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「イタリア」を「伊太利亜」と 漢字で表記したくなる欲望から なぜ私たちは逃れられないのか

CREA WEB / 2024年8月12日 11時0分

●CREA Traveller編集部だより Vol.002
乙女 パスタに感動|タンポポ

ひたすら地中海の陽光に恋焦がれて……


南イタリアを徹底して掘り下げたCREA Traveller 2024 Vol.3。72ページにも及ぶ別冊付録では、「ウエディング Style 2024」を展開している。

 こんにちは。イタリアの種馬こと、CREA Travellerスーパーバイザーのヤングです。

 CREA Travellerの最新号「イタリア 理想の休日」が発売されてしばらく経つ。カプリ島やアマルフィ海岸、ナポリを始め、南イタリアの必見デスティネーションを紹介したこの特集は、おかげさまで好評を博している模様である。ありがとうございます。


ナポリの名店「ブアッタ」の“スパゲッティ・コン・アリーチ・リモーネ・エ・ペコリーノ”12€ イタリア語は皆目分からないが、ガレッジセール・ゴリのチアガール姿を思い浮かべながら味わいたい逸品。

 だが、筆者自身はといえば、イタリア取材には派遣されなかったので、指をくわえ誌面をためつすがめつしながらふと向かいのデスクに目をやると、すみっコぐらしのキャラクターみたいな年若い女性編集長が、彫刻刀を器用に操り、ナスやキュウリを写実的な馬や牛の形にカービングしている。高校では美術部に所属していたと噂される昔取った杵柄で、お盆を迎える準備をしていたようだった。

 細かい毛並みまで見事に再現されており、あまりにもリアルで本物にしか思えない。高村光雲の《老猿》すら彷彿とさせる。ひょっとして、仏師の家系か何かに生まれたのだろうか。今にもこちらに駆け出してきそうな牛馬の姿に目を丸くしていると、そのナスとキュウリにブスブスッと割り箸の脚を刺し終えたすみっコぐらしが、こちらの視線に気づいたらしく、おもむろに口を開く。

「暇持て余してんならまた一人でイタリア行ってこい」(大意)。前回の当コラムにおいて、「南伊に行く」と言い張って南伊豆を旅した俺は、再び、書を捨てて町へ出た。


ここが南伊だ! 南伊豆町の石廊崎灯台だ!

 尋常ならざる酷暑の中を朦朧としつつさまよい歩き、行き交う車の姿が陽炎となってゆらめく新宿通りの向こうに15年前にマイケル・ジャクソンと同じ日に死んだはずの祖母の幻を見て「ばあちゃん!」と呼びかけたりしながら、徒歩じゃ永遠にイタリア着かねえよなあ、やっぱり無理だよなあと弱気に蝕まれつつ街をいろいろ観察していると、ある現象に気づく。

 日本人は、やたらとイタリアを漢字表記したがるのだ。

街角には「伊太利亜」がいっぱい!

 まず、一番多いパターンが「伊太利亜」である。これが、我が国における標準的な漢字表記になるであろう。何でも、漢字の本場・中国では、「意大利」と書くそうだ


麻布台にあるカフェテラス「伊太利亜亭」。話題の新スポット、麻布台ヒルズからもほど近い。うっかり財布を編集部に忘れたのであいにく持ち合わせがなく、店に入ってはいないが、10種類を超えるパスタが楽しめるらしい。

新宿三丁目「伊太利亜市場BAR」。伊勢丹の裏の小道を渡った先のビルの2階にある。近くの花園神社で所持金のすべてを賽銭箱に投じ、イタリア特集号の完売を祈ったのであいにく持ち合わせがなく、店に入ってはいないが、活気溢れるムードの中、美味しいワインとともに素材を生かした料理が堪能できるらしい。

 なお、「伊太利亜市場BAR」は、“バー”ではなく“バール”と読むとの由。それでこそイタリアンである。

 それで思い出した。弊社の近くには「東京酒BAL」を標榜する居酒屋チェーンがあるのだけれど、BALとは一体何なのか。恐らく、“バル”と読ませたいのだろうが、でも、スペイン語の “バル”の綴りはBARである。

 しかしまあ、原語のままBARと表記すると、英語の“バー”だと解釈されてしまい、スペインバルの雰囲気を狙ったスペシャルな意図が伝わらない。ええい、いっそのことBALと書いときゃ間違いなく“バル”と読んでくれるはず! という思惑が先走って、この不思議な店名にたどり着いたのだと察する。

 片仮名で“バル”と表記すれば済む話だが、ここはどうしても意地でも横文字を使いたかったのだろう。ただ、それなりの規模のチェーン店を命名するのだから、さすがに辞書引かなかったなんてことはあるまい。ないと信じたい……。


浅草の観音通りに店を構える「伊太利亜のじぇらぁとや」。浅草寺で所持金のすべてを賽銭箱に投じ、すみっコを始めとする編集部員の健康と幸せを祈ったためあいにく持ち合わせがなく、店に入ってはいないが、国内外からやってきた大勢の観光客が色とりどりのジェラートに舌鼓を打っているらしい。

 その他、有名なところでは、「伊太利屋」というブランドが挙げられよう。その名の通り、イタリアの伝統と情熱を採り入れた日本発のメゾンである。テーマは「野生のエレガンス」。アニマル柄を我が国のファッションに導入した、画期的なブランドだ。

 俺もいい年になったのだから、1年365日「海人(うみんちゅ)」のTシャツばかり着るのはそろそろやめにして、伊太利屋のこのワイルドな着こなしに学びたいと思っている(そういう経緯から、俺の社内における愛称は「うみんちゅ」である)。


全国に店舗を展開する「伊太利屋」の赤坂店は、弊社より徒歩5分ほどの商業施設「サンローゼ赤坂」内に入居している。この写真は、スマホに着信があった振りをして会議を抜け出し、往復ほぼ10分で撮影してきたもの。なお、かつて同ブランドのグループ企業だった「ガレーヂ伊太利屋」という外車ディーラーが有明にある。

 他には、「伊太利庵」「伊多利庵」という飲食店も、さまざまな業態で全国に散在している。

 しかし、他の片仮名国名を漢字表記した店名はあまり目にしないのに、なぜ伊太利亜は多いのかといえば、当て字をただ素直に読めばこれは「イタリア」だなと見当がつく明解さが理由だろう。その点、英吉利(イギリス)とか仏蘭西(フランス)とかは、ちょっとハイブロウで、読みあぐねる向きも少なくないのだと思う。

 そこで、いつも考えるのは、西班牙(スペイン)という漢字表記のもたらす混乱である。地名の頭には方角を表す文字を使わない方がいいと思うのだ。例えば、南フランスを「南仏」と呼ぶ省略法を西スペインに用いると、「西西」となってしまうから。

シチリアを漢字変換してみると……


CREA Traveller 2023 Vol.3「トスカーナとシチリアで見つけた幸せの法則」は、現在も好評発売中。この時は、俺もちゃんとトスカーナまで取材に行かせてもらっている。おいしいスパゲッティやピザをうんとたべてきたよ。

 イタリアという国名のみならず、かの地の都市や地域の名を漢字化した店名もあるんだろうなと思い立ち、取り急ぎグルメサイトを検索すると、ローマだのフィレンツェだのは見当たらず、シチリアが目立った。

 この島の漢字表記には、獅子里、斯加里野、西西里、細細里、細々里、獅子利、西齊里亜、西齊利亜など、かなり揺れがある(これらは中国の例でしょうね)のだが、日本の飲食店はそれぞれオリジナルかつポエティックな文字を当てている。

「詩々里庵」(佐賀県鳥栖市/イタリアン)「七里屋茶房」(長野県飯田市/カフェ)あたりは業態からいってシチリアがネタ元のような匂いがする。しかし、「麺屋 七利屋」(神奈川県藤沢市/ラーメン)、「七里庵」(愛知県名古屋市/そば)となると、あんまりイタリアの島とは関係ないのかとも思えてくる……。下衆の勘繰りかもしれない。


新大久保の食料品店で「紅酢」なる文字を目にし、これは「ベニス」と読ませるのだと一瞬確信したが、韓国語で「ホンチョ」と読むそうである。そもそもヴェネツィアと関係ないしな。

 勘繰りすぎといえば、東京の根岸に「美良乃」という店があったので、これはミラノだろうと当たりをつけたら、読みは「みよしの」だった。しかも日本料理店だった。

 あと、デスクの上に積まれた未了のタスクから目を背けるようにしてこういうことばかり調べていると、世の中には「トリノ」と名乗る焼鳥屋が結構多いことを知る。

和製南イタリア料理の老舗へ


“カプリブルー”といわれる、カプリ島の透き通った海の美しさは、胸に刻まれる情景だ。――俺は行ってないので、CREA Traveller 本誌からそのまま引用してみた。

 ああ、それにしても俺だってカプリ島あたりに取材に行きたかったよと今さら恨みがましく嘆息し、「カプリカプリカプリカプリ」と念仏のごとく陰気に唱えながら渋谷駅の東口、六本木通りと明治通りの間の界隈をうろついていると、こんな看板が目に飛び込んできた。


「カプリチョーザ」渋谷本店。近くの金王神社で所持金のすべてを賽銭箱に投じ(以下略)。

「カプリチョーザ」! 恐らく、70年代半ばぐらいまでに生まれた世代にとっては、イタリア料理との出会いの場となった店かもしれない。

 個人的なメモワールを綴ることをお許しいただければ(ここまで、この記事においては個人的な感想以外の公益性を重んじたテキストはほぼ記されてないのだが)、南東北のとある寒村出身の筆者は、平成もごく曙の頃の上京直後、大学入学に先立つオリエンテーションに出席し、その流れで第二外国語のクラスの先輩らに連れられ、下北沢にあったカプリチョーザのテーブルについた。

 忘れもしない、あの時に初めて食した大皿のカルボナーラぐらい、それまでの自分の価値観をまるごと引っくり返すような美味には、その後あまりお目にかかっていない。何しろ、カルボナーラというパスタの名前すら、その時初めて知ったのだから。

 俺の故郷がずいぶんな田舎だったという理由もあるかもしれないが、当時、自分が知っていたパスタのメニューといえば、ナポリタンとミートソースぐらいだったと記憶している。だいたい、パスタなんて言葉は知らず、スパゲッティとだけ呼んでいた。恐らくその状況は、都会で生まれ育った同年配の人間であったとしても、さして変わらないのではないか。


リングイニは、日本ではもっぱらリングイネと呼ばれる。イタリア語で「小さな舌」を意味するこのパスタは、断面が楕円形となっていて、濃厚なソースと相性がよい。

 こないだ、東横線に乗っていたら、3歳ぐらいの子どもが「リングイニ!」と叫んでいるところに出くわし、この幼さでそんなパスタの名前まで知っているなんてさすがに東京の子どもは違うなあと感心したのだが、続いて「レミー!」とも言っていたから、どうやら、アニメ映画『レミーのおいしいレストラン』を観たばかりで、登場人物の役名を口に出しているだけのようだった。

 なお、筆者の長男も、4歳の頃に「お父さん、ミケランジェロとラファエロが……」とか言い出して知人を驚かせたことがあるが、別に美術に関する情操教育を施していたわけではなく、その前日に『ミュータント・ニンジャ・タートルズ』のDVDを観て、その亀のキャラクターの名前を挙げただけであった。

 それはいいとして、本題はカプリチョーザである。看板に誘われ、カプリチョーザ渋谷本店のエントランスにたどり着いたら驚いた!


うっかり道場破りでも呼び寄せてしまいそうな入り口である。道着に身を包んだ猛者がドアを開け「頼もう!」と叫べば、店員一同が笑顔で「ボンジョルノー!」と答えてくれる(妄想)。

 ……「華婦里蝶座」という朴訥な文字が彫られた巨大な看板が、俺を待ち受けていた。

 カプリチョーザに漢字表記があったとは知らなかった。スマホでこのチェーンの公式ウェブサイトを調べてみたら、確かに、「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」と記されている。これが、法人としての正式名称らしい。


「蝶座」という部分を凝視し、柳宗理のバタフライスツールが欲しいなあと思う。(株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座ホームページより)

 企業情報を見たら、事務所所在地はこの本店から近い。行ってみるか。


こういう足を使った地道な取材をしていると、入社1年目の週刊誌記者だった日々を思い出す。

 確かに、ビル入り口のテナント表示には「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」とある。しかし、振り仮名は「カプリチョーザ」じゃなくって「カプリチョウザ」なのね。編集者なので、こういうところが気になる。

 ということで、南イタリアを特集したCREA Traveller最新号は、現在、仏恥義理で好評発売中です。夜露死苦! 愛羅武勇!

ヤング(やんぐ)

元CREA WEB編集長、現CREA Travellerスーパーバイザー。特技は要潤の物真似。

文・撮影=ヤング

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