入浴は“悪”だった…ヨーロッパの「風呂キャンセル時代」が300年も続いた理由〈マリー=アントワネットも苦悩〉
CREA WEB / 2024年11月18日 11時0分
入浴という行為が、悪の象徴だった国々と時代があった。「古代ローマ」から「風呂キャンセル」まで、美容の視点から、人類の清潔と不潔の歴史を読み解く。
極楽ローマ風呂は衰退…なぜ悍ましき不潔の時代へ向かったか
風呂文化を花開かせたのは、言うまでもなくローマ帝国。それこそ贅を尽くした巨大な公衆浴場はいわば一つの社交場。3,000人もの人を収容できる上に、既にサウナ的なものも。あらゆる娯楽から、ジムや図書館までと、現在のスーパー銭湯どころではない豊富な設備を整えて、利用者はそこで日がな一日過ごすという、成熟した文化を生み出していた。
大衆の心をつかむ政治的な戦略でもあったというから、それがローマ帝国とともに衰退するのは解るが、ヨーロッパ全土に広がっていた風呂文化が結局衰退し、わざわざ暗黒の不潔史に突入するのはなぜなのか?
ローマ風呂が混浴だった時代、必然的に風紀が乱れ、売春婦などが出入りするようになった。そのため、後期には男女別浴が増えるものの、社交場という役割からどうしても退廃的になっていく。
そもそもそうしたリスクを孕む公衆浴場それ自体を否定したのが、ローマ帝国崩壊後に力を増す“キリスト教会”だったのだ。
「入浴は邪悪なこと」「心が綺麗なら体が汚くても……」の教え
キリスト教は、裸になるのも湯に浸かるのも情欲につながるとみなし、公衆浴場を不道徳で不健全な場所として排斥する一方で、「体が不潔であるほどに魂は清らかで高潔となる」と説いた。入浴は虚栄心や俗心を示す邪悪な行為と。
中世初期のキリスト教徒たちは聖人の不潔さこそ「敬神の印」とし、全身どこも洗わず、着替えさえしないことを苦行と考えたため、とてつもなく不潔だったと言う。
また一般市民も、悪いものは入浴時に毛穴から入ってくると信じ、信仰の深さと不潔さが結びつけられていく。ペスト蔓延も「水が媒介になる」との狂気のデマから水を恐れ、さらに入浴は悪の温床になる。
結果、揺るぎない不潔の時代が始まり、途中、“十字軍の影響による入浴復活”など様々な変化はありながらも、結局19世紀までろくろく入浴しない歴史が続くのだ。
悪臭地獄に耐えられなかった、マリー=アントワネットの苦悩
意外なのは中世以降の多くの国で王侯貴族も一様に入浴はせず、時々体を拭くだけだったこと。フランス国王ですら生涯に数回しか風呂に入らなかったとされるが、彼らに自分が不潔だとの自覚はない。
なぜなら体は洗わないが、常に清潔な肌着を身につけること=清潔であると考えたから、一日何度も肌着は替える。清潔不潔の定義が全く違ったのだ。
しかも嗅覚とは不思議なもので、悪臭も嗅ぎ続ければ慣れていき、周りも臭けりゃ臭くない。だから日常生活に支障はきたさないのだ。ただそれを地獄と感じたのが、オーストリアから嫁いできたマリー=アントワネット。
母国では入浴の習慣があり、耐えきれずにベルサイユ宮殿でもひとり薔薇の花びらを浮かべる贅沢入浴を日課にしたと言う。処刑前、幽閉されたタンプル塔にもバスタブを持ち込んだとか。ただ自分だけ清潔でもそれはそれで地獄だと思うが。
いずれにせよ化粧やカツラ、香水がパリで発展したのも、貴族の汚れた肌や髪を覆い、悪臭を隠すためだったのだ。
「厚い垢が肌を守る」というトンデモ医学も
こうした入浴悪の考え方は、厚い垢が肌を守り毛穴を塞ぐことが悪疫を防ぐと言う“医者の推奨”が後押ししたわけだが、そんなトンデモ医学が否定されるのが19世紀。
皮膚も呼吸し、毛穴を塞ぐことが健康に反するとの真逆の事実が医学的に証明され、だから入浴は悪ではない、さあお風呂に入りましょうと今更のように提案されるのだが、悲しいかな人間は長年の習慣を簡単には変えられない。まずそういう環境にない上に、風呂のイメージがあまりに悪かったためだろう。
入浴習慣が始まるまでだいぶ時間がかかるのだが、皮肉にもその重要性を教えたのはユダヤ人。そもそもキリスト教が入浴を禁じたのも、体の穢れを問題視するユダヤ教への反発からで、伝統的に入浴習慣を持つユダヤ人が感染症にかからないのを見て、ようやく納得。
でも歴史上ここまで常識がひっくり返ることってあっただろうか。不潔が正しく清潔が悪、その間違いが正されるまで長い長い時間がかかったのは、信仰や風評が時にとてつもない被害をもたらす人間社会の怖さを象徴している。
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齋藤 薫 (さいとう かおる)
女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイストに。女性誌で多数のエッセイ連載を持つほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。CREAには1989年の創刊以来、常に寄稿している
文=齋藤 薫(美容ジャーナリスト)
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