上野動物園のリーリー・シンシンが帰国 1年半で半減した日本で暮らすパンダたちの“これから”
CREA WEB / 2024年10月6日 11時0分
13年7カ月ぶりに中国へ
上野動物園にいた19歳のジャイアントパンダ、オスのリーリー(力力)とメスのシンシン(真真)が約13年7カ月ぶりに中国へ帰りました。
2頭が上野動物園を出発したのは9月29日(日)。夜明け前で2頭は寝ていましたが、飼育係が作業を始めたり明かりをつけたりすると、午前3時過ぎに起きました。飼育係は声をかけながら、輸送箱の中にゆっくりと2頭を誘導。輸送箱に入ったら、水やリンゴ、ニンジン、パンダ団子を少しあげて落ち着かせ、トラックにのせました。最初はシンシン、次がリーリー。トラックの中は約20度に保たれました。パンダは暑さが苦手です。
外は真っ暗。筆者が取材のため園内で待機していると、午前4時ごろ、2頭をのせた阪急阪神エクスプレスのトラックがパンダの飼育エリアから出てきました。後ろに乗用車2台が続き、最後尾は警察の車がガードしながら、成田空港に向かって走り去りました(警察の車は高速道路の手前まで)。
2頭の長女・シャンシャン(香香)が昨年2月21日に中国へ渡ったときは、飛行機の出発時刻とシャンシャンの中国での住みかを上野動物園が事前に公表しましたが、今回は非公開。中国側との申し合わせと安全確保のためです。最近、中国へパンダを送り出した、あるいは送り出す予定の他国の動物園も、事前の情報開示を控える傾向にあります。
リーリーとシンシンは午前5時30分ごろ成田空港に到着。輸出通関などを終えると、2頭が入った輸送箱は、チャーター便の中国・順豊航空の貨物機に搭載されました。この間、2頭が興奮する様子はなかったそうです。過去にも移動経験があるためかもしれません。阪急阪神エクスプレスは、上野動物園から中国・四川省の成都双流空港までの輸送をサポート。この2社が関わるのは、シャンシャンの渡航時と同じです(参照「シャンシャン中国輸送大作戦の舞台裏」)。
成田空港の展望デッキには見送る人がたくさん
筆者が午前6時半過ぎに成田空港の展望デッキへ行くと、2頭を見送る人がたくさん来ていました。貨物機は午前8時ごろ離陸。展望デッキでは約500人が空を見上げ、貨物機が視界から消えるまで見つめていました。
機内で2頭の健康状態などを確認するため、貨物機には、上野動物園でパンダを担当している西園飼育展示係の齋藤圭史担当係長と、中国ジャイアントパンダ保護研究センター(以下、パンダセンター)の獣医師1人が搭乗。シャンシャンの渡航時は、同乗した上野動物園の冨田恭正副園長兼飼育展示課長(現在は副園長兼教育普及課長)と齋藤係長が電車で成田空港へ向かいましたが、今回は早朝で適切な電車が運行していないのでタクシーで行きました。
2頭の帰国をサポートするため、パンダセンターは中国から経験豊かな獣医師1人と飼育員1人を派遣。2人は9月23日(月)に上野動物園に来て、同園の専門家らと一緒に2頭の健康診断などを行いました。
上野動物園によると、2頭を運ぶ貨物機は、乗務員以外の座席が2人分しかないので、パンダセンターの2人のうち飼育員は他の飛行機で中国に戻りました。上野動物園の鈴木仁飼育展示課長と獣医師も他の飛行機に乗り、2頭の輸送に先行して、中国に到着しておきました。
2頭の「機内食」として積み込んだのは、主食の竹のほか、リンゴ、ナシ、ニンジン、パンダ団子。機内の温度は17~18度に設定しました。飛行中、2頭は落ち着いていたそうです。
貨物機は成都双流空港に12時40分ごろ(日本時間)着陸。2頭はそこからトラックに移され、四川省にあるパンダセンターの雅安碧峰峡基地へ午後6時(日本時間)に到着しました。ここで1カ月間、隔離されて検疫を受けます。上野動物園の職員は検疫施設に入れないので、パンダセンターの職員に対し、飼育管理状況について綿密に引き継ぎをしました。
パンダセンターによると、2頭の高血圧などに関し、専門家チームが治療と健康管理の計画を作るなどしているそうです。ちなみにシャンシャンも昨年、雅安碧峰峡基地で検疫を受けて、現在も基地内で暮らしています(参照「中国ではシャンシャン見放題? 初公開から3日後の様子をレポート」)。
来日の約2週間後に東日本大震災
雅安碧峰峡基地は、リーリーとシンシンが来日直前に暮らした場所です。当時5歳だった2頭は2011年2月20日に雅安碧峰峡基地を出発して、成都で1泊。翌日、四川航空機で上海へ飛び、上海から成田空港まで全日本空輸(ANA)の旅客機に乗りました。旅客機はパンダをモチーフにした特別塗装機「FLY!パンダ」です。
成田空港から上野動物園までは、阪急阪神エクスプレスのトラックで移動。筆者は取材のため、上野動物園内の屋外で到着を待っていました。トラックが着いたのは深夜の午後11時36分です。
この時から、上野動物園のパンダ飼育が約2年10カ月ぶりに再開しました。3月11日に東日本大震災が発生したので、公開開始は予定より少し遅い4月1日となりましたが、リーリーとシンシンの存在は、震災による不安や悲しみをやわらげ、人々を癒しました。
検疫後、ほかの施設に移るパンダも
リーリーとシンシンが検疫後も雅安碧峰峡基地で暮らすか、それともほかの基地へ移されるかは、明らかになっていません。まだ決まっていない可能性もあります。
例えば、昨年11月にアメリカ・スミソニアン国立動物園から中国に渡った親子3頭は最初、パンダセンターの臥龍神樹坪基地に到着。検疫後、高齢の両親(中国帰国時26歳と25歳)だけがパンダセンターの都江堰基地に移されました。都江堰基地は、高齢のパンダや病気のパンダをケアする体制が整った施設です。
今年1月にシンガポールから中国へ渡ったラーラー(叻叻、渡航時2歳)は、四川省広安市にある施設で検疫後、パンダセンターの都江堰基地に移されました。
シンシンの姉のヤンヤン(阳阳)は、オーストリアから9月14日(土)に中国へ帰国。現在、パンダセンターの臥龍神樹坪基地で検疫を受けています。年内には、オーストラリアとフィンランドからも各2頭がパンダセンターに戻る予定です。さらにベルギー生まれの3頭も、年内にベルギーからパンダセンターへ行く見通しです。
検疫エリアは限られるので、世界各国にいるパンダが、いつ中国に送り出され、中国内のどの場所で暮らすかは、他のパンダとの調整も関係します。なお、アメリカ・アトランタ動物園にいる親子4頭も年内に中国へ渡る予定ですが、この4頭は成都ジャイアントパンダ繫育研究基地から受け入れているので、中国での滞在先はパンダセンターではありません。
日本で暮らすパンダは1年半で半減
リーリーとシンシンが検疫後に公開されるかどうかは、現状では分かりません。昨年、和歌山県のアドベンチャーワールドから30歳で中国に戻ったオスの永明(現在32歳)は非公開です。中国では、永明のような高齢のパンダは、なるべく負担をかけないように非公開とすることが珍しくありません。
リーリーとシンシンは19歳で、パンダの高齢期(おおむね20歳)に差し掛かる段階。しかも健康上の理由による帰国です。2頭とも昨年9月から高血圧の症状が確認され、職員は降圧剤の投与を続けています。リーリーは2022年から時おり嘔吐もしていて、今年4月にはCT検査などを受けました(参照「パンダの健康管理方法はまるで人間?」)。
東京都と中国野生動物保護協会が専門家を交えて協議した結果、元気で、問題なく輸送できるうちに帰国させ、生まれ育った環境で治療することが望ましいとの結論に。両者によるパンダの保護研究の協力協定は2026年2月20日が期限なので、1年以上早い帰国となりました。
上野動物園の福田豊園長は9月29日(日)、リーリーとシンシンを同園から送り出した直後の会見で、「2 頭が生まれ育った環境で、これから穏やかに暮らしてほしいと思います。長年、リーリーとシンシンをあたたかく見守っていただいた皆様に心より感謝を申し上げます」と語りました。
リーリーとシンシンが帰国したので、現在、日本で暮らすパンダは6頭(アドベンチャーワールド4頭、上野動物園2頭)です。昨年2月20日時点では13頭(アドベンチャーワールド7頭、上野動物園5頭、神戸市立王子動物園1頭)だったので、およそ1年半で半数以下となりました。
中川 美帆 (なかがわ みほ)
パンダジャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(12カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著に『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)がある。
@nakagawamihoo
パンダワールド We love PANDA
定価 1,650円(税込)
大和書房
文=中川美帆
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