「親が歌舞伎俳優でなくとも…」 尾上右近が、尾上眞秀の“憧れの演目” 『連獅子』を踊りたかった理由
CREA WEB / 2024年8月16日 17時0分
親の愛をテーマに母として父として
尾上右近さんの自主公演『研の會』が大阪・国立文楽劇場と東京・浅草公会堂で開催されます。毎回「キャパオーバーすることで自分のキャパを広げていく」をモットーに、果敢なチャレンジを続けている右近さんが2024年に演じるのは義理の息子に恋をする『摂州合邦辻』の玉手御前と勇壮な舞踊『連獅子』の狂言師右近後に親獅子の精です。
「母と父、それぞれに親の愛がテーマになりました」と、右近さん。どちらも初役となる右近さんですが、『連獅子』は狂言師左近後に獅子の精として何度も経験しています。右近さんの親獅子で仔獅子の精を勤めることになったのは尾上眞秀さん。公演を前に行われた取材会には眞秀さんも途中から出席し、右近さんは早くも親心を見せていました。
「眞秀さんと『連獅子』を踊りたいという思いは以前からありました。これまで自主公演では圧倒的な主役を演じるという道のりを辿って来ましたが、敢えてふたりの演目を上演したいというのも今回やりたいことのひとつです。眞秀さんは同じ音羽屋で一緒に闘っている仲間であり大事な存在です。相手を信じ、仲間を信じるということも今回のテーマのひとつになると思います」(右近さん)
貴重な稽古場の様子をレポート!
全体稽古を前にしてふたりによる『連獅子』への取り組みはすでに4月から始まっているとのこと。そこで7月某日、歌舞伎座の稽古場で行われたその様子を取材させていただきました。
約束の時間に稽古場のドアをそっと開けるとすでに稽古の真っ最中。最初は「早くて(追いつかず)全然うまくいかなかった」という眞秀さんですが、本番まで1カ月以上あるこの段階で振りはすっかり身体に入っている様子です。重心も安定し軽やかに手足を動かしています。
マンツーマンで仔獅子を伝授
音楽に合わせて溌剌と躍動するふたつの肉体。踊りながら右近さんは、要所でちょっとしたコツや間の取り方などをとても具体的に、実例を見せながらアドバイスしていきます。
ほぼスムーズに流れていく中で、繰り返し稽古したいポイントが訪れると右近さんは自らカセットデッキを操作して重点的に伝えます。
稽古場には眞秀さんのお母様である寺島しのぶさんの姿もありました。静かに眞秀さんの様子を見守り、動画を撮影したり、小道具や鬘の準備を整えたりなどして裏方に徹しています。
眞秀さんはその動画を家で見て復習し、「言われたところをできるように」心がけて毎回の稽古に臨んでいるそう。「細かいところが難しい」と眞秀さんが話していることからもわかるように、右近さんの指導はディティールに踏み込みはじめています。
舞踊『連獅子』は文殊菩薩が住まう清涼山に、狂言師右近と左近が姿を現すところから始まります。山にかかる石橋の由来や、我が子を谷底に蹴落とし這い上がって来た者だけを育てるという獅子の伝説を、狂言師として表現する前半は手獅子を手にしての踊りです。
緩急メリハリのある振りの中で眞秀さんは「激しいところが楽しい」と話します。『連獅子』初体験となる眞秀さんは途中から実際に手獅子を用いての稽古となりました。
花道を一度引っ込んだ後、親獅子の精、仔獅子の精として現われてからは勇壮な毛振りが大きな見どころ。これも稽古で体感しないことには本番は勤まりません。眞秀さんは稽古用にお借りして来た赤の鬘もつけて練習することに。
歌舞伎俳優の子ではない、自分たちだからできること
長く歌舞伎を取材していると「歌舞伎俳優なら『連獅子』は誰もが憧れる演目」という言葉をよく耳にします。ところが眞秀さんは、この演目をあまり見ないようにしていたそうで……。
「『連獅子』は親子での上演が多く、お客様は演じる俳優そのものに作品のテーマを重ねてご覧になり二重の感動を味わうという一面があります。眞秀さん同様に僕も歌舞伎俳優の父のもとに生まれた身ではないので、自分には縁がないだろうと思ってしまう彼の気持ちは誰よりも共感できます。人が踊っているのを見ると、寂しかったり悔しかったりするから見ないようにしていたというのもとてもよくわかります」
右近さんは眞秀さんの思いを人づてに知り、眞秀さんとの『連獅子』を実現させたいという思いを強くしていったそうです。
「逆に考えれば自分はそういう境遇だったからこそ、4人の親獅子に育てていただきました。(市川)團十郎のおにいさん、(市川)猿之助のおにいさん、(尾上)松也にいさん、そしてコロナ禍だった直近の(尾上)菊之助のおにいさん、その都度多くのことを学び吸収することができたのは大きな財産です。プラスに考えれば、親が歌舞伎俳優でない者同士の自分たちだから体験できることや、また違った表現の追求へもつながります」(右近さん)
ワクワクを楽しめる純粋な心
右近さんはふたりで初めて踊った時、すぐに眞秀さんの「やりたい!という気持ち」を強く感じたそうです。それを裏付けるように眞秀さんは初めて毛を振った時は「興奮した」と話します。
「結局、一番共感するのはそこです。そしてやりたいという純粋な気持ちの支えとなるのが練習量なのですが、訓練を重ねていくことによってワクワク感が薄れていくことも実はあるんです。重要なのは本番でワクワクのピークを迎えられるようにペース配分を気にかけながら稽古していくことです」(右近さん)
右近さんは役の心やそれを表現するための技術だけでなく、歌舞伎俳優として当日を迎えるまでの姿勢もまた仔獅子を通して眞秀さんに伝授しようとしています。
親獅子は、器の大きさが問われる役
右近さん自身の親獅子としての稽古はこれからだそうで「格のある、さまざまな意味で器の大きさが問われる役」と話す親獅子にどう取り組んでいくのでしょうか。
「自分の演目として責任を持ち、だからといって妙に大人ぶることなく自分自身も興奮してワクワクを楽しみたいと思います。眞秀さんと一緒にのめり込んで、ふたりの連獅子をつくりあげたいですね」
稽古が一段落したかに見えたところで、おもむろに右近さんはジャンプについて補足アドバイスを始めました。それは基礎を踏まえた上でのワンステップ上の見せ方のコツ。眞秀さんがそれを教えるに至るレベルに達したという判断あってのことでしょう。取材会で「右近さんにくらいついていきたい」と話していた眞秀さん、まさにそれを実行しているようです。
ピンと張りつめた中にもどこか親密な空気が漂い、ふたりの心が通じ合っているのが実感できます。こうした時間を積み重ねた先にどんな『連獅子』が舞台に結実するのでしょうか。
「研の會」で最初に上演される『摂州合邦辻』で演じる玉手御前は、冒頭にも記した通り義理の息子に恋をする女性です。そこにはお家騒動を背景とする武士社会特有の複雑な事情が絡んでいます。玉手御前という女性についてよく語られるのが〝その恋は果たして本心だったのか〟というテーマなのですが、「どういう気持ちで演じるかはなるべく言いたくないお役です」と、右近さん。
「日常でもあの時の言葉はどういう意味だったんだろうとか、なぜああいう行動をしたんだろう?とか、後になって思うことがありますが、玉手御前はどの一面を切り取っても本当の心がある女性なのだと思います。重点を置きたいのは純粋な心。泥水の上に美しい花を咲かせてやがて散っていく、蓮の花のようなイメージで演じたいと思います」(右近さん)
立役としても女方としても躍進を続ける右近さん、その多彩な魅力がいっぱい味わえる公演となりそうです。
文=清水まり
写真=榎本麻美(稽古場)
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