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「今欲しいのは正論じゃない」あえて主人公を成長させない『恋とか夢とかてんてんてん』

CREA WEB / 2024年9月28日 17時0分

 夢みて上京しながらも生活に追われてしまい、東京で生きる意味を見いだせていない主人公・カイちゃん。29歳・フリーターであるカイちゃんのやるせない日常&暴走中の恋愛が圧倒的解像度で描かれていると話題のまんが『恋とか夢とかてんてんてん』(以下、『恋てん』)の著者である世良田波波さんにインタビュー。

 片思いの「すべて」が詰まっている、物語の魅力に迫ります。


「恋愛でやられちゃってるコマがお気に入り」

――漫画を描く時、先生は主人公に感情移入しながら描きますか? 俯瞰して描きますか?

 どちらもあります。つらいシーンでも俯瞰して笑っちゃいながら描いている時もあれば、本当にとことんつらいシーンは感情移入して描いていたり。でも俯瞰した視点を持っていなくてはいけないというのは全体的に意識しています。ちょっとこれはつらいかなと思う展開が重なる時も、ここまでしたら面白いとか、ちょっとギャグのように読めたらいいなと思いながら描いていることもあります。

――面白いというキーワードもありましたが、先生は実はお笑い好きだとか。

 一番好きな芸人はダイアンです。ABCラジオの『よなよな…』はずっと聞いていました。今でも『ダイアンのTOKYO STYLE』『ダイアンのラジオさん』は聞いています。ほかにも霜降り明星、マヂカルラブリーなど。やっぱりラジオが面白い芸人さんが好きですね。小学生の時、不登校で引きこもっていた時期があるんです。その時から深夜ラジオに救われてきました。遊びで漫画を描いていたのもその頃です。

――先生の作品はとてもゆるいタッチなのに、感情表現が豊かですよね。笑い顔も泣き顔も多様で、コロコロと表情が変わる。

 ありがとうございます。連載が始まる前に編集さんに「感情を意識して描きましょう」と助言をいただきました。これまでは割と淡々と進む漫画を描いていて漫画の中に一つだけドバーッと感情を出すシーンを入れるとかして緩急つけて描いていたのですが、『恋てん』は嬉しい悲しい寂しい苦しいなどの感情全部を意識して描くようになりました。寄りの表情は特に意識して描いています。特に気に入っているのは、1巻の最後の笑顔のシーン。これはもう、感情移入をしながら描きました。完全に恋に脳みそをやられてる顔。自分でもこれをよく描けたなと思います。


『恋とか夢とかてんてんてん』より。

――特に好きなキャラクターはいますか?

 やっぱりカイちゃんですね。いろんな面を見せてくれるというか、暴れまわってくれるところが好きです。

――カイちゃんはあえてみっともなく描こうという意志もあるんでしょうか。

 あります。カイちゃんという人間の感情を描くには、やっぱりその部分を隠したらダメなので。カイちゃんのみっともない部分もだし、自分のみっともない部分も出しています。

「成長物語は、私からどんどん離れていってしまう」

――カイちゃんをあまり成長させないところにも意思を感じます。

 そうですね。「成長していく物語」って自分からどんどん離れていっちゃう感じがして。漫画や映画で成長に勇気をもらえることもあれば、すごく寂しく感じることもあるんです。最後まで成長しない主人公の方が、私は感情移入してしまうんですよ。実は9話が公開された後に「置いていかないで、カイちゃん」っていう感想をいただきました。9話はカイちゃんが子どもと絵を描いて少し笑顔になるシーンがあったり、友達の言葉に少し励まされたり洸くんをあきらめようと決める回で、この先の希望が少しだけ見えるような回なんです。きっとその方もカイちゃんが成長して自分から離れていってしまう寂しさを感じたんだと思うんです。この漫画は成長物語にはしたくないと思っていましたが、その感想をいただいて覚悟が決まりました。

――最近は特に「成長」や「学び」が当たり前に善とされていますよね。でも、そうできない人もいる。

 ただカイちゃんは弱いようで図太いところもあるし、強い人間だと思っています。自分の強さに気づいていないだけ。同じように弱くても不器用でも死にたい気持ちになっても生きてる人って、それだけでめちゃくちゃ強いと思います。

――カイちゃんは洸くんへの気持ちをエネルギーに、輝きを増していきます。カイちゃんにとって恋愛はどういう意味を持っているんでしょう。

 彼女にとって今まで生きてきた中ではそこまで恋愛は重要ではありませんでした。それはたぶん、恋愛以外のものがちゃんとあったからですね。でも今のカイちゃんにとって恋愛は、本当に生きる術になってしまってる。「なんもない」と感じていたカイちゃんにとっては、大きな光ですね。生きるための。


『恋とか夢とかてんてんてん』より。

――最近の漫画は「自己肯定感」を上げることで生まれ変わる主人公が多い気がします。でもカイちゃんはそうではない。一方で、洸くんが好きになる女の子は今の価値観をちゃんとインストールして、自分のモチベーションを自分で保てるタイプです。りあさんの存在も利いていると思いました。

 カイちゃんが自己肯定感が低い分、自己肯定感バリバリの子を描きたかったんです。本当にカイちゃんが持っていないものをすべて持っているような子。私自身もそういう子に憧れちゃうんですよ。自分が持ってないものを全部持っていて、しっかりとした愛情の支えみたいなものが、たぶん心にある人。比べる対象というか、生きている世界がちょっと違う人という認識です。

――2巻の最後にはカイちゃんが「どこに行けば幸せになれるかな」という思いを吐露します。カイちゃんにとって幸せって何を意味しているんでしょうか。

 幸せって何なのかも分からないまま言っていますよね。別に今を不幸せと思っているわけではないけれど、幸せな状況ではないっていうのは分かっている。でも幸せって何なのか分かっていないからこそ、何をしたらいいのかも分かってない状態です。


『恋とか夢とかてんてんてん』より。

――先生も幸せについて考えることはありますか?

 ぼんやりとは思いますね。実は猫と生活するだけで幸せになれるんじゃないかって思ったりします。でも若い頃は特にカイちゃんと同じように、人に愛されることを求めてしまっていたので、誰かに愛され続けることをイメージしていました。幸せについてぼんやり考えると、好きな人と年をとってもずっと一緒にいるイメージが出てきてしまう。でもそれは私の幸せにはならないような気がだんだんしてきて、今は私も幸せが何なのかよく分かっていません。

――私たちは昔から、好きなパートナーと一緒にいる像を幸せの象徴でもあるかのように思わされてきています。そういう作品があふれているので。一方、本作では現状、カイちゃんと洸くんの関係は不穏です。お互いにずるく、心の弱さでつながっている。

 お互いずるいですよね。分かります。でも、それで自分の心の穴を埋めようとする双方の気持ちも分かる気はします。それこそカイちゃんにとっては、恋愛が生きる術ですし。

――倫理的に間違っていたとしても、本人にとっては生きるか死ぬかの問題。まさに命懸けの恋愛なんですよね。

 そうですね。洸くんと出会っていなかったらどうなっていたのか想像できない。

――読者の反響・反応も知りたいです。

 洸くんが最低、クズだと責められちゃうことが多いですね。でも「俺は洸くんだ」という感想や洸くんに共感して読んでくれてる人もいます。いろんな登場人物に共感してもらえたり本気で怒ってくれる人がいるのはすごく新鮮な経験で私も発見や気付きがあっておもしろいです。

――カイちゃんもずるいから、一方だけを責められないですよね。

 そこは気をつけて描いています。自分の中では、カイちゃんもずるい人間だと思って描いています。嘘をついたり、いい人に見せようとしたり、大切にしてくれる存在に気づかなかったり、ドタキャンしたり、自己中なところもあって。主人公だからこそ一番かっこ悪くみっともなく描きたいという気持ちがあります。

「夢に賞味期限はない」

――ある意味で人間らしいタイプですよね。カイちゃんが恋愛にもがく一方で、子持ちの親友は、一般論を言ってくる。

 世の中でよく聞く正論について、「でも」と思う気持ちで描きました。「愛してくれる男の人と付き合う方がいいよ」っていうのは、実際そうかもしれないとなんとなくは思うんですよ。年齢とともに痛感します。でも、そんな相手いないんだけど、みたいな。今欲しいのは正論じゃないんですよね。

――ほかにはどのような反響が?

 とにかく入り込んで読んでくれる読者の方が多くて、本気で怒ってくれたり、悲しんでくれたり、すごくカイちゃんを見守ってくれています。話としては恋愛がメインで、女性特有なのかなと思うような感情表現も多い漫画ですが、男性の方もたくさん読んでくれていて。サイン会では50代ぐらいの男性の方が来てくれて、カイちゃんに自分を重ねて読んでいると話してくれて嬉しかったです。年齢や性別は関係なく人間だからある感情なんだなって読者の方の感想でより気付かされます。バイト先の同僚・千林くんが好きという意見も多いですね。


『恋とか夢とかてんてんてん』より。

――千林くんは夢を追っているキャラクターです。漫画のタイトル『恋とか夢とかてんてんてん』の夢の部分を現状担っている存在ともいえますね。これからカイちゃんの夢についても描いていくことになると思うのですが、先生の現状の「夢」に対する心構えを知りたいです。

 やりたいことがあるなら突き進むべきで、基本的に賞味期限はないと思います。ただ、もういいかなって思っているなら、無理にやることもないのかなって思いますね。恋愛と同じように、生きる糧という捉え方もできると思います。夢なんかないっていう人も結構いるし、それを全く否定しない。でも、私も夢なのか分からないけど、漫画を描きたい、漫画家になりたいという思いがあったから歩いてこれた感じがします。どんな小さなことであっても、やりたいことがあるのはすごく幸せなことだなと思います。

――漫画家になれた今は、夢の続きを生きている感じでしょうか。

 そうかもしれません。でもやっぱり理想の自分みたいなものからはまだほど遠いというか、なりたい自分像って永遠に追い続けるものなのかもしれませんね。

――これからどうなっていきたいか、イメージはありますか?

 漫画を描くからには、売れたいですね。今は、連載漫画を描くということは、肉体的にも精神的にもこんなにきついんだと実感しています。売れなくても読んでくれている人がいるのはそれだけでもとても幸せなことですが、やっぱり売れたい。

――作品の中で、現状で一番思い入れのあるシーンはどこですか?

 2話の、自転車で走り出して橋を疾走するシーンです。恋の最初の方に一度だけしか訪れない、最高にスパークする瞬間。この世のすべてがきらめいて、すべてを好きになれる瞬間を描けたなと思います。


『恋とか夢とかてんてんてん』より。

――現在も絶賛連載中ですが、次に描きたいテーマはもうあるんでしょうか。

 まだ考えられていないのですが、本当に恋愛漫画って描くのが難しくてつらいし、めちゃくちゃ恥ずかしいんですよね。だから次回作は恋愛からちょっと離れたいですね。だからこそ、今は自分が描ける恋のすべてをこの漫画で描き切ってやるぐらいの気持ちで『恋てん』を描いていきたいです。

――最後に読者の方にメッセージをお願いします。

 いつも応援してくださってありがとうございます。ダメな部分が多い主人公のカイちゃんをこんなにも応援してもらえたり近しい友達のように見守ってもらえるとは連載前には思っていなかったので、熱い気持ちやメッセージにとても励まされています。読者の方がカイちゃんを置いて先に行ってしまっても良い、だけどカイちゃんは読者の方を置いてかないぞーという気持ちで描いています! 一緒に生きていきましょう!

世良田波波(せらたなみなみ)

兵庫県明石市出身。18歳で上京し、その後紆余曲折あり大阪で暮らす。現在は東京都在住。2006年に『アックス』(青林工藝舎)にて誌面デビュー。『恋とか夢とかてんてんてん』が初連載となる。

文=綿貫大介

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