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記憶を失っても、感情は残り続ける。脳科学者・恩蔵絢子が認知症の母から 教えてもらった“自分らしさ”とは

CREA WEB / 2024年8月24日 17時0分

『脳科学者の母が、認知症になる』(河出文庫)、『ドーパミン中毒』(翻訳、新潮新書)などの著書で知られる脳科学者・恩蔵絢子さんが、映画監督・信友直子さんとの対談本『認知症介護のリアル』を刊行。認知症の母を近くで見つめてきたという共通点を持つ二人はどのような対話を交わしたのでしょう? また、恩蔵さんが自身の経験と研究を通して考える“その人らしさ”とは?

『ぼけますから』の信友さんとの出会い


恩蔵絢子さん。

――対談相手の信友直子さんとは本書をきっかけに初めてお会いになったということですが、お話しされていかがでしたか?

 信友さんが撮られた映画(『ぼけますから、よろしくお願いします。』)は拝見していたのですが、お会いしたことはなくて。ただ、講演先などで「信友さんっていう方がいるんだけど、知ってる?」と声をかけられることが何度かあったんです。なので、「そういう方がいるんだな」と意識はしていました。今回、やっとお目にかかれましたね。

――「信友さんはとても率直な方だった」と「あとがき」で感想をお書きになっていました。確かに信友さんは「そこまで正直にさらけ出してしまうのですか?」ということまでおっしゃるのですが、恩蔵さんもかなり正直にご自身の気持ちをお話しされている印象を受けました。お母様を介護していたときを振り返って、「ストレスが限界に達して扇風機を投げた」とか、「全然家に帰りたくなくて遊びまくっていた時期がある」とか。

 本当に率直に話してしまったのですが、大丈夫でしたか?(笑)

 でも、他人からすると偏見や囚われだと思われてしまうようなことも、あえて科学者の自分が言うことによって、同じような経験をされている方の励みになるんじゃないかと思ったんです。対談ではバランスをとって科学者の役を引き受けるところもありつつ、でも信友さんの率直さに影響されて「自分もこれぐらい言ってもいいんだ」と(笑)。

“その人らしさ”とは何か?


恩蔵絢子さん。

――映画監督、脳科学者という肩書きを取り払った奥にある人間の姿が見えてすごく面白かったです。本書は認知症介護がテーマですが、単なる介護体験記ではなく、「認知症になると、“その人”ではなくなってしまうのか?」「“その人らしさ”や“人格”とは一体何か?」という実存に関わる大きな問いについて考えさせられる本です。

 人格というものは、科学的にはだいたい5つの要素(神経症的傾向、開放性、誠実性、外向性、協調性)でよく説明されます。好奇心がどれだけ強いか、誠実性がどれだけあるか、そういったことで人格を定義します。

 けれども、私は生まれてから43年間母と一緒に暮らしてきて、この5つの指標だけで母のことを説明できるのだろうか、とやっぱりすごく疑問だったんです。

 母のことを考えたときに一番に思い出すのは、笑顔や、音楽が好きだったこと。でも、そういったものはその5つの指標には表すことができない。その人しか持っていないものはこぼれ落ちちゃうんです。本当はそちらの方に個性があるはずなのに。

言葉では簡単に言いがたいところに自分自身がある


恩蔵絢子さん。

――そのように考えるようになったのも、お母様との思い出がきっかけなんですよね。 

 思春期の頃に、すごく悩んでいた時期があったんです。人からどういう風に見られるかをすごく意識していて、「こんなことを言ったら馬鹿だと思われるんじゃないか」と思って、苦しくなって。偏差値という一つの指標で自分の価値を測られることも苦痛で、学校に行けなくなってしまって……。

 その時に母が「どういう能力であれ、あんたはあんた」って受け入れてくれて、その瞬間にいろいろなことが大丈夫になったんです。数学が得意な人間が私、ではなく、こういう曖昧な笑顔を浮かべるのが私。言葉では簡単に言いがたいところに自分自身というものがある。

 そして、認知症になったとしてもその部分は最後まで失われないんです。そう考えたら、認知症という病気も少しは怖くなくなるのかなと。

――認知症になってからのお母様とのエピソードの中にも、そのことを強く感じる場面がありました。


恩蔵絢子さん。

 今回の本では、母が亡くなった時のこともお話ししました。

 亡くなる前日、母は私から目を離しませんでした。「あなたに興味がある」っていうことを最後まで示してくれていました。認知症になっていろいろなことを忘れてしまっても、娘の私に対する思いや感情はずっと残っていたんです。それは私と母とを繋ぐ一番大事なものだったので、そこが残っていたならもう大丈夫だと思えました。

――認知症になっても「感情」は残り続けるんですね。そのような言葉にならない“その人らしさ”や大切な人と共有している何かを見つけるためには、家族など近くにいる人が細かく想像力を働かせながら見てあげる必要があります。

 そうですね。それは認知症の人や老年期の人に限らず、誰にとっても大切なことです。

 父も、母を亡くしてから元気がなくなっちゃったんですけど、父が興味を持ちそうなことを私が考えてちょっとずついろいろ勧めていたら、ピアノを始めたんです。音楽が好きだった母の影響もあると思うんですけど、すごく生き生きしてきたんですよね。

世界とつながる「安全基地」の作り方


恩蔵絢子さん。

――認知症の人に限らず、“その人らしさ”を大切にしながら新しいことに好奇心を持って取り組むためには、失敗したときも安心して戻ることができる「安全基地」があることが重要だと本書の中には書かれています。その「安全基地」はどうしたら作れるのでしょうか。

 もちろん支えてくれる家族など、人間関係があるのが望ましいですが、なんでもいいんです。「自分はこれだけ頑張ってきた」といった記憶も安全基地になります。最も極端な例では、「自分には欠点があるけど、それでもいい」って決めてしまうこと。「失敗してもしょうがないよね」と思いながら動けると、そのことが安全基地になります。

――あとは、とにかく「孤独にならない」ことも重要だと。

 例えば、自閉症の人の中にはある景色を一回見ただけで絵に描くことができる方がいるんです。そうやって描いた絵を見た周りの人が「すごい!」って言うことで、言葉じゃない形でもコミュニケーションの手段になるわけです。

 直接誰かと言葉を交わさなくても、例えばピアノを弾いていたら「私はピアノを弾くのが好きな人間です」と表明していることになります。「自分はこういう人間である」と、言葉以外の方法で表現することも有効です。


恩蔵絢子さん。

 父も、ピアノを習うために歩いて行くことがきっかけで普段行かないコンビニに行くようになり、そこで結果的に人との繋がりができている。それがすごくいいなと思いますね。 新しい繋がりができれば、自分の生きる場所ができるということだから。

「ピアノを弾くからにはピアニストにならなければいけない」とか、「この曲が弾けなければいけない」というようにハードルを上げてしまうと、何にも手出しできなくなってしまう。どうにもならなくてもいいから好きなことをやって、まずは自分を表明するのが、誰にとってもその人らしくいるためにすごく大事なことなんじゃないかなと思います。

恩蔵絢子(おんぞう・あやこ)

1979年神奈川県生まれ。脳科学者。東京工業大学大学院後期博士課程修了(学術博士)。東京大学大学院総合文化研究科特任研究員。金城学院大学、早稲田大学、日本女子大学非常勤講師。専門は人間の感情のメカニズムと自意識。著書に『脳科学者の母が、認知症になる』、訳書にジョナサン・コール著『顔の科学』、茂木健一郎著『IKIGAI』など。

文=ライフスタイル出版部
撮影=佐藤 亘

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