【33年ぶり新作】挿絵画家永井郁子が故・寺村輝夫の想いを継いで『わかったさんのスイートポテト』を描くまで
CREA WEB / 2024年9月13日 17時0分
1987年に出版されてから小学生を中心に読み継がれている名作「わかったさんのおかし」シリーズ(寺村輝夫・作/永井郁子・絵/あかね書房)。2024年9月には、最終巻から33年ぶりに新作『わかったさんのスイートポテト』(寺村輝夫・原案/永井郁子・作絵/あかね書房)が出版されました。
わかったさんの挿絵を手がけてきた絵本作家の永井郁子さんに、新シリーズ出発のきっかけを伺いました。
スピンオフ作品で、寺村輝夫の世界を読者に伝え続けたい
――『わかったさんのスイートポテト』を出版することになった経緯をお聞かせください。
永井 わかったさんのグッズを発売したことがきっかけなんです。絵本の世界をモチーフに商品を企画・販売するEHONSさんからあかね書房にオファーがあって実現したんですけど、キーホルダーや一筆箋、アクリルスタンドといった商品が人気で、発売を機に100人くらいの規模のサイン会が企画されました。
サイン会はすぐに予約が埋まるほどの人気ぶりで、後から聞いたら「夫婦で100回くらい電話をかけて、なんとか予約が取れた」という人もいたみたい。会場では感動のあまり涙ぐんでくださる方もいて、改めてわかったさんの人気を感じました。
わかったさんは、読者にとって子どもの頃の幸せな思い出のひとつなんですね。「レシピをもとに、母と一緒にお菓子を作った」「今でも仕事が辛い時に読んで、癒されている」、ときには、「わかったさんをきっかけに、今はパティシエとして働いている」という方もいて、本当に嬉しかったんです。それで新作を作ることを考え始めました。
――しかし、わかったさんの著者で児童文学作家の寺村輝夫先生は2006年に亡くなられています。
永井 そうですね。だからまずはスピンオフ作品を作る意向を寺村先生のご家族にお話ししました。そうしたら、とても喜んでくれたんです。やっぱり、寺村先生の作品をずっと忘れないでいてほしい気持ちは同じで。
スピンオフでも新作が出れば、ついてきてくださる読者の方もいらっしゃいます。私にとって、わかったさんは自分の人生と共にあった作品ですし、女神のような存在。挿絵画家としてこれだけたくさんの方に読んでいただける作品に出会えることは、めったにありませんから。
最初の発想はわかったさんの「赤ちゃん絵本」
――それで新作を書く決意をしたんですね。
永井 わかったさんは、いずれ40周年を迎えます。そうすると、読者はもう2代目。もしかすると、最初の読者の孫世代が読むものになるかもしれません。それで最初は、赤ちゃん絵本を企画しました。
――赤ちゃん絵本はどのような内容だったんですか?
永井 わかったさんは、クリーニング店で働く若い女性で身長が高いのですが、赤ちゃん絵本では線を太くして、小学校高学年から中学生くらいのキャラクターにしたんです。メニューは、離乳食としても親しみやすいふかし芋。文章も少なくシンプルにしました。
けれど、あかね書房へ持っていったら、「わかったさんはお話の面白さが大切で、絵がかわいいだけでは難しい。寺村先生のファンが見ても納得できる作品じゃないと」と言われたんです。それで悩んでいたら、編集担当者が「もうすこしだけ長いテキストに挑戦してみませんか?」と提案してくれました。寺村先⽣の書いた「わかったさんのおかし」シリーズは1冊80ページですが、いろいろ検討したうえで、新しいシリーズでは原稿の枚数を減らし、絵は全部カラーにして、64ページの本にすることになったんです。
それで、あらためて原稿を書き終えて渡したら、「寺村さんの世界を捉えながら、永井さんの世界も表現できた読み物になっている」と言ってもらえて、制作がスタートしました。
――寺村先生の作ったわかったさんの世界を、新作でも大切にしたのですね。
永井 やっぱり読者を裏切ってはいけないんですよね。わかったさんを主人公にする以上は、「全然違う」と言われたら意味がないんです。
だから寺村先生が書いた「わかったさんのおかし」シリーズを何度も読み直して、世界観を確実に守れるように資料にまとめることから始めました。「1丁目はマンションがたくさん立っている」「2丁目には公園や学校がある」といった位置関係や、句読点を打つ法則性まで。わかったさんの住む町を描いた見返しの地図も昔のものを抜粋して使用し、一部描き加えることにしました。
わかったさんの全シリーズに登場する寺村輝夫の似顔絵イラスト
――新作のお菓子をスイートポテトにした理由は何ですか?
永井 もともと赤ちゃん絵本でふかし芋を考えていたから、自然の流れで決まりましたね。これまでのわかったさんでは、クッキーやシュークリームといった王道のお菓子を作っていたので、クイニーアマンとかクレームブリュレのような現代的なお菓子に挑戦するよりは、みんなになじみのあるスイートポテトもいいかもね、となった気がします。
――『わかったさんのスイートポテト』の作中では、お髭を生やした寺村先生らしき肖像画を見つけて、リスペクトを感じました。
永井 実は、「わかったさんのおかし」シリーズの全巻に寺村先生の似顔絵を描いているんですよ。当時の編集担当者や寺村先生の奥様、お孫さん、お嫁さんも描きました。寺村先生も似顔絵に気づいていたのでしょうけど、指摘されたことはなかったですね。
――わかったさんの衣装がすごくかわいいのも印象的でした。時代に左右されないデザインですよね。
永井 『おしゃれさんの茶道はじめて物語』(永井郁子・作絵/淡交社)を描いたとき、小中学生向けのファッション雑誌を参考にして、今どきの服装を意識しましたけれど、わかったさんは流行を追いかけないことで、時代に左右されない服装になりましたね。
『わかったさんのクッキー』の服装は、当時私が着ていた服を再現したものです。ツートンカラーのリーガルの靴が流行っていたんですよ。2~3作目からは自分で考えるようになりました。『わかったさんのアップルパイ』で表紙を飾ったウエディングドレス姿も自分でデザインを考えて、表紙で白のドレスだと涼しすぎるので、少し黄色にしましたね。
絵は物語を忠実に再現することを大切に
――寺村先生と一緒に作った「わかったさん」と、一人で書き上げた「わかったさん」、違いはありましたか?
永井 絵描きとしては、まったく変わらないですね。原稿を言葉通りに再現することを大切にしています。絵を描く方がメンタル的にはしんどいかもしれません。
文章は50歳近くになってから本格的に始めたので、技術的にはまだまだひよっこ。編集者に助けていただくことが多々あります。でもやっぱりお話を考えるのはすごく楽しいですよ。
文章と挿絵の配分をどうするかは、私の場合は寺村先生から「あなたプロでしょ。自分でやりなさい」と言われたので、ずっと自分でやっています。「ここは絵が大きい方がいい」と思ったら原稿は2行ぐらいに割り付けして。そういう作業が、絵を上手に描くことより肝心だと学びました。
後から、「作と絵が別の人の作品では、原稿の割り付けは編集者がするのが一般的だ」と知ったのですが、寺村先生なりのご指導だったんでしょう。「全部任せる」なんて言われたら、「自分にとって最高のものを作らなきゃ!」って頑張りますもんね。
寺村輝夫との出会いで宇宙規模に変わった人生
――今でも励みにしている寺村先生からの言葉はありますか?
永井 ちょっと自慢話になりますけど(笑)、寺村先生に、「僕はあなたと出会ってから、年を重ねるごとに1歳ずつ若返っていくみたい。地球規模で僕の作家人生が変わったよ」と言われたことがあります。ですので私は、「寺村先生と出会ったことで、宇宙規模で人生が変わりました」とお答えしました。
――ロマンチックですね。
永井 先生はロマンチストですよ。『わかったさんのクレープ』では、シンデレラのように馬車に乗るわかったさんを描いたのですが、その絵を見た先生は、歌うように「ロマンチックゥ~!」ととても喜んでいました。そういうキュートな部分がある方でしたね。
寺村先生とは十数年お仕事をご一緒しましたけど、打合せでは毎回緊張しました。偉大な方でしたから。終わったら緊張のあまり頭痛がするくらいでしたね。「これで駄目だったら、次はお仕事をいただけないかも」という不安があって、常に「これが最後かも」という気持ちで挑み続けました。
永井郁子(ながい・いくこ)
1955年広島県⽣まれ。多摩美術⼤学で油画科を卒業後、アルバイトをしながら絵本作家を⽬指す。1986年に寺村輝夫から童話創作を学んだことを機にコンビを組み、「わかったさんのおかし」シリーズや「かいぞくポケット」シリーズ(ともにあかね書房)などの挿絵を⼿がける。著書に「おしゃれさんの茶道はじめて物語」シリーズ(淡交社)など多数。
永井郁子のホームページ http://www.nagai-ehon.com/
文=ゆきどっぐ
撮影=山元茂樹
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