嘘、浮気、暴力…河合優実の怪演 倫理的に最悪なのに「これこそ正しい 女性の生き方だ」と思ってしまう理由
CREA WEB / 2024年8月31日 11時0分
日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、毎月公開される新作映画を通じて、さまざまに変化していく、わたしたちの「生き方」を見つめていきます。
今回は9月6日公開の映画『ナミビアの砂漠』から、「正しくなく生きる」ことについて。
あらすじ
美容脱毛サロンで働く21歳のカナ(河合優実)は、優しい彼氏のホンダ(寛一郎)と同棲しているが、一方で、最近知り合ったハヤシ(金子大地)との仲が深まりつつある。やがてカナはホンダと別れ、ハヤシとの生活を開始。だがふたりの生活は徐々にすれ違い、カナの心は次第に安定を失っていく。2017年に初監督作『あみこ』で大きな話題を呼んだ山中瑶子監督最新作。カンヌ国際映画祭国際映画批評家連盟賞受賞。
一緒にいると苦労するタイプの女
彼女は、長い手足をぶらぶら振り回し、少し猫背気味で歩く。足をずるずると引きずり、かと思えば、唐突に飛び跳ねる。その姿を目にした瞬間、これは最高の映画だと思った。人からどう見られるかとか、手足が他人にぶつかるかもなんて、気にもしない。画面のなかで、これほど自由に、自分勝手に歩く若い女の姿を初めて見た気がする。
山中瑶子監督の最新作『ナミビアの砂漠』で河合優実が演じるカナという女性は、その歩き方が示すとおり、だらしがなく気まぐれだ。同棲中の恋人がいながら別の男とも同時につきあっていて、酔っ払って夜遅くに帰ると、家のトイレで吐きまくったあと、化粧を落とさず、服も着替えず、ベッドにばたりと倒れ込む。朝起きれば冷蔵庫にあるハムにそのままかぶりつく。
そんな彼女を甲斐甲斐しく世話するのは、彼氏のホンダ。実はカナが浮気相手のハヤシと会ってきた後だとは気づかずに、トイレにかがみ込んだ彼女の髪を持ってあげ、ていねいに服まで脱がせてあげる。
カナの喋り方がまた最高だ。男相手に「あんた」とか「おまえ」と呼び、馬鹿にされれば即座にくってかかる。平気な顔で嘘をつき、泣いている相手を見ても「変な人」とつぶやくだけ。ささいなことで怒り、思ったことはすぐに言葉にする。感情のままに動く彼女は、どう見ても、一緒にいるのに苦労するタイプだと思う。
“正しい女性の生き方”とは何か?
でも私には、彼女がひどい人間だとはまったく思えなかった。自分がやりたいこと、言いたいことを我慢せず、のびのびと街を闊歩する彼女を見ていると、これこそ正しい女性の生き方だ、と思え、どうしようもなく惹かれてしまった。こんなふうに、人の倫理観をぐらぐらと揺さぶり、世界の見方を根底から変えてしまうのが、映画のおもしろさであり怖さでもある。
彼女の周囲には、いつも騒々しく醜悪な音であふれている。友人とカフェに入れば、明らかに猥談めいた話を大声でする男たちがいる。ホストクラブでは嬌声に囲まれる。外へ出れば、男から執拗に声をかけられ、断った途端にひどい罵声を浴びせられる。仕事場の脱毛サロンでは、安売りのチラシに書かれたような空虚な言葉が、日々吐き出されている。
街にあふれる、悪意と暴力。熱に浮かされるように、カナは徐々に自分の感情をコントロールできなくなっていく。その鬱憤をぶつけられるのは、新しく一緒に暮らし始めたハヤシ。取っ組み合い、暴れ回り、仲直りしてはまた取っ組み合う二人の生活は、どう見てもこう着状態に陥っている。それでも家をもたないカナはここを出ていくことができない。別れたはずのホンダが再び彼女の前に現れても、カナは彼を傷つけ、追い払う。
彼女をそんなふうに追い詰めたのは、ある意味では男たちともいえる。彼らは一見常識的で優しい人たちだが、気付かぬうちに女を見くびっている。セックスワーカーを見下し、妊娠や中絶という出来事が女性の身体をどう傷つけるのかに気づきもしない。ホンダやハヤシをはじめ、男性たちが抱え持つ、致命的な鈍感さや無意識の差別意識が、カナを怒りに駆り立てるのだ。
カナは最低? 厄介? こんな女がもっと映画に出てきてほしい
嘘をつき、浮気をし、あげくのはてに暴力という手段に出るカナの生き方は、倫理的に絶対に正しくない。けれど、これほど悪意に満ち、騒々しい日常のなかで、人はどう正気を保てるというのか。この映画が映し出すのは、ひとりの女性が少しずつ壊れていく様であると同時に、私たちが生きる世界の歪み、そのものだ。
この映画を見る人たちは、カナという女性をどう見るだろう。最低なやつだと反発を感じるだろうか。むかつくやつだと怒りを抱くだろうか。たしかに彼女は厄介で、手に追えない、どう捉えていいか困ってしまう人ではある。でも、女性の作り手による、女性の姿を写した映画が徐々に増えてきた今、男たちと同じくらい、いやそれ以上に多様な女たちの姿がもっともっとあっていいはずだ。
清く正しく美しく、私たちをエンパワメントしてくれる女たちとは違う、全然正しくなくて、ずるくて、厄介な女。そんな人たちが画面を埋め尽くすようになってほしい。少なくとも私は、この映画を見終わったあと、手足をぶらぶら振り回し、みっともなく、街を闊歩してみたくなった。
文=月永理絵
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