【6年ぶり復活】「細身セクシー回帰もファンタジーブラは封印…」ヴィクトリアズ・シークレットが見せた“現実”
CREA WEB / 2024年10月20日 11時0分
セクシーモデル軍団でおなじみのヴィクトリアズ・シークレットが帰ってきた。BLACKPINKのリサら音楽スターを迎え、6年ぶりに名物ショーの中継が復活したのだ。多様性ブームによって凋落したと言われるこの下着ブランド、通称ヴィクシーは、30年以上にわたり女性の夢を反映してきた歴史も持っている。
「ファンタジー」を掲げるヴィクトリアズ・シークレットは、男性の夢として始まった。1970年代のアメリカで、ある男性が妻のために下着を買いに行くと、店員から怪訝な態度をとられて不愉快な気持ちになった。この体験から、夫婦で「男性客向けの女性ランジェリー店」を開店。架空の女店主ヴィクトリアによる娼館のようなコンセプトだったと言われている。
1980年代、小売業界の帝王レス・ウェクスナーに買収されると、女性客向けに全国展開が強化されていく。性的イメージが批判も集めたものの、ブランド側は「女性はセクシーなランジェリーに自信をもらう」と力説した。
意外にも、ヴィクトリアズ・シークレットは女性の夢として大ヒットした。それまで、アメリカの下着は、簡素なものばかりで、セクシーなものは高価か低品質だった。中間価格帯を突いたヴィクシーは「大衆向けおしゃれ下着」市場を切り拓き、カップを上げる「盛りブラ」等をヒットさせていったのだ。1990年代から2000年代にかけて、世の中でセクシー細身ブームが起きたこともプラスにはたらいた。
ヴィクシー人気ではずせないのが、2001年から全国放送された豪華絢爛なファッションショー。日本でも人気になったミランダ・カーなどの選抜モデルたちは、特別に「エンジェル」と呼ばれた。大きな羽根をつけて歩くのが恒例で、そのうち一人がダイヤモンドなどをちりばめた数億円級の「ファンタジーブラ」を着用したりする。こうした階級制のようなイメージは「エンジェル」を世界一のセクシー美女集団に見せた。色気と細身の両方を課せられるモデル側も「ショーの9日前から固形物を摂取しない」といったエピソードを明かしていき、尊敬を集めていった。
2010年代後半、一気に「時代遅れ」に
2010年代なかば、ヴィクトリアズ・シークレットはランジェリー店舗市場の半分を占めるまでになった。ジャスティン・ビーバーやテイラー・スウィフトといった人気歌手を呼び込んだショーも、同時期に1,000万人もの視聴者数を記録している。
しかし、2010年代後半に入ると、一気に「時代遅れ」になっていく。俗に言う多様性ブームが到来し、さまざまな体型を肯定するボディポジティブ機運も上がっていったのだ。これらは、ヴィクシーブランドと対極。人権と健康の意識も向上した結果、ショーを前にやせ細っていく「エンジェル」の健康を心配するファンも増えていった。
2018年には、ショーをしきっていた有名幹部エドワード・ラゼックが炎上を起こした。トランスジェンダーのキャスティング意思について問われると「我々の番組はファンタジーだから入れるべきでない」と返したのだ。「エンジェル」たちすら反発したこの騒動により、評判は悪化の一途をたどるようになる。
ビジネスとしては、需要の変化に乗り遅れたことが大きい。当時、女性たちのあいだでは、着心地重視の志向がひろまり、ノンワイヤーブラの人気が高まっていた。つまり、身体を締めつける「盛りブラ」とは反対の方向性だ。時流の変化を読んでいたヴィクシーの女性幹部たちの退社もつづいた。男性経営陣が、細身セクシー主義からの転換や商品の多様化を拒んだ結果と言われている。この間、多様性を打ち出していった新興ブランドが売上をのばしていった。
2018年、ヴィクトリアズ・シークレットの親会社の株価は3年間で70%下落した。ショーにしても、視聴者数が全盛期の3割に落ち込み、打ち切られた。
2019年、決定的なスキャンダルが発覚する。親会社のCEO兼会長であったウェクスナーとジェフリー・エプスタインの関係が報道されたのだ。エプスタインとは、政治家や王族に対して少女たちを強制売春させていた容疑をかけられ自殺した人物。1980年代から2000年代にかけてウェクスナーから大きな権限を与えられていたエプスタインは、ヴィクトリアズ・シークレットのキャスティング担当だと吹聴し、未成年をふくめた女性たちを屋敷に集めていたという。彼に対する最初期の性暴行の訴えの記録は、1996年、ヴィクシーの仕事として呼び寄せられたモデルが提出したものであった。
「現実」を感じさせた規模感
かつて女性の夢の象徴であったヴィクトリアズ・シークレットは、多様性の逆行とみなされるばかりか、性加害と結びつけられるまでになってしまった。
最終的に、ファンタジーを終わらせたのは「エンジェル」たちだった。エプスタインと親交があった前出幹部ラゼックの性的ハラスメントが告発されたのだ。10代モデルへの執拗なつきまとい、楽屋での股間接触のほか、女性社員への加害も訴えられていった。投資家たちが圧力をかけた結果、ラゼックは2019年に退社、ウェクスナーは2020年にCEOを辞任している。
再編を経たヴィクトリアズ・シークレット復活の舞台こそ、このたびのショーなのだ。凋落期から一転、ふたたび時代が味方についた面もある。米国ファッション業界は、多様性ブームがひと段落ついて「Y2K」細身セクシーブーム真っただ中。ヴィクシーも、ノスタルジーの一環として再注目されるようになっていた。
新たに打ち出されたブランドメッセージは、女性主導の「ファンタジーと現実」。ショーにおいても、セクシーさが維持されながら、プラスサイズやトランスジェンダーのモデルも登場し、日本人の美佳など非白人も増えていた。
なにより「現実」を感じさせたのは、規模感かもしれない。かつてのショーは美術も衣装もゴージャスだったが、今回のランウェイは一般的な滑走路。光り輝く「ファンタジーブラ」は見られず、モデルの着用下着はすべて市販品であった。
生まれ変わったヴィクトリアズ・シークレットは、ファンタジーとして復活できるだろうか? それは、世の女性たちが決めるのだろう。
文=辰巳JUNK
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