「移住しただけで理想的な暮らしができるわけではない」週末北欧部chikaが実践した会社員のまま次のステージを探す方法
CREA WEB / 2024年9月18日 11時0分
新刊『フィンランドくらしのレッスン』を上梓した週末北欧部chikaさん。フィンランドでのリアルな暮らしで、自分をどのようにアップデートさせているのでしょうか。夢を実現させる生き方についてもお聞きしました。
暮らしは自分で作るもの
──フィンランドでの暮らし方や働き方で影響を受けたのはどんなことでしたか?
いちばん大きかったのは、移住したからといって理想的な暮らしができるわけではなく、暮らしは自分で作るものだということに気がつけたことです。
たとえばフィンランドでは、勤続1年後に1カ月の有給休暇を取得できる「1カ月のサマーホリデー」という制度があります。
移住する前は、「フィンランド人は休みが多くていいな」と思っていたのですが、実際に暮らしてみると、「無給でもいいから1ヵ月のホリデーがほしい」という人もいれば、休みを取りたくない人もいて、「休みが多い」ことがいいのではなく、それぞれ「自分で選択」できることが良さなんだと、はじめて気がつきました。
誰かの物差しで生きるのではなく、自分の物差しと決断で人生を作っていく。それはフィンランドでの暮らしや働き方ですごく学んだことです。
──「自分の暮らしを作る」ためには、自分の思いや考えを口に出すこともとても重要だと「率直に言い合う」の章で紹介されています。
フィンランド人は、どちらかというと無口な方が多く、国民性としても自己主張が激しいほうではありません。でも、「自分はこう思う」「自分はこう生きたい」ということは、はっきり口にする方が多い印象です。
また、フィンランドでは日本のように黙っていても状況を察して手助けしてくれるということはないので、「困ったことは自分から助けを求める」「してほしいことは口に出す」ことは意識しています。
働き始めた頃、ボスからも「困った時は言葉に出して。言ってくれないと、何に困っているかわらないから、助けられない」とアドバイスをいただきました。
できることとできないこと、やりたいこととやりたくないことの線引きも上手です。「これ以上はできない、やりたくない」ということもはっきりと主張するので、最初の頃は「ここまで言って大丈夫……?」と戸惑うこともありましたが、彼らにとってはそれが当たり前のことなんです。揉めているわけではなく、よりよい解決策を導き出すために議論しているだけだということがわかってからは、私もちゃんと「ノー」や自分の要望を伝えるようにしています。
フィンランド人らしい「スペースの尊重」
──「困っていそうだから助ける」のではなく、具体的に言われるまで黙って見守るというのは、お互いの自由を尊重するフィンランド人にとっての「スペースの尊重」なのですね。
そうなんです。フィンランド人は自分の時間や空間をすごく大事にするので、相手に踏み込みすぎず、「スペースを尊重する」のが彼らにとっての思いやりです。
移住前、旅行に来た時に、フィンランド人の友人とサンタクロース村に行ったことがあるのですが、到着した途端にその友人が「僕は疲れたから、車の中で寝ているね。chikaはサンタクロース村を楽しんで」と寝始めました。
日本だったら、「せっかく一緒に旅行に行ったのに!」と驚きますよね。でも、私にとっては、一緒に同じことを楽しむだけでなく、それぞれがやりたいことをやってもいいんだ、というのがすごくラクでした。
田舎出身で、人と違うことが理解されにくい環境に育ったことや、自分の意見を主張できない性格だったことも大きいかもしれませんが、この「少し距離感のある関係性」こそ、13年通う中でいちばん好きで、いまも性に合っている“フィンランドらしさ”です。
スペインやアメリカから来た友人の中には、この距離感を少し冷たいと感じる人もいるようですが、私自身はこのスペースの取り方を、すごく心地いいと感じています。
ただ、何度も言うように、移住してきたからといってそれですべてうまくいく、というわけではありません。ここに住んでいる以上、私自身も、自分の意見や思いを自分で口に出し、守りたいものを守るためにノーも言う。それはいま、日々の暮らしの中で心がけていることです。
──「相づちの頻度」で描かれている「相づちを打たないほうがいい」という文化の違いにも驚きました。これも、「相手の話を尊重する」というフィンランド人の考え方から来ている風習なのでしょうか。
そうだと思います。フィンランドでは、相手の話を遮らずに最後まで聞くことがマナーなので、「あまり相づちを打ちすぎると逆に話しづらい」というのは、私にとっても発見でした。
だからそれを知ってからは、相手へのリスペクトの示し方のひとつとして無言で話を聞くことは、かなり意識しています。
一方で、聞いた話に対して「自分はどう思う」という意見を言うことも大事にしています。フィンランド人は子どもの頃から、自分の主張を議論し合うことに慣れています。「これを言ったら駄目かな」「自分の意見は言わないほうが揉めずにすむかな」ではなく、「自分はこう思うけど、あなたはどう?」と相手に伝え、それを批判と受け取らずに、お互いの妥協点を探す。これは一朝一夕にはできないので、いま日々訓練しているところです。
「会社員」である自分をもったまま、次のステージを探していた
──生活習慣や文化の違いは、暮らしてみないと本当にはわからないところも多いですよね。冬の厳しさも実際暮らして実感されたそうですが、「冬暮らしの準備」では、長い冬を過ごす工夫が紹介されていて楽しそうでした。
本書でも描いた通り、ヘルシンキの1月の平均気温はマイナス5度で、日の出が9時半頃、日の入りが15時半頃です。だから街中は14時頃からイルミネーションが灯りはじめ、1年目はそんなところにも日本との違いを実感できて、毎日が新鮮で楽しかったです。
ただ、2年目以降は「ビタミンが大事だからフルーツも食べて」という周囲からのアドバイスや、「冬は太陽を浴びる時間が少ないので、家の中で人工的に光を浴びる『日光ライト』を使うといい」などの生活の工夫を、自分の生活にも取り入れるようにしています。
幸い、私はまだ「冬季うつ」といわれる季節性のうつを経験せずにいますが、フィンランドの冬を快適に過ごす工夫をしている自分を客観的に見て、「住んでいるな」という実感を強めています。
──マリメッコなどで明るい色が多いのも、フィンランドの長い冬を少しでも明るく過ごせるようにという工夫からなのでしょうか。
そうかもしれませんね。インテリアアドバイザーさんにお聞きしたら、フィンランドのデザインに鮮やかなものが多いのは、色彩が失われる時期に、せめて家の中だけでも明るくしようという生活の工夫ではないかと教えていただきました。
──chikaさんは今回室内インテリアのコンサルティングを、インテリアアドバイザーさんに依頼されていますが、フィンランドでは、これは一般的なことなのでしょうか。
わざわざコンサルティングを頼むということは、あまり一般的ではないようです。ただ、フィンランドでは、自分で家をリノベーションしたり、自分でログハウスの別荘を建てたりする方が多いので、日本でもおなじみのIKEAには、日本の倍以上のスペースの相談ブースがあります。ここで相談されている方はたくさんいらっしゃいます。
フィンランドの友人や知人に聞いてみると、親から譲り受けたものを使って、あとは自分の心地よさをそこに掛け合わせながら作る工夫をしている人も多く、DIYを楽しんでいるなという印象です。冬が長く、家で過ごす時間が多いからこそ、スペースに対する意識の高さや、貴重な夏の太陽を感じるサマーコテージというサマーホリデー用の空間を作ることに対する感度の高さが自然とできあがっているように感じています。
いつだったか、テレビ番組で、「日本の工作の授業はフィンランドから始まった」というのを見て、なるほど、と思ったこともありました。
──chikaさんのように、憧れを夢で終わらせずに実現させるためにはどうしたらいいと思われますか? 読者へのメッセージもお願いします。
新しい挑戦をする時は、どうしても尻込みしてしまうと思います。でも、挑戦をするために今の環境を諦める必要はないと私は思っています。
たとえば私は、会社を辞めずに週末だけカフェで働いたり、会社員をしながら週末にお寿司職人の学校に通ったりと、「会社員」である自分をもったまま、次のステージを探していました。
「新しいことを始めるには、今持っているものを捨てなくてはいけない」と思いがちですが、挑戦には困難が伴いますし、「やってみたけど自分には合わなかった」ということも時にはあります。
でも、「持っているものを諦めず、両立させる」という考えでとりあえず始めてみたら、意外とうまくいくこともあります。
だから私は「まずやってみる」ということをおすすめしています。
失敗も遠回りも「自分にしかない経験値」だと考えれば、経験値を掛け合わせることで、自分にしかないキャリアが生まれます。そういう考え方を持っておくと、どんな挑戦にも意味が生まれるし、面白い人生に導いてもらえるんじゃないかと思っています。
文=相澤洋美
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