「みんなと同じでいたいけど、違っていたい」『東大ファッション論集中講義』の著者が語るファッションの魅力
CREA WEB / 2024年10月26日 11時0分
東京大学文学部の特別講義がもとになった話題書『東大ファッション論集中講義』。著者の平芳裕子さんは、「浅い」と軽視されてきたファッションというものが、実は現代社会に深く関わっていると語ります。「教養としてのファッション」を学べる本書についてうかがいながら、毎日大量に流れてくるファッションの情報との付き合い方や、ファッションそのものをいかにして楽しむかについて、教えていただきました。
ファッションとデジタルメディアの関係
――『東大ファッション論集中講義』には、デジタルメディアが生まれ、隆盛になったことで、ファッションとメディアの関係が変わってきているというお話が出てきます。CREA WEBはファッションのトピックスも扱っているメディアなので、そのあたりのお話をまず詳しくお聞きしたいと思いました。
コロナの前からデジタルメディアへの移行は徐々に進んでいたと思うんですけれども、コロナ禍を経て、さらに急速なデジタル化が進みました。私の世代は「ファッションといえばファッション雑誌」という時代を過ごしましたけれど、今はそうではなくて、スマートフォンなどのデジタルデバイスで見ることのできる情報が優位にあります。
そうしたウェブでの情報公開が高まるにつれて、情報を出す方は早く最新の情報を出し、受け取る方ももっと新しい情報が欲しいと考える。より即時性が重視され、情報のスピードは加速度的に早まっています。ただし、そこで扱われている情報自体に大きな変化があったのかというと、実はそんなに変化していないのではないか?――というのが私の立場です。
昔はアイドル歌手や有名女優が人々の憧れの対象でしたが、今はインターネット上にいるインフルエンサー、あるいはインスタグラマーなどと呼ばれる人たちが、自分の才能とセンスでのし上がってきて情報を発信し、非常に人気ですよね。
でも、彼女たちが提示しているような「おしゃれ」「かっこいい」「可愛い」と言われるようなファッションや女性像自体は、昔と比べてそれほど大きく変化してないのではないかなと。
要するに、目がぱっちりしていて、小顔で、スリムな体つきで、でもバストとヒップはある程度あって、足が長くて……という理想とされる女性像は雑誌の時代も同じでしたし、20世紀だけではなく19世紀に遡っても、実のところ女性像自体にはそれほど大きな変化がない。情報を伝えるメディア自体は加速度的に変わってはいても、その中で扱われているイメージや情報に本質的な変化はないのではないか、ということをこの本の中でも述べています。
19世紀の女性ファッション誌にあった緩やかな双方向性
――従来の雑誌メディアとデジタルメディアとの大きな違いとして、情報発信の早さ、すなわち「即時性」とともに、情報を発信する側と受け取る側のやりとりが発生するという「双方向性」もあげられることが多いと思います。双方性という点については、デジタルメディアに特徴的なものといえるのでしょうか?
双方向性という観点で言うと、19世紀の女性ファッション誌にも実はありました。読者の通信欄というものがあって、読者が編集部宛に手紙を書いてファッションについて質問し、編集部が回答を書いていたんです。そういう緩やかな双方向性は存在していたんですよね。
雑誌は読者に買ってもらわなければならないものなので、読者の期待に応えるために、一方向ではなく、緩やかな双方向性をもとに読者の要望を編集者はすくい上げ、記事にして、読者の憧れるものを作って……というその関係性の中で雑誌ができ、流行が生まれていました。当時は雑誌を鉄道で運ぶといった物理的な移動が発生していたので、双方向と言ってもかなり時間はかかっていたと思うんですが。
――双方向性という特徴自体は、実ははるか昔から存在していたんですね。そうなると、やはり情報のスピードが一番大きな変化と言えるのかもしれません。そこに対応し続けるのは、情報を発信する側としてはなかなか大変なことですが……。
ある時期まではファッションショーの情報も、テレビや雑誌などの大手メディアが伝えてくれないと下々の者には届かないのが当たり前でした。けれども今はInstagramやYouTubeを使ってブランドが直接、しかもリアルタイムで消費者に語りかけるという、新しい情報の伝え方が生まれているんですよね。
じゃあその即時性では敵わない状況においてファッション雑誌は何を扱うかというと、編集の面白さとか、着眼点とか、新しさ。時間が多少かかっても価値のある特集を作る。それはそれで、やっぱり読者にとっては魅力的な部分もあると思います。時間の流れや時間の使い方が変わってきているので、それに応じたコンテンツを作成する必要があるという点では、少なからぬ影響や変化はあると思います。情報のスピードという軸だけで評価されないものも求められているのではないでしょうか。
服は単なるイメージではない
――逆に情報の受け手・消費者としての質問になりますが、毎日ネットに大量に流れてくる情報とどのように付き合うべきでしょうか。ぼんやりInstagramを見ていると、ファッションショーの動画や新商品の情報が次から次へと流れてきて圧倒され、自分の欲望、自分は何が好きなのかもわからなくなる気がします。
難しい質問ですね(笑)。でも、デジタルメディア上での体験というのは、手のひらに全ての世界が広がってるように錯覚するんですけれど、限界があると思うんですよね。
例えば、最近はバーチャルフィッティング(パソコンやスマートフォンなどのデバイスを使い擬似的に服などの試着を行うことができるサービス)といった技術もありますが、私たちは自分の体を持ち人間として毎日生きていて、実際の「物」としてのファッションを身につけている。WEARなどのアプリで検索してみたり、ZOZOTOWNでアイテムを購入することは簡単かもしれない。でも、やっぱりデジタルメディアの限界があって、服のテキスタイルの肌触りは触ってみないと、着てみないと分からないんです。
バーチャルフィッティングでは、本当にその服の着心地がいいかまではわからないですよね。実際に自分の目で見て、実物を見て、触って、着てみて、着ている自分を鏡で見る。その一連のリアルな体験があったほうが、生活も人生も豊かなものになるのではないかなと思います。
――ネット上にある情報がすべてであると思い込みがちですが、よく考えたら決してそうではない! これから肝に銘じたいと思います。
服は単なるイメージではなくて、大きさや重みがあるものです。実際に触れることによって、ファッションの豊かさをもっと広げてみてはどうでしょうか。
「限定商品」は人間の心理をついている
――流行に関する考察もとても共感しながら読みました。「みんなが持っているものを自分も欲しい」「人と同じでありたい」という同一化の願望と、一方で全く逆の「他人とは違っていたい」という差別化の欲望、両方を叶えたいというジレンマがあるという話です。服は単なる所有物ではなく、自分の身にまとうものだからこそ、このような複雑さが生まれるのかなと思いました。
もともとはジンメルという研究者の主張で、私のオリジナルの意見ではありませんが、この話をするとみなさんすごく共感してくださるんです(笑)。ファッションだけではなく、人間の生き方にはそういう面があると私は思うんですよね。
私たち人間はひとりでは生きられない。誰かと接して付き合いながら生活しなければ生きていけない。でも一方で「誰かと私を同じに考えてほしくない」「私はわたし」と感じている。ファッションはそれがすごくよくわかる事例です。
特に流行に敏感な人たちから、時代の空気を読み取って、「次はこれが来るだろう」というものを身につけたり、消費をしています。すると、彼女たちのお友達も「それ可愛い、私も欲しい」と言って、同じようなものを手に取る。和気あいあいと楽しいのだけれども、みんな同じものを持っていたらつまらないですよね。どこかで差別化したい。みんなと同じでいたいんだけれども、自分らしさをどこかで出したい。同じなんだけど違うというその難しい加減を、ファッションというものは微妙に実現してくれる。
「他者と差別化する」「同一化すると同時に差別化する」というのはファッションのシステムだと思います。例えば、ブランドはよく限定商品をいっぱい出しますよね。本当にあれは人間の心理をうまくついている(笑)。誰もが知っているブランドでも、自分らしさやセンスを示したい時に、限定商品はそれを叶えてくれるんです。
ファッション研究者が今注目するデザイナー
――本書では、平芳さんが注目されているブランドやデザイナーもいくつか紹介されています。今見ておくべきブランドやデザイナーについて、改めて教えてください。
海外だとイリス ヴァン へルペン。素材・テクノロジー・造形の3つにおいて新しい提案をしてくれるブランドです。3Dプリントを初期の頃から使っていて、造形表現やテクニックという観点で見ても面白いんです。日本でも見たいのですが、なかなか見る機会がない。ミュージアムピースとして展覧会にはよく出てくるんですけれど、日本のデザイナーにはない感覚ですね。
――日本のデザイナーで注目している方はいますか?
日本人のデザイナーで言うと、YUIMA NAKAZATOの中里唯馬さん。オートクチュールでも活躍されていて、針も糸も使わないのに体にフィットする洋服を作っている方。色彩の感覚や、造形的なセンスにおいても新しい試みをしている人です。
あとは、この本には取り上げなかったんですが、HATRA。男性、女性といったところにとらわれない、新しい服作りをしているブランドです。わざわざジェンダーフリーと押し出してる感じではないけれども、メンズでもレディースでも着られる肩肘張っていない感じも今の時代にとても合っていると思います。
デザイナーの長見佳祐さんが自分のファッションデザインの方法論を伝えるために本を出版したりもしているのですが、そんなふうに手のうちを人に見せるというのはファッションブランドとしては珍しい。自分の技術や方法を人には知らせたくないというのが旧来的なファッションブランドのあり方なので、そういった服づくりに対する態度も新しいと思います。
ファッションをコスプレのように楽しむ
――最後に、平芳さんは研究者である前にひとりの人間としても、当然毎日服を着られると思うのですが、日常におけるファッションとはどのようなものですか? 研究者という立場を忘れたとしても、ファッションは面白いと感じられるものでしょうか。
服って確かに日常的なものなんですけれど、非日常も演出してくれるもの。教壇に立ったりイベントに出て話す時は、ファッションの研究者だから、どんな服装で来るのだろうかと期待されることもある。そんな時は、ファッションの研究者であることをコスプレのように楽しんだり(笑)。
普段は普通に生活者であり、本を読んだり研究したりすることが多いので、作業着としては本当に楽な、着心地が良くてリラックスできるものがいいですね。ユニクロや無印良品ももちろん着ますし、大学では普通の先生っぽい格好をしていることもあります。
逆に、いわゆるデザイナーものを着ることもありますし、子供が小さかった頃は、「VERY」に出てくるような“お母様スタイル”をしていることもありました。「ファッションってめんどくさいな」っていう人もいるかもしれないですが、その時々のファッションによって演出できる自分を楽しんでほしいなと思います。
平芳裕子(ひらよし・ひろこ)
1972年、東京都生まれ。神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。専門は表象文化論、ファッション文化論。主な著作に『まなざしの装置――ファッションと近代アメリカ』(青土社)、『日本ファッションの一五〇年――明治から現代まで』(吉川弘文館)。
東大ファッション論集中講義
定価 990円(税込)
筑摩書房
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文=ライフスタイル出版部
撮影=佐藤 亘
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