90歳の草笛光子が語る“グレーヘア”の楽しみ方「白い髪には口紅が映えるし、洋服選びも楽しくなりました」
CREA WEB / 2024年9月20日 6時0分
90歳を迎えても主演映画『九十歳。何がめでたい』が公開されるなど、女優として活躍する草笛光子さん。とっておきの健康法や自然体の着こなし術、スターたちとの交遊録、女優人生70年の歩み、老い行く日々に思うことを綴った『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』より「気ままな髪の毛」をご紹介します。(全3回の1回目/)
「素敵なグレーヘアですね」
「素敵なグレーヘアですね」って、よく褒めていただきます。「お手入れは、どうされてるんですか」と訊かれることもありますけれど、実は何もしていないんですよ。
若い頃は毛の量が多くて漆黒でしたから、こうなるとは予想しませんでした。私の髪は、一本一本が太くてしっかりしています。自分の髪で怪我したことがあるほどです。ずいぶん前のことですが、「あ、痛い」と思って額を見ると、ポチッと血が出ていたの。
何だろうと思ったら、髪が一本刺さっていたのです。それくらい強くて、しっかりした毛でした。だから日本髪にはもってこいです。二十歳を過ぎたころに出ていた松竹の時代劇映画では、いつも地毛で髷(まげ)を結っていました。
年を取って細くなったことは確かですが、もともと強い毛だからと思って、身体の中でも面倒を見てあげていないのが髪なのです。顔は石鹸で良く洗い、お化粧をきれいに落として寝るとか、多少は気を使います。でも髪は、シャンプーで洗って乾かすだけ。自分でもこの白髪が気に入っているのに、ごめんなさいね、ってくらい。
私は二十代の頃から、白髪に憧れていました。父が真っ白だったせいかもしれませんが、街で白髪混じりの女の人を見かけると、なんだか素敵だなと感じていたのです。でも、女優としては役が限られてしまうのではないか、私のキャラクターに合わないのではないか、という気がして、白くなり始めてからしばらくは染めていました。
それをやめたのは、平成十四年に出演した『W;t』(ウィット)というお芝居がきっかけです。私は、末期の卵巣がんを宣告された、孤独な大学教授を演じました。実験的な化学療法の副作用で髪が抜けてしまったという設定なので、自分の髪を全部剃りました。舞台の上で、ガウンを脱いで裸にもなりました。
そんなことにこだわっていたら、自ら強い薬を飲んで「私はモルモット」と言いながら堂々と死んでいく女性は、演じられません。一、二ミリ伸びてくるたびツルツルに剃り上げていたのです。
白い髪には口紅が映えるし、洋服選びも楽しくなりました。
その舞台が終わったあと、NHKの『ためしてガッテン』に出演することになりました。森光子さん、八千草薫さんと交代で出るのですが、私の頭はまだベリーベリーショートで、しかも白髪。観てくださる方をびっくりさせてもいけないと思ったので、
「カツラをかぶりましょうか」
と相談してみたら、スタイリストさんが、
「ダメ。そのまま出てください」
「エッ、白髪の坊主頭で?」
「いいんです。おしゃれで素敵だから」
「あらそう、それならこのままで」
と、あっさり決めました。NHKには視聴者から、「草笛さんの白髪、どういう心境の変化ですか」とお手紙が来たらしいです。実は以前から、染めるのをいつやめようかしらと考えていたので、ちょっと踏ん切りをつけただけでした。
それを機に、黒く染めるのはやめました。六十九歳のときです。すると気持ちが解放されて、とっても楽になりました。もう、ウソも隠し事もない自分です。「素のままでいいんだわ」と気づいたら、「何でも来い!」って心境ですよ。
白い髪には口紅が映えるし、洋服選びも楽しくなりました。何色の服でも合うし、特に明るい色が似合うのです。黒と茶色の組み合わせが好きだった私が、鮮やかなブルーやピンクを着るようになりました。白い髪は女性を華やかに見せるし、気持ちまで晴れやかにします。
自然体が一番
以前は、白髪が目立つ年になると染める女性が多くて、「どうしてみなさん、染めちゃうのかしら」と残念に思っていたのですが、最近はグレーヘアの魅力が注目されるようになってきました。自然体が一番なんでしょうね。
というわけでずっと真っ白だった私の髪ですが、なぜかこの数年、黒い毛が生えてきました。私は何事もいいほうへ取る性格ですから、「黒いのが出てきちゃって、やあね」ではなく、「黒いのが出てきたら、上手に使えばいいんだわ」と考えています。
白いところに黒が混ざると、濃淡やグラデーションを出せます。ウェーブをつけたら、髪の毛が流れている筋を見せられます。真っ白なだけだと、ぼやけて毛筋は見えませんよね。綿菓子をかぶっているみたいですから。なので「あ、神様がくださったんだ」と思っているのです。
でも、なぜこの年になって、黒い髪が生えてきたのか。トーク番組でカメラに向かって、「どうして黒くなるのか、どなたか教えてください」とお尋ねしてみたのですが、回答はありませんでした。
確実なのは、髪を染める薬品を使わなくなったおかげで、頭皮が健康になったことでしょう。あとは、ずっと前からの習慣で、アミノ酸を飲んでいるせいかしら。髪の主成分は、アミノ酸だそうですからね。夏などは水分不足が怖いので、夜はお湯に粉末をひとさじ溶いて、枕元へ置いて寝ます。トイレで目が覚めたとき、少しずつ飲むようにしているのです。
白髪は、私を自由にしてくれました。だけどいい気なものでね、髪の毛だって自由になりたいんです。私に聞いてからにすればいいのに、知らん顔して生えてきますからね。でも面倒を見ていないから、白くなったり黒くなったりしても文句が言えません。「もう勝手にしなさい、頭の上で」って感じなのです。
若返っていると言われればそうなのかもしれませんけれど、上手くいかないものですね、自分の髪なのに。
文=草笛光子
写真=文藝春秋
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