草笛光子が『赤い衝撃』で感じた17歳の山口百恵の“見事さ”「二人は恋をしているなって…」
CREA WEB / 2024年9月20日 6時0分
90歳を迎えても主演映画『九十歳。何がめでたい』が公開されるなど、女優として活躍する草笛光子さん。とっておきの健康法や自然体の着こなし術、スターたちとの交遊録、女優人生70年の歩み、老い行く日々に思うことを綴った『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』より「しっかりした娘」をご紹介します。(全3回の3回目/)
山口百恵さんとの初顔合わせ
テレビドラマ「赤いシリーズ」の第四作『赤い衝撃』(昭和五十一年~五十二年)で、私は山口百恵さんの母親を演じました。十四歳でデビューした百恵さんは、あのとき十七歳。歌はもちろん、映画やドラマにも引っ張りだこになっていました。
制作の大映テレビに行って、百恵さんと初顔合わせをしました。ほんの少しお話をしただけで、「若いけれど、実にしっかりしてる。これは見事な女だな」と感じました。十七歳の頃の私どころか、四十代前半だった当時の私よりも落ち着いていたのです。
プロデューサーは野添和子さん。女優の野添ひとみさんの双子のお姉さんです。顔合わせを終えて、私は野添さんに言いました。
「百恵さんと私に親子をやらせるなら、向こうをお母さんらしくして、私を娘の性格にしてくれます? 会って話してみたら、私のほうがずっと子どもみたいだから、よく出来た娘と、未熟で欠点だらけの母親でやらせてください」
親娘という設定だけで、台本の細かい部分はまだ決まっていなかったのです。
「なるほど、そういう手がありますね。作家に提案してみましょう」
と、野添さんは賛成してくれました。そして私は世間に疎(うと)い元芸者で、娘の面倒は見るけれど、どこか抜けている母親になりました。娘はしっかり者で、「お母さん、駄目じゃない」と言い、「あら、そうかい」と答える間柄です。
百恵さんが見事な女だという思いは、撮影が始まってから一層強くなりました。朝三時からロケに出発した日でも、夕方五時くらいになると「はい、そこまで」と言われて、百恵さんは歌の仕事に行ってしまいます。そのあとは、同じ服を着た代役の方がスタンバイしていて、顔が映らないシーンを撮影するのです。こちらもやりにくいですけど、時間に追われてあっちこっち連れて行かれる百恵さんも、かわいそうでした。それでも耐えていたのが、いじらしく思えました。
売れっ子だという自分の立場に溺れることもない
「お芝居のほかに歌もあって、忙しくて大変でしょう」と訊くと、「マイクの前に立って、一人になる瞬間が好きなの」と言っていました。決して弱音は吐かないし、売れっ子だという自分の立場に溺れることもないので、舌を巻きました。
私など、お父さん役の中条静夫さんに「今日のお弁当は美味しくなさそうだから、どこか外へ食べに行こう」なんて言ってしまいます。でも百恵さんは行かないし、文句も言わず、用意されたお弁当を食べていました。自分がきちんとしていないと足をすくわれることが、あの歳でわかっていたんですね。
ある日は「お母さん、『紅白歌合戦』の振り付けを習ってきたから、ちょっと見てくれる?」と言って、狭いお化粧部屋で「♪一二三四、二二三四♪」と踊ってくれました。「ここんとこ、どうやったらいい?」「もう少し、足を上げたほうがいいわね」「こうかしら?」なんてやっているときは、本当に可愛かった。
百恵さんの役は、陸上選手として活躍していたのに、新米刑事の撃った銃弾が間違って当たり、車椅子生活になってしまった娘という設定でした。次第に惹かれ合っていくその刑事が、三浦友和君。間でおろおろするのが私です。
「はい、掴まって。よっこいしょ」なんて言いながら、私が百恵さんを抱き上げてベッドに寝かせたり、着替えをさせてあげたりするシーンがありました。吹雪の中、浅間山の頂上近くへロケにも行きました。友和君と「すごい雪の中に来ちゃったね」と言いながら、私は着物を着て長靴を履いて、百恵さんの車椅子を押して撮影したのです。
「赤いシリーズ」は何作も続いて、いろいろな女優さんがお母さん役を演じました。
「草笛さんは、本当にお母さんらしいお母さんでした」
と百恵さんがポツンと言ってくれたのは、そんなふうにスキンシップの多い役柄だったせいで、特別な情が湧いたのかもしれませんね。
二人は恋をしているなって
撮影を終えたあとに、「あなたの曲をたくさん聴きたいわ」と言ったら、レコードからお気に入りの曲を録音したカセットテープを自分で作って、「はい、お母さん」と渡してくれました。疲れて眠いでしょうに、一晩で持って来てくれたのが嬉しかった。そういう打てば響くところも、実に見事でした。
まだ友和君との交際を宣言する前でしたが、二人は恋をしているなって、薄々気付いていました。沖縄ロケなども一緒に行きましたから、愛情の交換があることをなんとなく感じたのです。あとで聞くと、会えない日は仕事が終わると一人で喫茶店へ行って、友和君に電話をかけるのが、唯一の楽しみだったそうです。
最後の日本武道館のコンサートも観に行きました。引き際が、また立派でしたよね。自分の人生にピシッとけじめをつけて、潔くスパッと辞めたら決して姿を見せません。「どうしてる? 元気?」とたまには電話でもかけたいところですが、そんな百恵さんの心意気がわかるから、こちらも我慢。
友和君と仕事で一緒になったとき、こっそり「百恵ちゃん元気?」と訊くと、「元気です」「ああ、そう。よろしく言ってね」「はい、伝えておきます」。それくらいです。
会いたいなぁ。どんなお母さんになったかしら。と思っていたら、次男の三浦貴大さんと、三年前に『ばぁちゃんロード』という映画で共演しました。「うわー、まだ二十歳前だったあの娘に、もう三十を超えた息子がいるのか」とびっくりしましたけど、二十一歳で引退したのは昭和五十五年ですから、当然ですね。
私の娘を演じた百恵さんは、若いときから出来た女。あれから何年たっても、しっかりしない私……。
文=草笛光子
写真=文藝春秋
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