の雅子さま 宮内庁提供

 雅子さまは外務省時代にオックスフォード大学に留学され、イギリスで暮らしていらっしゃったので、女性としての興味もあって、その事実をご存じの可能性が高いと思われます。

 雅子さまは王侯貴族ゆかりのレースを使ったお召し物で、そうしたイギリスの歴史に敬意を示そうとされたのではないでしょうか。

 これまでも皇室の方々は、ご訪問先への尊敬の念を装いで表してこられました。

 平成の時代、美智子さまが上皇さま(当時は天皇陛下)とともにバルト三国を訪問された際、それぞれの国の国旗の色に合わせたファッションを身にまとわれ、現地の人々から大歓迎を受けていたのが印象的でした。国内でも、沖縄を訪問される時には、美智子さまは沖縄伝統の織物である芭蕉布を用いたスーツを作られ、帽子にもあしらって、沖縄の人々に心を寄せていることを示されていたのです。

 ファッションに込められた訪問先へのお心遣いは、時代を超えて雅子さまに受け継がれているのでしょう。

 令和になって天皇皇后両陛下の公式な外国ご訪問は、去年のインドネシアに続いて2回目でした。国際経験が豊富な雅子さまが、ファッションを通してどんな発信をされるのか、これからも注目していきたいと思います。

文=つげのり子

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