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にぎり寿司の原型であり世界が認めた伝統の発酵食「鯖のなれずし」のお味とは?

CREA WEB / 2024年10月5日 11時0分

#310 Obama
小浜(福井県)


小浜の市街から北へいった内外海地区の棚田。百人一首にも、ここから見える海の美しさは詠まれました。

 日本海の寒流と暖流が出会う豊かな漁場が広がり、かつては北前船が立ち寄る港でもあった若狭湾に面する小浜。この滋養豊かな海に育まれた魚介類、そして北前船によってもたらされた物資は、小浜を起点に京都や奈良などの都へ運ばれました。

 その小浜と京都を結ぶ街道は、通称“鯖街道”と呼ばれていました。鯖街道にはいくつかルートがあり、なかでも最も古く、最も険しいのが針畑(はりはた)越え。


市街にある小浜市鯖街道ミュージアムの前には鯖街道のルートを示す塚が並んでいます。

 鯖売りたちは翌朝に京都へたどりつくために、鯖や甘鯛を背中にしょって急峻な山道を一昼夜歩き通したそう。「京は遠ても十八里(約70キロ)」、大して遠くはないさ、と自分を鼓舞(叱咤?)しながら、夜の峠道を越えていったことでしょう。

 京都へ運ぶ鯖や甘鯛は、小浜で朝に水揚げされたのち、“一塩”をして送り出されました。これにより魚の鮮度を保つと同時に、峠越えをする間にタンパク質がうまみ成分のアミノ酸に変化して、京都に到着する頃にはいい塩梅になったそう。


「いけす割烹 雅」でいただいた鯖寿司。厚みのある鯖はうまみたっぷり。

 京都では、小浜から運ばれた塩漬けの鯖を塩抜きして作った鯖寿司を“一塩もん”と呼び、たいそう珍重したそうです。


江戸時代、鯖街道と北前船で賑わった小浜西組の三丁町。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。写真提供/若狭おばま観光協会

発酵食が発展した地域ならではの食文化


べんがら格子など、三丁町には京文化の名残がそこここに。

町屋や神社の軒下には、飛彈地方のさるぼぼに似た“身代わり申”が吊るされています。

 小浜では発酵食の文化も発展しました。たとえば、へしこ。鯖などの魚を樽の中で糠と塩に約1年間漬け込んだ、いわば“魚の糠漬け”です。

 小浜では、この“へしこ”を使った“なれずし”が名物。なれずしとは、各地のにぎり寿司の原型ともいわれる、新鮮な魚と米をあわせて発酵させた伝統的な保存食です。つまり一般的には新鮮な魚を使うところを、小浜のなれずしは発酵した魚を使うのがみそ。ダブルで発酵!? 気になります。

 この“へしこのなれずし”の名人に会いに、小浜市街の北東に位置する内外海(うちとみ)地区の田烏(たがらす)へ向かいました。


小浜の市街地から車で30分弱、旅情あふれる田烏集落へ。

 田烏は、百人一首にも詠まれた、海に向かって100枚もの棚田が続く、日本の原風景のような景色が広がっています。


海から見た田烏の棚田。

小さなお寺もふと立ち止まって手を合わせたくなる、田烏はそんな小さな村です。

 プラスチックの樽がいくつも並ぶへしこの保管場所で待っていたのは、「内外海 本づくり へしこ・なれずしの会」の代表にして、「年間民宿 佐助」を切り盛りする森下佐彦(すけひこ)さん。


へしこ名人、森下さん(通称、佐助さん)のへしこ小屋。

 昔ながらの製法を守りつつ、今では小学生の体験学習や大学の研究室に発酵時のデータを提供するなど、なれずしの継承に尽力しています。

 明治期から、若狭沖の日本海では大型船による鯖の巾着漁(巻き網漁)が行われ、田烏にも多くの漁師がいました。大漁時には50本、100本の鯖を入れたトロ箱が漁師に渡されたそう。そんなに大量の鯖を一般家庭では食べきれないと、保存食のへしこ作りが始まったのだとか。その延長で、へしこのなれずしも始まったと森下さん。

 かつては田烏には100世帯ほどが存在し、その半分はなれずしを作り、それぞれの家庭の味があったとか。ところが鯖が獲れなくなり、なれずしも作れなくなっていきました。森下さんは焦燥しました。大切な伝統料理のへしこなれずしが消えてしまう! こりゃ黙っとったら、あかん!

 そして田烏の人に声をかけ、この危機的状況を説明し、結成したのが「田烏さばへしこ・なれずしの会」(のちの「内外海 本づくり へしこ・なれずしの会」)。言い出しっぺだからと、代表をまかされてしまったそう。平成16年のことでした。


米と糠で発酵させた鯖のへしこ。

糠と塩を入れた樽の中で約1年間寝かせます。目下、熟成の過程を調べるデータを大学の研究室と収集中。

イタリアの記者の訪問をきっかけに「味の箱舟」に登録!

 そして転機となったのが、平成19年。小浜市が発信したなれずしの情報を、イタリアの女性記者が目に留め、遥々森下さんの民宿までやってきました。

「その記者さん、おいしい、おいしい、言うて。どないして、こうなるんや、言うて。冷凍したなれずしをイタリアに持って帰ったんや」

 イタリアはスローフード運動の一環として伝統的な食を保護・普及する国際的なプロジェクト「味の箱舟」の拠点。記者はその会長になれずしを食べてもらったそう。すると、森下さんいわく「会長も、もうワンダフル! と驚いたそうや」。

 そして、田烏の鯖のなれずしは、めでたく「味の箱舟」に登録されました。

 鯖のなれずしは、たくさんの手間と時間をかけて発酵と熟成をくりかえします。まさに手塩にかけて、育てる感覚。そして作る工程には、先人たちの知恵が詰まっています。興味がある方は、「年間民宿 佐助」へ。森下さんが紙芝居スタイルで解説してくれます。


手作りの紙芝居で、鯖のなれずしの製造工程や歴史を説明してくれます。旬はこれからの季節!

 で、気になるのは、お味。食べ方は2センチ幅くらいにスライスして、そのままで。あるいはスライスしたなれずしをアルミホイルにのせてトースターなどであぶって食べる。

 そのままで食すと、米のまろやかな甘みが口いっぱいに広がります。後味はカラスミのような、まったり感。あぶってみると、米の表面がカリッ、中はとろけてクリーミー。鯖の脂も加わって、甘みが倍増します。どちらも、酒の肴に最高!


鯖のなれずしやへしこは、「年間民宿 佐助」からお取り寄せが可能です。

 古来、神や天皇に捧げる食べ物を供した「御食国(みけつのくに)」であった若狭。小浜で伝統の食を味わう旅はいかがでしょう?

小浜

●アクセス 北陸新幹線で敦賀駅まで、東京からは約3時間20分。敦賀駅から小浜駅までJR小浜線で約1時間

取材協力
若狭おばま観光協会 https://wakasa-obama.jp/

おすすめステイ先
年間民宿 佐助 https://minsyukusasuke.com/


古関千恵子(こせき ちえこ)

リゾートやダイビング、エコなど海にまつわる出来事にフォーカスしたビーチライター。“仕事でビーチへ、締め切り明けもビーチへ”をループすること30年あまり。
●Instagram https://www.instagram.com/chieko_koseki/

文・撮影=古関千恵子

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