吉田修一原作『愛に乱暴』で桃子役を熱演。江口のりこ「みんなで話し合い作った作品。とにかく観てほしい」
CREA WEB / 2024年8月29日 7時0分
2024年夏までの出演映画は『ブルーピリオド』『お母さんが一緒』などすでに5本、さらにドラマや舞台など幅広く活躍している俳優・江口のりこさん。8月30日(金)に公開される『愛に乱暴』では、主人公の桃子役として、夫や姑との関係や次第にすれ違う理想と現実の中で心が揺らいでいく女性を演じている。
本作の森ガキ監督は江口さんについて、「桃子はユーモラスな演技と真面目な演技、両方できる人がいいと思いました。しかも江口さんはヨーロッパ的な香りがする。手脚が長いので、フィルムに写したときに、世界に通用すると確信させる魅力がある」と賞賛。じわじわと追い詰められていくかのような主人公の心情をどのように表現したのか。混迷してゆく大人の女性の心理を生々しく映すこの映画にどのように向き合ったのか、江口さんに話を聞いた。
原作も脚本も面白くて「これはやりたい」と思った
――映画『愛に乱暴』では、喪失や悲しみ、大人の女性の居場所といった内容に強く染みるものがありました。この映画の出演オファーが来たとき、どのように感じられましたか?
監督が森ガキさんと聞いたとき、以前にドラマとCMでご一緒したことがありましたので、またご一緒できるのが嬉しかったです。それに吉田修一さんの原作小説を読んだ時、「めちゃくちゃ面白いな」と。脚本も魅力的だったので、これはやりたいなと思いました。
――江口さんの演じる主人公・初瀬桃子は、結婚8年になる主婦。結婚を機に会社を退職し、カルチャーセンターの講師を細々としています。郊外にある義母の暮らす家の敷地内にある離れで夫と2人暮らし、子どもはいません。桃子という人物についてどのように感じましたか?
桃子は同年代の女性なら誰でも共感できる人物だと思います。原作には映画以上に桃子が関わる登場人物が多く登場し、面白いキャラクターの女性たちもいろいろいて、桃子という人間像もより深掘りされていましたし、全体としてとても興味深い作品だと思いました。
――役作りはどのようにされたのでしょうか。森ガキ監督は撮影前に下準備しつつ、現場で仕上げていく感じだったとお話されていますね。
やっぱり現場に入ってやってみないとわからないんですよね。役作りについては、いつも現場で出来上がっていきます。監督とは撮影の中盤以降からよくお話をしていましたね。
――現場ではアイデアを提案されることも多かったと伺っています。それは普段からそうなのでしょうか。
それほどはないです。今回は撮影現場で、「どうする?」「この人はどこへ行くのか?」という話が自然に出てきました。自分からこうしたい、ああしたい、というのではなく、迷った時にみんなで話をしていました。
――撮影現場でのさまざまな対話により、作品が練り上げられていったのですね。
そうなんです。原作を映画の脚本に落とし込んでいくなかで、登場人物もエピソードもだいぶそぎ落とされてシンプルになっています。その中で彼女をどう見せていくかがとても難しくて。桃子という人物を撮影現場で演じていく中で、自然と桃子の人間像についてキャストやスタッフみんなで話し合うようになっていきました。
映画ならではの表現を話し合い、物語の深みが増した
――監督と話した中で印象に残っているシーンがあれば教えてください。
ラストシーンですね。原作にあるエピソードが映画では省かれている部分もたくさんありますし、原作にはなくても映画で作っているものもありますから、映画は原作とは別物なんですよね。だから映画ならではの表現をラストシーンでしたほうがいいのではと話し合いました。最終的な桃子の決断について、可能性は提示されても、実際には決断の結果を見せなくてもいいのかなと私は思いました。
――映画では結末が明示されない形になっていますね。
音楽を手がけた岩代太郎さんのアイデアで足音が聞こえるシーンが追加されたことも含めて、どのようにでも取れる終わり方なんだなと。
――それは映画を観る人にとっても、何をどうするかは自身で自由に選択できる、というイメージにつながるかもしれないですね。
そうですね。
――役作りや演技について、桃子の夫・真守役の小泉孝太郎さんや真守の母・照子役の風吹ジュンさんとはどのような話をされたのでしょうか。
小泉さんとはたわいない話をよくしていました。風吹さんは映画のことを深く考えてくださって、そのアイデアで脚本にないシーンが追加されています。桃子が床下に入り、あるものを拾い上げるシーンです。そのシーンが入ることで印象がぜんぜん変わりましたし、映画全体の深みが大きく増しました。
――共演者の方々とのエピソードがもしありましたら教えてください。
小泉さんや風吹さんとはたくさん話をしました。作品についてどうしていこうか、というお話もすごく充実していましたし、仕事をしていない時、普段の日々の過ごし方について聞かせてもらったのも楽しかったですね。
監督の思いが映画全体に反映されていることが嬉しい
――桃子というキャラクターに共感する面はありましたか?
共感か~、いつもそれ聞かれるんですよね。どうして聞くのかな、と思ったりします。
――共感について映画の取材でお聞きするのは、役作りのアプローチのヒントとして、役に対する役者さんの個人的な視点、演じる役がご自身の価値観や経験と重なる面があるか、共感が演技に影響しているか、映画の観客や記事の読み手と通じる面があるかどうか、といった理由でしょうか。
役を演じる上で共感は必要です。ただ、ある程度の距離を保っていないと芝居ができないから……難しいな。私とはぜんぜん違う人ですけれど、演じている最中は理解しようと努めています。
――完成した映画をご自身で観た時は、どのように感じましたか?
監督の存在を強く感じました。ここをこういう風に見ていたのか、という監督の視線や思いが映画全体に反映されていることがよくわかって、それが私にとってとても嬉しいことでした。
――ご自身の好きなシーンや注目してほしいシーンはありますか?
特にないですね。どの映画でも、特別なシーンというのはありません。自分が出演している映画って、そんな冷静に見られるものじゃないですからね。
――今後やってみたいことはありますか?
なにかなあ。趣味がないので、やりたいことも特にないんです。……温泉いいですね。温泉に行きたいです。
――最後に、これから映画を観る読者にメッセージをお願いします。
とにかく観てください。私からはそれだけです。とにかく観てほしいですね。
江口のりこ(えぐち・のりこ)
1980年4月28日生まれ、兵庫県出身。00年に劇団「東京乾電池」に入団、02年に『金融破滅ニッポン 桃源郷の人々』で映画デビュー。20年の映画『事故物件 恐い間取り』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。近年は19年の『愛がなんだ』、22年の『ツユクサ』『川っぺりムコリッタ』、23年の『BAD LANDS バッド・ランズ』、24年は主演作『あまろっく』、そして『お母さんが一緒』『もしも徳川家康が総理大臣になったら』『プルーピリオド』など。 TVドラマは「時効警察」シリーズ、「半沢直樹」など出演多数。
文=あつた美希
写真=山元茂樹
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