「棋士は話し上手が多い」「ファンとの 距離が近い」将棋を“推す”きっかけは 「アメトーーク!」の将棋回だった
CREA WEB / 2024年9月21日 11時0分
藤井聡太七冠のタイトル戦のニュースがちょくちょく流れる将棋の世界。ちょっと興味はあるけれど、よく分からない人も多いだろう。
マンガ家のさくらはな。さんは、プロの将棋を毎日観て、自分でも将棋を指して楽しむ大の将棋ファン。そんな経験を生かして将棋マンガ「山口恵梨子(えりりん)の女流棋士の日々」を月刊誌「本当にあった愉快な話」(竹書房)に連載中。2024年2月には3巻目となる単行本「山口恵梨子(えりりん)の女流棋士の日々将棋のお仕事出張編」を上梓した。そんな、さくらはな。さんに将棋のプロの将棋界のしくみや、面白さ、どうやって始めればいいかなどなどをインタビューした。
「運」ではなく努力で勝つ将棋はどんなゲームより面白い!
――将棋というと、まず楽しみ方が分からないという方もいると思います。将棋ファンは、どのようにして将棋を楽しんでいるのですか。
さくらはな。(以下 さくら) プロ棋士の将棋を観る方が多いです。インターネットテレビ局のABEMAには将棋専門チャンネルがあり、最も注目される対局であるタイトル戦は生放送され、対局者と別の棋士の解説もあります。また新聞社のYouTubeで注目の対局が生配信されることもあり、それも面白い。タイトル戦の他にも、毎日たくさんの対局が行われていて、将棋連盟Liveというスマホ向けアプリでは、その日の対局を何局も観ることができます。
最近は「観る将」と呼ばれる自分で将棋は指さないファンが増え、観る将にも楽しんでもらえるようにと将棋界全体が変わってきました。棋士は話が上手な人が多く、聴くのが楽しいです。
対局の映像や写真を見るだけでも楽しめて、映っている棋士の持ち物をチェックするファンも。対局中に持参の空気清浄機を横に置いている棋士が話題になったりもします。
もちろん、自分で将棋を指して楽しむファンもたくさんいます。私も観るだけではなく、将棋を指すこともします。プロは強くないといけませんが、アマチュアは弱くても将棋を楽しむことができる。今はインターネットを使った対局が盛んに行われています。アプリで同じくらいの実力の人と自動的にマッチして対戦できる「将棋ウォーズ」が人気で、私もよく指しています。棋士になるのは、子どもの頃から将棋が強かった方が多いですが、私のように大人になってから将棋を始めることもできます。
私はファイナルファンタジーのようなゲームをいろいろしてきましたけれど、将棋が一番面白いと思っています。運の要素が少なく自分で頑張るしかないところにも惹かれました。
ファンとプロ棋士の距離が近いのも魅力
――そもそも、さくらはな。さんが(以下さくらさん)将棋を始めたきっかけは何だったのでしょう。
さくら 2013年に人気トークバラエティ番組の「アメトーーク!」で将棋がテーマになり、棋士の佐藤紳哉七段が紹介されたことなんです。かつらをかぶって登場し、これから対局する相手について「豊島? 強いよね。序盤中盤終盤、スキが無いよね」などと言って笑わせた将棋ファンの間では伝説のインタビューの映像が出てきて「なんて面白い人なんだ」と棋士と将棋そのものに興味を持ちました。
さっそく、ネットで将棋のルールを調べて覚え、オンライン上でハムスターのキャラクターと対戦できるサイトや、将棋ウォーズで将棋を指してみました。将棋ウォーズは30級からスタートして同じ級や上の級の人にある程度勝っていくと級が上がります(※級は数が少ないほうが上。1級の上には初段があって、段は数が大きいほうが強い。五段より上はごく少数)。将棋の戦法をYouTubeで見て学んだり、強くなる方法を調べたり、独学で4級まで上がったのですが、どうしても3級になれませんでした。
調べるうちにプロ棋士に教えてもらえる教室があることが分かり、戸辺誠七段の教室に入会しました。習い始めたらすぐに3級に上がることができたんです。
――戸辺七段というとABEMA将棋チャンネルの解説にもよく登場する人気棋士ですね。そんな棋士が直接教えてくれる教室があるのはいいですね。
さくら そうなんです。将棋界の魅力の1つが棋士とファンの距離が近いこと。将棋盤を挟んで目の前に棋士が座って教えてくれます。もちろん生徒との実力差はすごく大きいので、「駒落ち」という方法で対局して教えてもらうことが多いです。将棋の駒は双方20枚ずつですが、先生の駒のうち10枚をしまう(使えなくする)10枚落ちから始めました。生徒が強くなってくると、しまう駒を少なくしてハンデを調整します。
藤井聡太七冠のようなタイトルホルダーの棋士の教室は無いですが、藤井七冠からタイトルを奪って話題を集めた伊藤匠叡王には教えていただいたことがあります。戸辺先生の教室にはゲスト棋士が交代で教えに来てくれ、まだ棋士になりたてだった4年くらい前に伊藤先生(※将棋ファンは棋士を先生と呼ぶことが多い)がゲストでした。教えることに慣れていなかったみたいで、手加減してくれず、生徒のほぼ全員が駒落ちでボコボコに負けてしまいました。
教室以外にも棋士の指導対局会という単発で教えてもらえる会も将棋界では頻繁に行われ、推しの棋士に教えてもらうチャンスもあります。
――将棋界にはたくさんの棋士がいて、それぞれファンがいるのでしょうか。将棋界のしくみを簡単に教えて下さい。
さくら 棋士と女流棋士は別々に戦っています(女流棋士については#2で)。棋士は全員で170人ほどいて、それぞれ全員が参加するトーナメントやリーグ戦で優勝者を決め、優勝者がタイトル保持者に挑戦するのがタイトル戦です。タイトルは8つ(竜王・名人・王位・王座・棋王・王将・棋聖・叡王)あり、挑戦者が勝てばタイトル保持者は交代。8つのタイトルは新聞社がスポンサーとなって主催するものが多く、各新聞には将棋に関する記事がいろいろ出て、それもファンの間で人気があります。各新聞社が将棋の映像配信もすることも増えてきました。8つのタイトル以外にも一般棋戦と呼ばれる対局がいろいろあります。
大逆転するところも藤井聡太七冠の凄さ
――将棋というと藤井聡太七冠の活躍がよく報道されますが、どこが凄いのでしょうか。
さくら タイトルが8つのうち7つを保持しているのでもちろん凄いのですが、対局を見てもその強さは分かります。ABEMA将棋チャンネルなどの生中継では、画面の上にどちらがリードしているかをパーセンテージで表示してくれます(対局者本人は観ることができない)。藤井七冠は、一度リードしたら順調に差を広げて滅多に逆転されない安心感があります。逆に藤井七冠の側が2%とか負けそうになったところから、大逆転がたびたびあります。自分が不利になっても、相手がミスするように指していくのがうまいというのでしょうか。そんな大逆転のときは、藤井ファンはX(旧Twitter)などのSNSで盛り上がっていて楽しいだろうなと思います。
棋士や女流棋士はXで発信する方が多く、ファンもフォローしている方が多いですね。
――ネット観戦でも十分に楽しめるのですね。実際に棋士の対局を観ることもできるのですか。
さくら 公開対局といって観客の前で対局する棋戦もあります。将棋日本シリーズという全国11か所を回ってトップ棋士が対局する棋戦の様子を漫画に描かせていただいたこともあります。
ただ、基本は静かな和室で対局者以外は記録係や一部の記者くらいしか入れないところでの対局。タイトル戦も公開対局ではなく、和室にカメラが入って中継されます。
タイトル戦は有名なホテルで行われることが多く、そのホテルのホールなどでは現地大盤解説会もあるんですよ。今年6月には千葉県木更津市のホテル三日月で開かれた棋聖戦第一局の大盤解説会に行きました。お風呂が有名なホテルで、大盤解説会と入浴券がセットになったチケットを購入。東京湾が目の前に広がる露天風呂を楽しんでから、藤井聡太棋聖(タイトル戦ではタイトルを持っている側が、そのタイトル名で呼ばれる)と挑戦者の山崎隆之八段の対局の解説を聴きました。解説は対局者と別の棋士が担当しますが、決着がついたあと、藤井棋聖と山崎八段が大盤解説のホールに来てくれました。お姿を観て声を聴くことができるんです。
プロ棋士になるのは狭き門
――藤井聡太七冠が22歳、同学年の伊藤匠叡王が21歳。将棋界には若い棋士がどんどん出て活躍しているのでしょうか。
さくら 実は棋士で現在10代なのは19歳の藤本渚五段と吉池隆真四段の2人だけなんです。藤井七冠は14歳(2カ月)という史上最年少で棋士になりましたし、伊藤叡王は17歳で棋士になりました。でも、最近は20代で棋士になる人が大半です。
――プロの棋士にはどうすればなれるのですか。
さくら 奨励会という棋士の養成機関に入って奨励会員同士で月に2回、1日に2~3局対局します。入るのには試験があり、大半が小学校高学年~中学生で受験します。アマ四段くらい(子どもの四段は全国大会で活躍できるレベル)の強い子どもが集まってきて合格するのは簡単ではありません。そもそもアマの段や級と、奨励会含めたプロの段や級は別物。アマの四段とプロの四段は比較にならない大きな差があります。
奨励会の新入会員は原則6級。そこから規定の勝ち数(いいところどりで9勝3敗といった勝ち越しの条件がある)をクリアして級を上げていきます。思うように勝てず級が上がらなくて途中で辞める会員もたくさんいます。二段までは規定の勝数をクリアすれば何人でも上がれますが、三段は違います。半年かけて行われる三段リーグに参加して、リーグの上位2人だけが棋士になります。次点(リーグ3位を2回とると棋士になれる)とか棋士編入試験とかわずかに例外はありますが、基本的に棋士になれるのは半年に2人、年に4人だけです。三段リーグには今、40人以上が参加していますから、狭き門です。
そして、奨励会には年齢制限があり、原則として26歳の誕生日を含む期間の三段リーグでプロの棋士になる四段に昇段できなければ、退会となります。
――厳しい競争を勝ち抜いた一部だけが棋士になれるのですね。
さくら そうなんです。これから棋士になるかもしれない奨励会三段を応援しているファンもいます。私も毎回、三段リーグの対戦表は時間をかけてチェックしています。
さくらはな。
マンガ家
千葉県出身。2013年5月3日に突然将棋を始める。将棋フリーペーパー「駒doc.」にて『将棋好きに成りました!』、竹書房「本当にあった愉快な話」にて『えりりんの女流棋士の日々』を連載中。著書に『将棋「初段になれるかな」大会議』(扶桑社)などがある。
X:@kusattamarimo
文=宮田聖子
撮影=松本輝一
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