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「昭和脳のモラハラ男」を成敗する話ではない——令和の処方箋マンガ『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が描く“人の本質”とは

CREA WEB / 2024年10月12日 11時0分

男とか女じゃなく、「本当の私」でわかり合えたら……この作品がいま支持される理由とは?


「CREA夜ふかしマンガ大賞2024」大賞は谷口菜津子『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(ぶんか社)

 2022年に発足した「CREA夜ふかしマンガ大賞」。「慌ただしい日常を送る大人の女性たちが、自分のためだけに使える深夜のわずかな時間に読み、豊かな時間を過ごさせてくれるマンガ」をコンセプトに、作家・編集者・ライター・書店員等のマンガ通が選者となり合計巻数が5巻までのフレッシュな作品を表彰してきた。第1回(2022)は『まじめな会社員』(著:冬野梅子)、第2回(2023)は『いやはや熱海くん』(著:田沼朝)が大賞を受賞。そして第3回となる本年度は、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』(著:谷口菜津子)が選考委員31名によって選出された。


『じゃあ、あんたが作ってみろよ』谷口菜津子 各880円 既刊2巻/ぶんか社

 本作は、2023年にcomicタントにて連載を開始。同年12月に単行本第1巻、2024年8月に第2巻が発売されたばかりのまだまだ新しい作品だ。5巻までという縛りはあれど、ここまでのスピード受賞を達成したのは、やはり作品力の高さによるものだろう。では何が選者はもちろんのこと、いまを生きる人々の心を掴んでいるのか?

呪いから解放されていく

 大学のミス&ミスター同士で付き合ったカップル、鮎美と勝男。勝男は付き合って6回目の記念日に鮎美にプロポーズするが断られ、さらに彼女は同棲中の家から出て行ってしまう。傷心の勝男は、周囲に「昭和脳」と揶揄される自身の古い価値観に気づき、料理を通して少しずつアップデートを図っていく。そして鮎美もまた、新たな人間関係を通じて“男に選ばれる生き方”という呪いから解放されていくのだった。本作はダブル主人公のような形で、別れた後の男女が生き直していく姿をそれぞれの視点で交互に描写する構造になっている。


『じゃあ、あんたが作ってみろよ』第1話より ©谷口菜津子/ぶんか社

『じゃあ、あんたが作ってみろよ』というパンチの利いたタイトルからして、昨今のマンガの人気ジャンルの一つ「モラハラ男/夫もの」という第一印象を抱くかもしれない。実際第1話の導入は、せっかく作ってもらった手料理に対して褒め称えて「いつもありがとう」と感謝を述べながらも、「しいて言うなら 全体的におかずが茶色すぎるかな?」と鮎美にダメ出しをする勝男のセリフから始まる。まさに「じゃあ、あんたが作ってみろよ」と言いたくなるようなシーンだが、鮎美は「ごめんなさい」と従う。

「分断しない」ストーリーに込められたもの


©谷口菜津子/ぶんか社

 その後も、「鮎美のサポートで本当に助かってるよ」と無意識に「女は男を支えるもの」という凝り固まった価値観を押し付け、会社の飲みの席では「(付き合って)もう5年もたつし責任取らなきゃ」と発言して後輩たちに引かれる。読者によって「あるある」と思うか、自身の黒歴史を思い出してのたうち回るか、はたまた「これの何がいけないの?」となるかはわからないが、いずれにせよ無意識モラハラ男の形態模写――その解像度が抜群に高い。相手にあからさまに怒声を浴びせたり暴力に訴えるのではなく、形だけは労うポーズをしている点も絶妙だ。


©谷口菜津子/ぶんか社

 しかし『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の真骨頂はここから。鮎美が去った理由がわからない勝男は、「昭和男子って感じ(笑)」という周囲のリアクションを受けて、ここで初めて自身と他者――ひいては世間のズレに気づくのだ。

 いつからか、現代の時代性が「やり直しを認めない社会/時代」と評されるようになった。例えばSNS上で一度でも炎上したら袋叩きにあい、“魚拓=デジタルタトゥー”としてことあるごとに蒸し返される。実際、アウトな発言をする人物も多いし、多様性をテーマに変わっていこうとする時代にあって古い価値観が糾弾されるのは無理からぬことだが、自分の正義を妄信し、他者に厳しすぎる人々が増殖しているのもまた事実。融和ではなく排斥という前時代的な行為が繰り返されていると言えなくもない状況下で、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は勝男だけでなく様々な人々に相互理解の機会を提供する。


©谷口菜津子/ぶんか社

 鮎美は「ハイスペックな男を捕まえるためには努力が必要」という生き方をしてきた人物。本屋で並ぶ雑誌に「昔はもっとモテだ男子ウケだ言ってなかった??」「『自分らしく』とかみんなそれがなんなのか知ってるの?」と困惑を隠せない。彼女もまた、勝男と同じで時代の変化に取り残されていたのだ。そんな鮎美はパワフルな美容師・渚と出会い、自分を解放していく。単に勝男を加害者・鮎美を被害者として描かない構成も絶妙で、お互いの周囲の人物に伝播していく。

 勝男の同僚・白崎は「たぶん(勝男は)何言っても一生変わらないんだろうな~て思ってたんだけどさ それって俺の決めつけだったかも」と認識を改め、勝男の後輩・南川も頭ごなしに否定していた勝男の変化を目の当たりにし、打ち解けていく。そして物語は勝男の家族にまで広がり、封建的な父親に植え付けられた価値観や兄の苦悩といった勝男のルーツが紐解かれる。

 ここでも「昭和脳」を切り捨てるのではなく、その奥に在るものを観ようとする姿勢が感じられ、分断の道を辿らない。そうしてしまったら「近頃の若いもんは」「男って」「女って」と決めつけて鋳型にはめる人々と同じだからだ。

自分に、他者に、「歩み寄る」姿勢を描く

 著者の谷口菜津子は、第1巻のあとがきでこう書いている。「私は時代とともに変わり続ける価値観にいつまでついていけるのだろうか」「海老原勝男とともに反省や挑戦を繰り返して、なんとかより良い自分でいる努力を続けていきたい」と。つまり『じゃあ、あんたが作ってみろよ』の本質は、歩み寄りと成長にある。


©谷口菜津子/ぶんか社

 歩み寄りと成長。対話と相互理解に必須なのは、相手を「知ること」だ。先日実写化されたマンガ『Shrink―精神科医ヨワイ―』(原作/七海仁 マンガ/月子)の「アンガーマネジメント編」では、文学青年が上世代の父親によってパワハラ気質になってしまった――というバックストーリーが描かれる。我々が「ハラスメントおじさん」と敬遠する人々もまた、時代や社会の被害者かもしれない。『わたしたちは無痛恋愛がしたい 〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』(著:瀧波ユカリ)では痛みのない人間関係を築こうと努力する人々の姿を見つめ、芸術と性加害/搾取をテーマにした『恋じゃねえから』(著:渡辺ペコ)は安易な解決を許さず、関係者や周囲が考え続ける過程に徹底的に付き合う。

 先日約10年の歴史に幕を閉じた『僕のヒーローアカデミア』(著:堀越耕平)もまた、世間を脅かす敵(ヴィラン)をただ暴力で屈服させるのではなく、「その奥にある原点=心に触れようとする」主人公たちの姿を描き続けていた。ジャンルはそれぞれ違えど、いまを生きる読者の心を掴む作品には、「相手を知り、変わろうとする人々の努力」が込められている。だからこそ、応援したくなるのだろう。その系譜にある『じゃあ、あんたが作ってみろよ』が今後、どのような成長をしていくのか、引き続き見守っていきたい。

SYO

映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、装苑、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。X:@syocinema

文=SYO

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