ぬるそうなビールや粗末な紙袋のラスク…映画が描く「酒と食」に私がどうしようもなく惹かれる理由
CREA WEB / 2024年10月20日 11時0分
『週刊文春』やCREA WEBの映画コラム「映画とわたしの『生き方』」でもおなじみ、映画ライター月永理絵氏の『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)が面白い。この本に込めた思いと、これまでの映画人生についてうかがってきた。
「おいしいもの」ならグルメ番組でいい。映画が描く「酒と食」
――タイトルだけ読んで、フランス映画が中心の本かと思ったんです。そしたら第1章の扉絵はおそらく成瀬巳喜男の『流れる』だし、ジョン・フォードやアルトマンにイーストウッドが出てきて、山中貞雄を語るコラムでは内田吐夢やマキノ雅弘、大島渚に連想が飛ぶし、北欧の映画や近年の韓国映画までもが語られていく。「無差別級だな……!」なんて感じました(笑)。ジャンルや製作年代もバラバラに「酒」という軸で映画が語られていく。しかも「おいしそうな酒」にはあまり着目していない点がすごく魅力的で。
月永 自分でまとめていても、私っておいしくなさそうなものに惹かれてしまうんだなと(笑)。「泡の消えた、ぬるそうなビール」とか、「こんなに飲んでどうするのというぐらいの量のワイン」とか。「なんであんなお酒の飲み方してるんだろう」「こんなわびしい食事ってある?」みたいなシーンは強烈に覚えてしまうし、惹かれてしまう。
例えば『現金に手を出すな』(1954年 ジャック・ベッケル監督作)でジャン・ギャバン演じる年老いたギャングが、粗末な紙袋に入ったラスクとワインで乾杯するシーン。日本でいったら焼酎とするめで一杯やってるみたいな、そんなシーンに惹かれてしまう。
――紙袋でラスク、というだけでわびしさが出ますね。説明が要らない。
月永 映画における酒や食の大事さって、案外そういうことなんじゃないかと。おいしいものを見せたいならグルメ番組でいい。登場人物がどうしてもこれを食べなければいけないとか、これを食べることでシーンの意味が生まれてくるというような。映画にとって重要なアイテムであるということは、「その人の人生や局面に関わってくるもの」だからこそと考えています。
――ビールが印象的な映画として挙げているのが『WANDA/ワンダ』(1970年 バーバラ・ローデン監督・主演作)ですね。
月永 泡の消えたぬるいビールをひたすら飲んでる女の人ってなんなんだろう……と、映画を観ているうち考えてしまう。飲むシーンを見ているとだんだん彼女の生きてきた境遇が想像できてくる。そんなシーンを重ねることで人物の生き方を表せるというのが衝撃的で、この映画について書きたいと思いました。
ワンダって、人によっては「なんでいつも流されるの」とイライラするかもしれない。そうとしか生きられない人をそのままに描くってすごいことだと思うし、彼女と泡の消えたビールがぴったりで。そんな風に人間を描く監督が好きなんです。
――飲み方や食べ方って、キャラクターや人間の越し方がすごく表れる。話は飛ぶようですが、飲食シーンが印象的な映画って、見直すとはっきりとは映ってないことが私はよくあるんです。「あの映画のあれ、おいしそうだったな」と思って見返したら、食べもの自体ほぼ映ってなかったり。頭の中で勝手に補足しちゃってるんですね。でもいい演出って私はそういうことだと思っていて。監督が見る者に細部まで想像させてしまう。
月永 この本の中にも「おつまみ映画」ってページを作りましたが、『魚影の群れ』(1983年 相米慎二監督作)の中で三遊亭圓楽(五代目)演じる元漁師が食堂でおいしそうに焼酎とラーメンを楽しむシーンがあると記憶していたけれど、見直したら食べてる姿は全然映らない。すっごくいい声で「焼酎1杯とラーメン!」って注文したのに、ラーメンはほとんど映らないし、食べもしない。それだけで私、ラーメンを勢いよく啜る音まで想像して覚えてたんですよ。
地元青森のレンタルビデオ店が与えてくれた渇望感
――そう思わせてくれるって、いいシーンですよね。月永さん自身はお酒好きなんですか。
月永 大学に入ってから覚えて、好きになっていきました。飲み会でつぶれることがあまりなく、友人から「強いね」って(笑)。当時はコアに映画を見るようになり、日仏学院とかアテネフランセでの上映会に通ううち顔見知りができて、彼らとも飲みに行くようになったんです。映画好きの人はストイックにひたすら映画だけ見ている人も多いけど、私の場合、自分が食べたり飲んだりが大好きだからか、友人にも食道楽が多くて、フランス映画を見た帰りには「やっぱりワインが飲みたいね」とか、小津や成瀬を見た後は「渋い居酒屋で日本酒を飲んでみたい」なんて自然となっていって。年上の友人たちから「この映画の後なら、こんな感じの店が合うよ」なんて教えてもらっていました。
――お生まれは青森県ですね。小さい頃から映画好きだったのですか。
月永 テレビで見た『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年 ロバート・ゼメキス監督作)にすごく夢中になってしまったんです。でもうちは「テレビを長く見るのはダメ、1時間だけ」と厳しくて。「こんなに面白いのに、続きはどうなるの!?」って(笑)。見られないから「見たい!」という欲望が強くなっていきましたね。
――しつけによって映画への思いが募っていった……!
月永 家に「名画100選」みたいな本があったんですよ。あらすじを読んでは「いつか絶対に見たい、どんな映画なんだろう」と想像するのが好きでした。中高時代にはおこづかいでレンタルビデオを借りたり、「シネマディクト」というミニシアターができたので見に行くようにもなったり。90年代終わりぐらいの頃ですね。浅野忠信さんが主演した『地雷を踏んだらサヨウナラ』(1999年 五十風匠監督作)とか、黒沢清監督の作品とか、日本映画でこんな面白い作品がいろいろ生まれているんだとワクワクしたのを思い出します。
――年代的にもいちばん吸収する頃。おこづかいはもうすべて映画に?
月永 そう……したいところですが、いっても青森なんでレンタル店にさほど映画がないんですよ(笑)。ヌーベルヴァーグとか見てみたいけど『勝手にしやがれ』(1960年)と『気狂いピエロ』(1965年 どちらもジャン=リュック・ゴダール監督作)しかない。渇望感がありました。
――その渇望感が上京してから、エネルギーになりませんでしたか。
月永 なりました。横浜国大に進学したんですが、渋谷まで出てよくユーロスペースやイメージフォーラムはじめ、ミニシアターに通っては映画を見ていました。
――大学でも映画を学んでいたそうですね。
月永 マルチメディア文化課程というのが当時ありまして、梅本洋一先生(映画評論家)の授業を受けていたんです。黒沢清監督や青山真治監督とも交流がある方で、監督が授業に来ることもあって。なかなか厳しい先生で、「蓮實重彦は当然読んでいますよね?」みたいなノリで(笑)。
――すごいなあ。実際、読まれていたんですか。
月永 言われてから慌てて本を買いました(笑)。ただ当時はまだ一般雑誌の映画評も充実している時代で、そういうところにも蓮實さんの映画評が載っていたので、気づいたら色々読んでいた気がします。次第に影響も受けましたし。
ゼミの先輩が映画同人誌を作っていたんですが、私も手伝うようになっていき、映画は「見て楽しむ」から「見て何かを書く」というほうに興味が移っていったんです。いろんな批評を読むうち、批評って自由なんだと思いましたが、「自分がどういうものを書きたいか」を掴めるまでには時間がかかりましたね。
映画の中の酒場に行くならどこへ?
――卒業して10年ほど出版社に勤められて、32歳になる2014年に退職されます。
月永 書きたい欲が出てきまして、その頃リトルプレスを作り出しました。友達と雑談しているとき、ふと「映画とお酒をからめたものを作ってみたい」なんて言ったんです。そしたら出資してくださるところが運良く決まり、『映画横丁』というのを作りまして。思った以上にいろんな方が読んでくださって、連載や取材のオファーが増えていったんです。
――独立されて今年でちょうど10年になるわけですね。話は尽きませんが、最後の質問を。ここに「映画の中の酒場へ行けるチケット」なんてのがあるとしたら、どの映画の、どんな酒場に行きたいでしょうか。
月永 迷いますね……(数十秒あって)、小津映画に出てくるトリスバーに行きたいです。
――『秋刀魚の味』(1962年)の、岸田今日子がママさんをやっているバーですか。
月永 はい、ボトルが整然と並んだ棚とか、ドアに貼られたトリスの切り抜きとか、全部がすごくお洒落に見えますよね。あそこへ行ってみたい。あとホン・サンスの映画に出てくる飲みの場はのぞいてみたいけど、踏み込みたくないような怖さもある。
フランス映画なら、ジャック・ロジエ監督の『メーヌ・オセアン』(1985年)に出てくる酒場がめちゃくちゃ楽しそう。いろんな人がバーでごっちゃになって飲み出すシーン、漁師が白ワインをビールコップみたいなのに注いで、手酌でガンガン飲むんです。映画の中で、ワインをコップで気軽に飲むシーンを見るのがすごく好きなんですよ。フランスでも本当に飲む人ってこうだよね、って(笑)。
おわりに
『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』の第2章ではりんごが、第3章では食物が軸となって、印象的な映画がつづられていく。りんごの章は、月永さんの出身地の青森県にある弘前中央青果のサイトに寄稿されていた、りんごが登場する映画のコラムをまとめられたものだ。
りんごや酒を手にする、あるいは何かを口に運ぶ主人公たちはあのシーンで何を思っていたのか――その思いを探らんとする月永さんの探求力、鑑賞力の高さ、逞しさみたいなものに読んでいてときに圧倒される。彼らの心の内を知りたいというのは、つまるところ彼らに魅せられ、惚れ込んだからに他ならない。だからこそ気の抜けたビールも、冷え切ってベトついた燗酒も、ペシャンコのアップルパイも、読むうちに登場人物の思いのシンボルのように思えて、まずそうなんて思えなくなり、愛おしくなり、切なくもなってくる。読み終えて、かくも映画が見たくなる本は久しぶりだった。
月永理絵(つきなが・りえ)
1982年青森県生まれ。映画ライター、編集者。『朝日新聞』『週刊文春』『CREA.web』などで映画評やコラムを連載中。映画コラム集『酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる』(春陽堂書店)が発売中。好きなお酒はワインと日本酒。
https://www.shunyodo.co.jp/shopdetail/000000000909/
白央篤司(はくおう・あつし)
1975年東京都生まれ。フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をメインテーマに執筆する。古い日本映画やサスペンス映画、フランス映画も愛好。近著に『のっけて食べる』(しらいのりこ氏との共著、文藝春秋)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)がある。好きなお酒は白ワインと日本酒。
文=白央篤司
撮影=平松市聖
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