フランス芸術界に衝撃を与えた告白 50代の権力者と10代少女は“恋人”? 性的同意は「免罪符」ではない
CREA WEB / 2024年7月31日 11時0分
映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる連載。第11回となる今回のテーマは、「性的同意」。
フランスで大きな衝撃を呼んだ書籍をもとにした映画『コンセント/同意』(8月2日公開)と、全国公開中の『HOW TO HAVE SEX』。
未成年者との合意のうえでのセックスは、暴力か? そもそも何をもって「同意」とするのか? 私たち一人ひとりが考えるべき課題です。
フランスで大きな衝撃を呼んだ一冊の書籍
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2023年、日本で性犯罪に関する刑法が改正され、「強制性交罪」が「不同意性交罪」に変更された。「同意なき性交」は犯罪である、という事実が明確になったのは、喜ばしいことだ。ただし、同意がなかったことをどう証明するのかなど、曖昧な部分は残されたままで、課題はいまだに大きい。性的同意をどう判断するのかについては、とてもデリケートで難しい問題を孕んでいると思う。
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2020年1月、一冊の本がフランスで出版され、大きな衝撃を呼んだ。編集者で作家のヴァネッサ・スプリンゴラの著書『同意』(内山奈緒美訳、中央公論新社)。
著者のスプリンゴラは、14歳のときに、フランスの著名作家ガブリエル・マツネフと性的関係を持ち、さらにマツネフによってその関係を小説に書かれ世界に公表されるという経験をしている。本書は、作家マツネフによる性的支配の実態を、被害に遭ったスプリンゴラが自らの手で綴り、告発した本なのだ。
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映画『コンセント/同意』は、この書籍をもとにつくられた。監督のヴァネッサ・フィロが公式のコメントで「本作は、ヴァネッサ・スプリンゴラの戦いの延長線上にあるもの、声を上げた彼女の戦いを終わらせないためにある」と述べているように、映画は本の内容を忠実に映像化している。
ひとりの少女が、どんなふうに狡猾な捕食者に狙われ、心身ともに支配されるのか。10代のときの性体験がその後の人生にどんな影響を与えるのか。目を背けたくなるような痛ましい記録が、映像としてまざまざと再現される。
文学少女と偉大な作家の“恋愛関係”
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複雑な家庭環境で育った13歳の少女ヴァネッサは、ある夜、母親に連れていかれたパーティーで、作家のガブリエル・マツネフと出会う。50歳のマツネフは自作のなかで10代の少年少女との性行為を公言する悪名高き人物だったが、まだ幼い文学少女には偉大な作家としか見えていない。マツネフは、自分を憧れの目で見つめる少女に狙いを定め熱烈なアプローチを開始する。誰も相談相手がいないヴァネッサは、14歳になった頃、ついに彼の要求を受けいれ、性的関係を持つようになる。だが、その有害な関係が徐々に彼女の心を壊していく。
「芸術」の名のもとで許される違法行為
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映画は、ガブリエル・マツネフの卑劣な手口を、実にわかりやすく紹介する。優しい父親のように振る舞い、幼い頃から父親が不在だった少女の心を虜にする。巧みな言葉を操り、大人と性行為をするのは異常なことではない、むしろこんな経験ができるのは特別な存在だからだと思い込ませる。さらに関係を世間の目に晒すことで、少女を周囲から孤立させ、自分だけに依存させる。こうして、50歳の男と14歳の少女の支配関係はいとも簡単にできあがる。
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驚くのは、ヴァネッサとマツネフの関係が、決して世間に秘められた、いわゆる禁じられた関係ではなかったことだ。
もちろん成人した大人が14歳の子供と性行為をするのは、当時のフランスにおいても違法な行為。だがガブリエル・マツネフは、アジアで大勢の少年たちを買春し、ヴァネッサと同じような年頃の少女たちを大勢「恋人」にしていたことを、隠さず本に記していた。さらにその作品は文学として多くの人を魅了し、彼はタブーを恐れない芸術家として讃えられていた。芸術の名のもとで、許されざる違法行為が公然と許されていたのだ。
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周囲の大人たちは、幼い少女が次々に作家の餌食になっても、「偉大な芸術家の創作活動に必要なこと」だとみなし、意に介さない。ヴァネッサの母親もまた、最初こそ「彼は小児性愛者だ」と激怒するものの、結局は作家の名声に気をよくし、娘を男のもとに差し出してしまう。
さらにここには恐ろしい罠がある。ヴァネッサとマツネフとの関係は、必ずしも暴力によって無理強いされたものだとは言えない。ふたりは当時、たしかに恋人同士としてつきあっていて、セックスをしたことも、小説のモデルにしたのも、すべてヴァネッサの同意を得て行ったことだとマツネフは主張する。その証拠に、ヴァネッサからの熱烈な愛が綴られた手紙もあるではないかと。書籍と映画の両方のタイトルが指すように、少女が当時発した「同意」が男への免罪符として利用され、少女自身を長年苦しめることになる。
実際にフランス映画界を揺るがした事件も
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『同意/コンセント』が否応なく思い起こさせるのは、2024年にフランス映画界に衝撃を与えたある事件のこと。
女優のジュディット・ゴドレーシュが、自分が未成年だったときに、著名な男性映画監督であるブノワ・ジャコとジャック・ドワイヨンから性的暴行を受けたとし、二人を児童強姦罪で訴えた事件だ。
ゴドレーシュは14歳で25歳年上のブノワ・ジャコの映画に出演、その後6年間にわたり「恋人」として彼と同棲生活を送ったが、その間ずっと年上の彼から性的支配を受けていた。さらに彼女は、15歳のときに出演した『15歳の少女』の撮影時にジャック・ドワイヨンから性的暴行を受けたとも明かした。
ゴドレーシュの勇気ある告発を機に、別の女性たちも次々に二人の男性監督たちからの被害を語り出し、フランスでは#MeTooの「第二波」が到来したと言われている(数年前にも、女優のアデル・エネルをはじめ、幾人もがフランス映画界にはびこるセクハラや性的被害を訴えたが、当時はまだ異論を唱える人が多く、被害者たちの声はかき消された)。
「性的同意」は免罪符にはならない
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ヴァネッサ・スプリンゴラとジュディット・ゴドレーシュ、文学界と映画界それぞれの告発は、大きな問いを私たちに投げかける。権威を持つ中年男性が14、5歳の少女と「恋人」であることに、誰も疑問を持たなかったのか? 大人と未成年のセックスが違法行為であったにもかかわらず、当時から現在までなぜ誰もその異常さを指摘しなかったのか?
当時のフランスでは、人々があらゆる抑圧や支配から解放され、自由を求めることが何より正しいとされた風潮があったのかもしれない。未成年者であろうとセックスを求める権利はある。実際、彼女は「同意」していたじゃないか。何も無理やり襲ったわけじゃない。それが、捕食者たちの言い分であり、多くの人々が彼らの関係を容認していた理由なのだろう。
でも、彼女はたった14歳だったのだ。性体験どころか、恋愛経験もほとんどない、幼い子供だったのだ。何十歳も歳上の男と関係を持ち、その関係を世間に晒されたあと、自分がいったいどんな人生を歩むことになるのか、14歳の子供に理解できるはずがないではないか。
大人と子供との間には圧倒的な力の差がある。名のある芸術家(監督、作家)と、俳優や小説のモデルにされる女性との関係には明らかな権威勾配がある。『同意/コンセント』は、もっとも罪深いのは暴力をふるった加害者だが、それを見過ごしてきた周囲の大人たちにも罪があるのだと明言する。そして、「性的同意」とは必ずしも免罪符にはならないのだと教えてくれる。
10代のうちに初体験を終わらせたい
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時期を同じくして、日本では「性的同意」をめぐる物語を描いた映画『HOW TO HAVE SEX』(モリー・マニング・ウォーカー監督)が公開されている。イギリスから、ギリシャのクレタ島に卒業旅行でやってきた仲良し3人組を主人公にしたこの映画は、ヴァカンスに浮かれる10代の少女たちの熱狂を描きながら、その裏で、夏の間に初体験を済まそうと焦るある少女の心の動きを繊細に捉えていく。
同意をしたら心の傷を負っても仕方がない?
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性体験に関して友人たちに遅れをとり焦る少女タラは、自分と同じくイギリスからヴァカンスに来ていた男たちと親しくなる。
だが彼女の初体験は想像したようなものにはならず、映画の後半は、彼女が自分の受けた心の傷をどう受け止め、言葉にするか、その過程が描かれることになる。問題になるのは、やはり「同意」の有無。
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タラは決して無理に誰かに襲われたわけではない。たしかに同意をして初体験をしたと言えなくはない。でも、彼女が本当に同意をしたといえるのか。一度でも同意をしてしまえば、深い心の傷を負っても我慢するしかないのか。映画はそう問いかける。性的同意を得るには、どこまでもデリケートに、慎重にならなければいけない。何より重要なのは、彼女/彼が傷ついたのかどうかであるはずだ。
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『同意/コンセント』や『HOW TO HAVE SEX』のような映画を見ることは、過去に性被害を受けた人たちにとっては辛い体験かもしれない。『コンセント/同意』でヴァネッサ役を演じるキム・イジュランは撮影当時すでに20歳を超えていたとはいえ、画面のなかでは明らかに子供に見える少女が、35も歳の離れた男に襲い掛かられる様子は痛々しく、目を背けたくなる。
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それでもこれらの映画が広く見られるべきだと思うのは、これが被害を受けた人たち(ここでは女性たち)の側から語られる物語であり、自分が受けた被害を言葉にするまでにどれだけ長い時間がかかるのかを教えてくれるからだ。
2011年には、『ヴィオレッタ』という映画が公開された。監督のエヴァ・イオネスコは、写真家の母親によって、少女時代にヌードを含む写真を数々撮影され、芸術作品として世に出された女性だ。普通の子供が過ごすはずの幼少期を奪われ、「ヌードを撮られた娘」という烙印を押された少女。それは世間が言う芸術行為などではなく、母による虐待行為だったのだと、大人になった彼女は、映画をつくることで世界に向けて告発した。
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芸術という名のもとで、怪物のような男に心と体を傷つけられ、さらに彼の本のなかで「ミューズ」として捕えられてきたヴァネッサ・スプリンゴラが、30年以上の時を経て、ついに自分の声でこの物語を語り始めたように。
彼女たちは立ち上がり、声をあげた。その声に、誰もが耳を傾けるべきだ。
文=月永理絵
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