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すべては一通の手紙から始まった——北欧を代表する陶芸家リサ・ラーソンが日本で愛された17年

CREA WEB / 2024年11月23日 11時0分

 日本でも人気が高いスウェーデンの陶芸家リサ・ラーソン。2024年3月11日に92歳でその生涯を閉じたが、亡くなる直前まで創作活動を続け、個性的で温かみのある作品は世代を超えて愛されてきた。その功績を振り返りながら、リサ・ラーソンの魅力を日本に広めた、ある2人の女性との知られざる物語に迫る。

≫【第2回】「生まれ変わったら日本人になりたい」。日本に心を寄せ続けたリサ・ラーソンが人生の最後に手がけた作品への想い


リサ・ラーソンの自宅に招かれたデザイナー佐々木さんと勝木さん。この2人が始めた文通がきっかけで、リサの作品は日本で長く愛されることになる。

言葉の壁を超えて信頼関係を築いた、リサ・ラーソンとの文通の日々


スウェーデンの陶芸家リサ・ラーソン。猫好きで、猫をモチーフにした作品も多く手掛けた。

 1931年にスウェーデンで生まれ、20代で陶芸家としてのキャリアをスタートしたリサ・ラーソン。日本では赤白の猫「マイキー」でその名を知ったという人も少なくないが、70歳を過ぎて日本で再び脚光を浴びるようになったのは、ある日本人女性との文通が始まりだったことはあまり知られていない。その女性とは、17年にわたりリサと共にものづくりに取り組んできた「トンカチ」のデザイナー・佐々木美香さんだ。


佐々木美香さん(左)と勝木悠香理さん。

「もともとトンカチはトイカメラを製造していた会社が前身で、アーティストに写真を撮ってもらう企画が持ち上がったとき、私が候補に挙げた一人がリサ・ラーソンでした。なぜリサだったかというと、彼女の作品に『アリを見ている子ども(好奇心)』という立体作品があって、屈んでアリを見ている子どもの姿がアリそのものに見える造形がとても斬新で、“こんなユニークな発想の持ち主が、写真を撮ったらどうなるだろう”という好奇心からでした。


佐々木さん、勝木さんが以前在籍していた会社「パワーショベル」が製作していたトイカメラ「ハリネズミ カメラ」。動物をモチーフにしたカメラが多数あった。リサもこのカメラを持っている。

 当時、リサの連絡先は人づてに聞いた住所しかわからず、半信半疑で手紙を出すことに。すると、しばらくしてリサ本人から返事が届いて、”私は陶芸家なのに、日本から写真を撮ってなんてオファーが来たわ!“と驚きながらも喜んでくれて。これがすべての始まりでした」(佐々木さん)

「写真を撮って」という依頼がいつの間にか「新作を作って」に…


佐々木さんに宛てたリサの手紙。

 リサにトイカメラを送ってからは、毎週のように手紙とファックスでやりとりを続け、親交を深めていったリサと佐々木さん。互いにイラストを駆使した文通は言葉の壁を越え、心の距離が近づくにつれ、クリエイターとしての佐々木さんの本能も呼び起された。


佐々木さんとリサ。リサのサマーハウスに宿泊させてもらったときの一枚。

「手紙を通じてリサの温かい人柄や旺盛な好奇心に触れ、一緒にものづくりをしたいという気持ちがふつふつと湧いてきました。本来、リサは動物の陶器作品を得意とする陶芸家で、ちょうどうちのトイカメラのモチーフがハリネズミだったことから、リサに“ハリネズミをつくってほしい”とお願いしてみたんです。

 その頃リサは75歳で、新作のオファーも少なくなっていたのでとても喜んでくれました。しかも、試作品もたくさん用意してくれて、どれもかわいくてひとつに絞れず、結果、『イギー』『ピギー』『パンキー』というハリネズミ3兄弟の作品が生まれました」(佐々木さん)


ハリネズミ3兄弟の“原型”。(写真提供:トンカチ)

トイカメラを片手に撮影するリサ。

3人のものづくりがスタート

 日本限定のオリジナル陶器作品として、2007年にまず「イギー」が発売されるとたちまち話題になり、発売直後に即完売という成果を収めた。その光景に衝撃を受けたのは、当時の営業担当で、現在はトンカチの代表である勝木悠香理さん。

「日本で置物というと、誰もが気軽に買うような存在ではなく、私自身も持っていなかったのですが、リサの置物は一目惚れをして買っていく人がほとんどで目からうろこでした。そのことをリサに伝えると、陶芸家として十分なキャリアを重ねてきたリサも“自分がつくったことがないものを創作する“ということに魅力を感じてくれて、オリジナルのものづくりがスタートしました」(勝木さん)


左から好奇心旺盛で活発な「イギー」、よそ見をしているおっとりのんびり屋な女の子「ピギー」、モヒカン頭でかっこつけの「パンキー」。ハリネズミ3兄弟 19,800円(単体価格)/トンカチストア

 同時に、「リサの作品はこんなに素敵なのに、ビンテージや陶器が好きな人たちにしか知られていないのがもったいない」という思いから、リサの名作をキーホルダーにすることを提案。形や大きさなど細部にこだわって商品化されると、学生の通学カバンで揺らめくキーホルダーを目にする機会が増え、リサ・ラーソンを知らなかった若い世代にもその名を広めていった。

日本で一番有名な北欧の猫「マイキー」はこうして誕生した


有名な「マイキー」の原型となったストラズーキャットを持つリサ。©LISA LARSON

 一緒にものづくりを進めて行く中で、初心に戻ったように創作に励み、アイデアが尽きることがなかったというリサ。2010年にはリサの提案により、グラフィックデザイナーである娘のヨハンナと初の共作となった絵本『BABY NUMBER BOOK』を出版。絵本のデザインは佐々木さんが担当し、当時まだ名前のなかったマイキーを表紙にすることに踏み切った。

「『BABY NUMBER BOOK』は、1から10までの数字と同じ数の動物たちが描かれている絵本で、リサが描いたスケッチの中に、のちのマイキーになる猫がいました。たくさんの動物がいる中でふてぶてしさが目を引き、“この子をスターにしよう”とひらめいたんです」(佐々木さん)


絵本『BABY NUMBER BOOK』の表紙に起用されたマイキー。まだこの頃は名前がなかった。

 出版後もしばらく名なしだった“ふてぶてしい猫”は、ある日、布にプリントされることになり、リサとリサの娘・ヨハンナと一緒にスウェーデンのファブリック工場へ向かった佐々木さんと勝木さん。そこで名前の話が持ち上がり、ヨハンナの思いつきで「マイキー」と命名された。一度見ると忘れられないインパクトがあるマイキーは、北欧デザインらしい洗練されたキャラクターとして、大人の女性たちからも支持を集めた。


工場で刷られたばかりの“ふてぶてしい猫”の布。この布をきっかけに、猫は「マイキー」と命名された。

 マイキーが一躍有名になったのは2014年。9月に松屋銀座で初となるリラ・ラーソン展が開催され、13日間で約7万人を動員する大成功を収めた。

「マイキーからリサを知った方は、展覧会を見て初めてリサが陶芸家だということを知ったというお声をたくさんいただきました。一方、リサのビンテージや陶器作品のファンだった方には、マイキーをはじめとする新しいキャラクターを知っていただけて、リサの活動を広く知ってもらういい機会になりました」(勝木さん)

***

「生まれ変わったら日本人になりたい」と言っていたリサ。日本への想いを明かした連載の第2回はこちらから。

トンカチ

https://tonkachi.co.jp/

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文=田辺千菊(Choki!)
撮影=深野未季、平松市聖(3ページ2枚目)
提供写真=トンカチ

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