「死にたいときに誰かと繋がれたら、99%の人は死なない」不安だらけの世界を生き抜く坂口恭平のアイデア
CREA WEB / 2024年9月28日 11時0分
作家、音楽家、画家、建築家、そして「いのっちの電話」の相談員など、ジャンルの垣根を飛び越えたユニークな活動で支持を集める坂口恭平さん。今年8月には初のエッセイ集『その日暮らし』を刊行。熊本の土地と大切な人々との出会い、家族との何気ないやりとり、コロナ禍にはじめた畑、壮絶な鬱との格闘……。やさしい言葉で淡々と素直に綴られた日々の中には、ともすれば不安に押し潰されかねない時代に、私たちがのびのびと生きのびるための「新たな種」が蒔かれていました。
うちの家族は「察してモード」禁止
――『その日暮らし』は西日本新聞の連載をまとめたものです。坂口さんはこれまでに50冊近く本を出していますが、こういった日常エッセイはありそうでありませんでした。
確かにそうですね。ただ、Twitter(X)ではずっと日々の出来事を記録していて、その日やったことや作った料理や家族の言葉まで全てをアーカイブしていたので、その延長的な感じで。特に何を書こうというわけでもなく言葉が出てきた感じでした。
――友達が遊びに誘いに訪れても、家族旅行に誘っても「ひとりでいたいから今日はやめとく」というマイペースな息子のゲンくんを怒るでも心配するでもなく、「ゲンは自分がどうすれば安心するのかを熟知している」と敬意を払う、坂口さん。鬱で部屋に閉じこもる坂口さんを「パパ休むのが苦手だし、鬱が来ないとしっかり休めないからね」と見守る、妻のフーさんと娘のアオちゃんと息子のゲンくん。絵に描いたような「理想の家族」とは違う。風変わりだけれど確かな信頼で繋がった家族の姿に惹き込まれます。
俺は好きなことはいくらでもできちゃうけど、自分がやりたくないことをやろうとするとしんどくなる。それこそ鬱になったら部屋から一歩も出れないから普通の親らしいことはできない。だから、俺はお前らになんで外で遊ばないんだとか指摘しないから、お前らも俺に父親らしくないって指摘すんなよって(笑)。子供たちは俺のことを親ではなく親友だと言ってるし、家族というよりチームに近いですね。
――逆に、これだけは大切にしているという家族のルールはありますか?
うちの家族は「察して禁止」なんですよ。怒ってるとかさびしいとか、思ってることは言葉でちゃんと吐露して話し合う。特に、うちらと同年代の夫婦だと会話がなくなって察してモードになってる人が多いけど、俺にすればもったいない。家族って暗黙の了解みたいなことが増えていくと「制度」になって、おもしろくなくなっちゃう。だから、何かあったら話して、ときには家族内で起こっていることを第三者に相談に行く。そういうのを超えて、俺自身ラクになったし、音楽や絵といった創作だけでなく、家族の中にこそクリエイションを持ち込むべきだと思ってますね。
「いのっちの電話」と経済の関係
――そんな坂口家には、家族のこと以外にも、さまざまな出来事が舞い込んできます。ひょんなことから管理を任されることになった空き家の庭で採れたすももを近所の人に配っていたら、マンションの大家さんから空き物件を坂口恭平美術館にしないかと持ちかけられるエピソードには、リアルわらしべ長者!と唸らされました。
こういう人間なんで普通に生活してるだけで、いろんな事件が起こっちゃう(笑)。でも、俺はこういうお金を介さない「無償の助け合い」みたいなものが、実は「経済」だと思っていて。そもそも「経済」という日本語は「経世済民(けいせいさいみん)」という中国の古典に由来していて「世を経めて、民を救う」という意味があるんです。
みんなは「経済=お金」だと思ってるけど、俺にとってはすももを配ることも経済だし、「いのっちの電話」(坂口が自身の携帯番号をネットで公開、困っている人の相談を受け付ける活動)で困ってる人を無償で助けることも、立派な経済なんです。
――「いのっちの電話」は坂口さん個人でやっていることで、365日・24時間体制で電話に出られない時は折り返す。さらには困ってる原因がお金の場合はお金を振り込む。ボランティアどころじゃないブッ飛んだ活動ですが、助けた人から思い掛けない「恩返し」があったり、「お金はめぐりめぐるので、意外と損はしないどころか儲けることもたくさんある」ことに、「経済をまわす」って本来こういうことか!と目からウロコが落ちます。
俺は別に善人でもなんでもなく、ただ、お金も愛情もどんどんまわしていった方が、生活が楽しく豊かになるからやってるだけなんだけど、今の社会はお金がすべての価値基準になってて、お金を稼がなきゃ食っていけないのにどうすんの?って、不安が原動力になってるから辛くなる。
でも、俺の周りではお金はあくまでワン・オブ・ゼムで、それ以外の「好き」とか「親切心」でまわっていく世界がすでに実現してるなと感じている。それを増やしていければ、みんなの不安も減っていくはずなんですね。
――具体的な悩みはなくても、漠然とした不安や辛さを感じている人は多い。だからこそ、坂口さんのアトリエが困っている人たちが過ごす場所になっている――というエピソードには、ホッコリしました。
どんな人の周りでも親戚まで広げたら、鬱っぽくて家にいたくないという人は絶対いる。だから街にひとつ、こういう場所があればいいですよね。
――家や職場以外で気軽に立ち寄れる場所は、誰にとっても必要ですよね。
そういう意味では、「いのっちの電話」も一種の避難所なんです。今日もここに来る途中で28歳の女の子から電話が掛かってきたんですが、死にたいときに誰かと繋がれたら、99%の人は死なない。
俺に電話を掛けてくる人は自己否定が強くて「どうせ私なんか」が口癖なんですけど、最近はその口癖が病巣だなと感じていて。相手が「私なんか死ねばいい」って言ったら「あ、それはとんでもなく寂しいから助けてくださいってことですね」って、言葉をいっこいっこ別の言葉に置き換えるようにしていたら、相手の様子がどんどん変わってくる。
言葉や考え方の癖って無意識に染み付いている人が多いから、いちいち別の言葉で捉え直して、呪縛を解いていくということを草の根的にやってますね。
人生最大の鬱を体験して
――坂口さんの本には、そういった「社会を生き抜くための実践可能なアイデア」がたくさん登場します。「毎晩8時に自分を褒める言葉をノートに書き出す習慣」は、私もやってみて、自分って結構がんばってる!とポジティブな気持ちになれました(笑)。
でしょ? 「今日は植物に水をやった」とか、小さいことでいいから自分がよくやったと思うことをノートに書き出すのを習慣にしていると、気付けることも多いし、書くこと自体が楽しくなる。自分で自分の薬を作ってる感覚ですよね。書き出すのが無理なときは頭の中で言語化するだけでも意識が変わるので、俺なんか最近は10分に1回ぐらい自分を褒めてます(笑)。
――状況は変わっていなくても、捉え方が変わると世界が変わってきますよね。
家族の在り方とか、お金や仕事に対するスタンスとか、みんながこうだと思い込んでることを根本的に捉え直してみると、日常が本当に変わってくるんですよ。
あとがきに書いてるんですが、この本を作っている最後の方で人生最大の鬱を体験して。ずっと気付かないふりをしてきた自分の根本にある問題と向き合って、家族にさびしいと言えたことで、家族との関係も鬱に対する向き合い方も、また少し変わってきた。
今まで散々、いろんな人に無茶だとか食えないとか言われてきたけど、ちゃんと食えてるし、人生は楽しくて肯定すべきものだと俺は感じているから、なにも恐れることはないと、しっかり伝えていこうと思ってます。
坂口恭平(さかぐち・きょうへい)
1978年、熊本県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、2004年に日本の路上生活者の住居を収めた写真集『0円ハウス』を刊行。『独立国家のつくりかた』『躁鬱大学』『自分の薬をつくる』『お金の学校』『土になる』『生きのびるための事務』など著書多数。作家、画家、音楽家、建築家など多彩な活動を行なっている。
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘
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