最初は泣いてばかり。でも今は、自分を誰かと比べることもなくなった。光浦靖子がカナダで学んだこと
CREA WEB / 2024年10月12日 11時0分
人気番組『めちゃイケ』メンバーとして一世を風靡し、その後の多くの女性芸人に影響を与えたオアシズ光浦靖子。彼女が一念発起しカナダ・バンクーバーへと留学したのがコロナもようやく落ち着き始めた2021年7月。50歳の留学生の怒涛の1年目を記したエッセイ『ようやくカナダに行きまして』が文藝春秋から発売された。人生100年時代の折り返しに、異国の地で彼女が見たもの、得たものとは。
最初の方はギャンギャン泣いてた
――留学前のインタビューで「自分をもう1回育て直す」というお話をされていましたが、カナダでどれぐらい「育て直し」を達成させられたのだろうと。本を拝読すると、もうスタート時点からコロナで困難の連続でしたよね。
光浦 私が行った何ヶ月か後になると、(コロナの)隔離期間がなくなるんですよね。14日間が1週間になって、だんだんなくなっていくんですよ。でも、 その大変な時期に行ったおかげで、カレッジに入学することができました。そのカレッジはコロナ前だったらすごい人気でなかなか入れないんです。ところが、コロナのせいで一旦生徒数が0になって、すんなり入れた。その時期ぽこっと人がいなくなったから。結果オーライではあったんですけど、やっぱり最初の方はトラブル続きで、ギャンギャンギャンギャン泣いてましたね。
――本を読みながら一緒にドキドキしていました。
光浦 エージェントの人が「夏になったらもう落ち着きますよ。大丈夫ですよ」って。根拠があるようなないような……。もうね、びっくりだけど、バンクーバーで隔離されてる間にね。1回制服を着た人が面接に来るんですよ。それが警察の制服なのかなんなのかわからないんだけど。本当にそこに隔離してるか見にくるの。
――ええ!?
光浦 それで結構ビビっちゃって、本当に「陰性」の結果を持ってなかったら、国外追放されるんじゃないか、「私、犯罪者になってしまうのでは」って。でも聞いたら「僕ぜんぜん外出てましたよ」という人もいて、「なんだよ〜」でした(笑)。
心は毎回折れます
――カナダのおおらかさというかいい加減さと、光浦さんの几帳面な性格はどうやって折り合いをつけていったんだろうと思いました。
光浦 本に書かれてることは今から2年前、3年前の話になるんで、今の自分だったら「はいはいはい、あるある」「まあまあ、カナダですからね」て言ってた人たちのセリフが理解できるんですけどね。
私変わったなって思いますよ。日本だったら配達1つでも「何月何日の何時」って指定したら「何月何日の何時」に全てが行われるじゃないですか。でも日本が特別なだけで、世界基準ではないんですよ。
――確かに……「12時〜14時」で指定して、その時間に来なかったらちょっとイライラしてしまいますけど、よくよく考えたらオンタイムに来るのがすごいことですよね。
光浦 そうそう、そんなのは奇跡なんだと思って。日本が素晴らしすぎる。やりすぎぐらいなのかもしれない。カナダには再配達なんてないし、不在届もピンポンも鳴らさずただ玄関の外にペタって紙が貼ってあって、自分で集積所に取りに行かなきゃいけないんです。
アパートで蛇口が閉まらなくて、 直してくださいってマネージャーに連絡してもまず無視。本に出てくる前のマネージャーは本当にいい方で、今のマネージャーはしつこくしつこく連絡してやっと返事が来る。それで「じゃあ明日行く」って言うから待っていると、来ない(笑)。基本そんな感じなんですよ。
――心は折れなかったですか。
光浦 毎回折れます(笑)。
――「帰りたい」ってなることは……
光浦 なかったですね。テレビの仕事をしてないので、そのストレスがないから。留学中はそのストレスの部分を全部生活に使えました。ただの学生だから、時間はあるわけで。1日かけてタスクを1個こなすって感じです。連絡を取るとか、ビザの書き換えだとか。これでもしテレビの仕事もしていたら、たぶん無理だったはず。
どんなことでも「1回乗っかろう」
――留学先でできたお友達の話もとても面白かったです。特にコロンビア人のヘレナさんがすごく印象的で。学生時代には女友達との関係に悩んでいたと本にもありましたが、ヘレナさんとの出会いによってその辺りも変化があったのでしょうか。
光浦 そうですね……ずいぶん変わりました。ほんとに最初で最後ですよ、あんな友達。ヘレナが特別だったんだなって思います。ヘレナはどんな人でもとりあえず1回受け入れて、そこから仲良くなる人を選ぶっていう人で。
――1回受け入れる。
光浦 すごい尊敬しましたね。ああこの人はできるなと思ったのが、パーティーの時。「ヘレナに出会う」の章で書きましたけど、英語ができない人、初めてこっちに来た人……そういう孤立してる人たちがしゃべりやすいように「みんなでダンスをしよう!」って自然にそういう空間を作ってくれるんです。それもいやらしい感じじゃなくて、ガサツに、なんなら命令系で。「はい、ダンス」「はい、テキーラ」みたいな。 できるなこの人って本当に思いましたね。
――ヘレナさんによって自分も少しずつ変わっていく感覚がありましたか。
光浦 ありましたね。どんなことでも「1回乗っかろう」って。とにかく、カナダ行ってからは誘いは断ってないです。
誰かと比べることがなくなった
――なかなか英語が上達しないってところも、すごくリアルでした。
光浦 もうびっくりしちゃった(笑)。どれだけ勉強しても全然聞き取れないんです。
――外語大を出られた光浦さんでもそうなんですか……。
光浦 人それぞれ耳がいい、悪いとかタイプがあるんじゃないですかね。私の場合は、発音の違いが聞き取れない。たぶん慣れるのに10年はかかるなと思って。 留学も1、2年したらペラペラでしょってみんな思うと思うんですけど、それはたぶん子どもとか幼い人たちです。 子どもだったら1年住めばもうネイティブ並みにペラペラしゃべれるから。
――光浦さんは現地でなるべく日本語を使わないようにと意識されていましたよね。
光浦 私もそうすれば自然と話せるようになるとか、聞き取れるようになるって、勝手に思い込んでたんですよ。でも、長年にわたる「こびりついたもの」が邪魔して、子どもみたいに素直にシュって吸収するのは難しい。
――その事実にショックは受けなかったですか。
光浦 もうずっと泣いてましたよ。もう無理だって。でも、もう無理だって……諦めました。
――諦める。
光浦 たぶん10代の子が1年でできることを、私は3年、3倍はかかる。なので、6年住んで2年住んだぐらいかなと思って。だからまだ自分の中では留学して1年目ぐらいの成果しか出てない。でもいつかはできるだろうという希望は持っているので、完全に諦めたわけじゃないですよ。最終的には英語ペラペラになるのが目標なんで。ただ、全てを100パーセントできるようにならなきゃいけないという、その呪縛はもうなくなりました。あと、「みんなできるのになんで私はできないんだろう」って誰かと比べることもなくなったかな。
光浦靖子(みつうら・やすこ)
1971年生まれ。愛知県出身。幼なじみの大久保佳代子と「オアシズ」を結成。国民的バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』のレギュラーなどで活躍。また、手芸作家・文筆家としても活動する。大評判となった前著『50歳になりまして』(文藝春秋)のほか、『私が作って私がときめく自家発電ブローチ集』(文藝春秋)、『靖子の夢』(スイッチ・パブリッシング)、『傷なめクロニクル』(講談社)など。2021年からカナダに留学。
文=西澤千央
撮影=深野未季
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