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「説明を重ねるほどどこか他人事に…」映画『ぼくのお日さま』奥山大史監督が作品に残した“余白”

CREA WEB / 2024年9月20日 17時0分

 2024年9月に公開される『ぼくのお日さま』は、サン・セバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞した新鋭・奥山大史監督の商業デビュー作。吃音のある少年・タクヤと、フィギュアスケートを練習する少女・さくら、コーチで元フィギュアスケート選手の荒川が織りなすひと冬の物語です。今年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に正式出品され、8分間ものスタンディングオーベーションを受けました。

 奥山監督と、池松壮亮さん演じる荒川の同性の恋人役・五十嵐を演じた若葉竜也さんに、撮影現場の様子や映画の中で好きなシーンについて伺いました。


若葉竜也さん(左)と奥山大史監督(右)。

「自分のための映画だ」と感じる、余白の仕掛け

――今作はスケートリンク以外を北海道で撮影されていますが、登場人物は方言で話しません。どのような意図があるのでしょうか。

奥山 地域も時代設定も、特定したくなかったんです。東京じゃなさそう、北の方だろうけど、どこか海外にも見える。昔に見えるけど、現代か、はたまた遠い未来かもしれない。そんな世界観を目指したいこともあり、方言は使いませんでした。

――今作は、説明しすぎず余白から得る物語が多いのも魅力的でした。奥山監督は好きな映画にセリフがほとんどない『赤い風船』(アルベール・ラモリス監督)を挙げていますが、脚本で意識したことは何ですか?

奥山 説明を重ねれば重ねるほど、想像力を働かせるきっかけがなくなって、どこか他人事に感じられてしまう気がするんです。なので、台詞で説明しすぎずに「この人物は何も喋ってないけど、気持ちが分かる気がする」と思える部分を残したいなと。そういう余白を意図して作って観た人それぞれの自由な思考で埋めてもらうことで、「これは自分のための映画だ」と感じてもらいたいなと。

 五十嵐役を演じられた若葉さんは、まさにその余白の表現が素晴らしくて、選手時代の荒川の写真を眺める目には、「かっこいいな」だけではない感情がありました。「俺が見たことない顔してる」「こんなとこで俺といるべき人なんだろうか」などなど、観た人それぞれが感情を汲み取りたくなってしまう目をしています。僕が脚本に書ききれなかった五十嵐の思いを若葉さんがお芝居で補完してくれて、五十嵐という役の背景を加えてくださったと思っています。

若葉竜也が演じた五十嵐という役柄

――五十嵐は軽薄そうな雰囲気を持ちつつ、親の意志を継ごうとする部分もある魅力的なキャラクターですね。若葉さんにとって、五十嵐はどんな人物ですか?

若葉 五十嵐は、この映画の登場人物達とは対照的に、流ちょうに言葉を重ねられる人物像なんです。それが故に、本質的なことが伝わらない瞬間もあるんじゃないか。思ってもないことを言ってしまうんじゃないか、と考えました。

 しゃべれるから伝わる訳じゃない。しゃべれないから伝わらない訳じゃない。人間はもっと複雑な生き物だと思います。なので五十嵐はしゃべれてしまうからこその苦悩をもった人だという想像をしました。

奥山 五十嵐の髪って、光に当たると赤くなりますよね。そういうところも若葉さんが考えてくださいました。五十嵐という役と真っ直ぐ向き合ってくださったからこそ出てきた表現だなと感じました。

若葉 そうでしたね。最初は時代がわからなくなるような、すごく明るい茶髪にしようと思ったんですけれど、染めてみるとちょっと違う気がして。「こんな色はどうですか」と監督に連絡しながら、あの色に落ち着きました。


若葉竜也さん(左)と奥山大史監督(右)。

子役には台本を渡さずに演出を

――奥山監督は子役に台本を渡さずに撮影する演出方法を取っていますが、「何歳くらいから台本を渡す」という線引きはあるんですか?

奥山 年齢による区切りがあるわけではありません。そうした方がいい人と、しない方がいい人が役回り的にもいる気がしています。例えば、タクヤの友人・コウセイ役を演じた潤浩くんは、タクヤを演じた越山敬達くんより年齢が低いけど台本を渡していました。潤浩くんは台本を持っていたからこそ、越山くんのお芝居を見事に引き出してくれました。

 さくらを演じた中西希亜良さんには台本を渡さないだけでなく、なるべく説明もしないで撮影しました。例えば、中西さん演じるさくらが、コーチの荒川と、その恋人・五十嵐が乗る車を見かけるシーンがあるんですけど、そこも何も説明せずに撮影しました。

――それは本人の中で想像してほしいからですか?

奥山 それもありますし、極論になりますが、演じる本人はわからなくてもいいかなと思っているんです。例えば、その時のさくらの気持ちを説明しようとすると、「私じゃない人と一緒にいるのが嫌だ」「自分が助手席に座っていたのに」といったさくらの心の声を伝えることになるのですが、そうすると、どうしたって、その心の声を表現しようとするじゃないですか。それもまた余白を潰してしまう要素の1つになる気がするんです。

 いっそのこと、何もわからずぼーっと見つめている顔の方が、「彼女は一体何を考えているんだろう」って映画を観る人が考えるきっかけになると思うんです。

「台本から逸れても、面白いじゃないか」

――若葉さんは子どもと一緒に撮影する機会はあまりありませんでしたが、現場ではいかがでしたか?

若葉 一緒になることはほとんどなかったですね。荒川と五十嵐が車に乗っているシーンを撮影する時も、さくら演じる中西さんと「初めまして」くらいの挨拶はしましたが、待機場所が違いましたし、緊張しているムードでしたから。「僕がしゃしゃり出るのは違うかな」と思い、大人しくしていました。

――台本を持たない子とお芝居をするのって、とても難しい気がするんですけど、いかがでしょうか。

若葉 僕の場合は、逆に台本を読み込んでお母さんが教えたのかな?みたいなゴリゴリの子役芝居をやられた方が困っちゃうかもしれません(笑)。それは子役に限らず大人の役者でも居ますけど…自分の中で固まっちゃってる人というか「監督、このまま進めていいですか……?」って。現場では、そういうムードがまったくなかったし、中西さんのシーンもそこに佇んで車を眺める姿が、本当に美しくて素晴らしかったです。だから、もし自分が彼ら彼女たちと一緒に演技したとしてもやりにくいと感じることはなかっただろうと思います。

奥山 子どもが台本と違う方向に走り出したら、「戻さなきゃ」って軌道修正をはかる役者さんもいるかもしれません。でも、今回の撮影では、子どもとの共演シーンがない人も含めて「台本から逸れても、それはそれで面白い」と思える人たちが集まって下さった気がします。

若葉竜也が直感を信じて演じた五十嵐役

――そうやって撮影していくと、脚本から変わることもありそうですね。

奥山 ありますね。五十嵐と荒川のシーンは編集段階で順番を大きく入れ替えました。2人がベランダでタバコを吸うシーンは脚本段階では序盤に考えていたんですけど、編集でグッと後半に変更したんです。

――2人の仲がかなり親密だとわかるシーンですよね。

奥山 あのシーンは、本当に若葉さんの演技がすばらしくて。タバコを吸う荒川のそばで、五十嵐が「一口ちょうだい」と言うセリフを書いていたのですが、若葉さんはリハーサルの時から言わずに、ただ口を開けて待っていたんです。それに対して、池松さんも台詞を待つことなく自然な間で五十嵐の口元にタバコを持っていきました。

 その様子だけで、ぐっと2人の仲が親密に見えたんです。きっと、過去に10回以上このやりとりをしたから何も言うまでも無いんだな、と。台詞をアドリブで足していく演技はできても、台詞を削る演技ってなかなかできないので、すごいなって思いました。

――若葉さんは事前に「ここはセリフがいらないだろう」と考えて撮影に臨んだのでしょうか? それとも瞬発的に?

若葉 登場人物と対面した瞬間に何が出てくるのかを楽しんでいる部分もありますね。頭で考えて整理整頓して表現するのは、僕はあまり得意ではないし、あまりいいものにならない気もしているんです。

 先ほど監督が言った「台本から逸れていくのを楽しむ」に近いですけど、「この映画では、どこに連れて行ってくれるんだろう」みたいな。枠からはみ出していく瞬間が、何かを作る上で好きなんです。


若葉竜也さん(左)と奥山大史監督(右)。

映画でお気に入りのシーンは?

――映画『ぼくのお日さま』を観賞して、改めて印象的だったシーンはどこですか?

若葉 僕は登場しないのですが、コーチの荒川が運転する車に、タクヤとさくらが乗り込んで、湖に向かうシーンが印象的でした。あの密室空間が世界の片隅を切り取っているようで最高でした。もう全員が愛おしく見えて。中華まんをみんなで頬張るんですけど、すごく暖かそうなんですよね。それでタクヤが小さい声で「い、いただきマンモス」って言う。そうやってちょっとふざけている姿が本当に素敵でした。

奥山 その後は、凍った湖で3人がアイスダンスの練習をするんです。あのシーンは2日かけて撮影していて、越山くんや中西さんに印象的なシーンを尋ねると、その湖のシーンを挙げるんです。でも個人的には、湖の直後に撮影した、五十嵐が初登場するガソリンスタンドの撮影が忘れられません。

 クランクインからしばらくは小学校とか中学校とか、越山くんと中西さんが登場するシーンを撮り進めていました。2人には台本を渡していなかったので、そのシーンで一体何が起きるのか、全て一から現場で説明する必要があります。そこから撮れるようになるまで、テストを繰り返さなくてはならず、自分で選んだ手法とはいえ、これがなかなか大変で。

 そんな日が続いた上で、湖のシーンを撮影して、へとへとに疲れてガソリンスタンドに向かって、若葉さんが合流されて。「このシーンはですね」と癖で説明しかけたのですが、池松さんも若葉さんも台本を読み込んで全部把握してきている。「1回やってみましょうか」と説明も無くテストしてみたら、完全にシーンとして出来上がっていたんです。なんか、感動で泣きそうになってしまって(笑)。消耗しかけていた心をお2人に助けていただいた、思い出深いシーンですね。

奥山大史(おくやま・ひろし)

1996年東京生まれ。長編デビュー作『僕はイエス様が嫌い』で第66回サンセバスチャン国際映画祭最優秀新人監督賞を受賞。その後、多数のミュージックビデオで監督や撮影を務めるほか、Netflix「舞妓さんちのまかないさん」で監督・脚本・編集を担当。本作が、今年の第77回カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション部門へ日本作品として唯一選出された。

若葉竜也(わかば・りゅうや)

1989年生まれ、東京都出身。2016年、無差別殺人事件を扱った映画『葛城事件』に出演し、第8回TAMA映画賞・最優秀新進男優賞を受賞。2024年には主演を務めた映画『ペナルティループ』が公開された。このほか、『前科者』『窓辺にて』(以上2022年)、『ちひろさん』『愛にイナズマ』『市子』(以上2023年)など出演作品は多数。公開待機作に『嗤う蟲』(2025年公開予定)がある。

文=ゆきどっぐ
写真=細田忠

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