「玉三郎のおじさまの言葉で印象深かったのは…」“令和の光源氏”市川染五郎の“人生最大の緊張”
CREA WEB / 2024年10月24日 11時0分
歌舞伎座「錦秋十月大歌舞伎」夜の部で上演中の『源氏物語』で、光源氏を演じて観客を魅了している市川染五郎さん。染五郎さんは美的センスあふれる姿でも知られる存在ですが、近年は幅広い役に取り組み歌舞伎俳優としてさまざまな表情を見せています。上演中の舞台の様子とともに近況をお届けします。
優美な貴公子ぶりで令和の光源氏誕生!
坂東玉三郎さんの監修で上演されている『源氏物語 六条御息所の巻』は光源氏の年上の恋人・六条御息所と正妻である葵の上のエピソードを描いた物語。幕が開くと平安絵巻の世界がスタイリッシュな舞台となって立ちあらわれ、客席にその雅な雰囲気が存分に浸透したところでいよいよ染五郎さんの登場となりました。立ち姿の美しさといい優雅な物腰といい、期待通りの貴公子ぶりです。
「玉三郎のおじさまにおっしゃっていただいたことで一番印象深かったのは、平安時代の貴族は日常の生活の中にも様式がある、という言葉です。座った状態から立つというような、ごく普通の動作においてもそれは言えることで、意識してやっているかのように見えてしまうとぎこちなくて美しくない。お客様にタイムスリップしていただくためには、その時代なりの普段の生活をごく自然に演じられるようでなければいけない……。これはどんな芝居にも言えることだと思いました」(染五郎さん・以下同)
その名の通り“光り輝く君”として描かれている人物に対しては、どのような思いを抱いているのでしょうか。
「たくさんの女性に好かれる人物ですが、それは男としてだけでなく人を惹きつける魅力があるということなのだと思います。玉三郎のおじさまのご指導のもと平安時代を生きる、そのような人物として見えるように、セリフの間やテンポに気をつけてゆっくりとおおらかに語尾まできっちり言うようにしています」
世界最古の長編恋愛小説といわれる「源氏物語」は、世界各国に翻訳されさまざまなコンテンツが生まれ、歌舞伎でもたびたび取り上げられてきました。日本の文化の中で育まれた美しい所作を身につけ優美な姿を体現してくれている染五郎さんが、令和の光源氏としてこの後も観客の目を楽しませてくれるであろうとことは必至。これはその第一歩となる舞台です。
震えが止まらなかった12歳の義経
歴史上に実在した人物がどうであったかはともかく、歌舞伎の中で確立した貴公子の役に源義経があります。兄・頼朝に追われ落ち延びていく義経一行の安宅の関での危機と弁慶の活躍を描いた『勧進帳』は人気演目で、染五郎さんが『勧進帳』の義経を歌舞伎座で初めて勤めたのは12歳の時。2018年の「高麗屋三代襲名披露」でのことでした。
「当時の年齢で勤めさせていただくような役ではありませんからプレッシャーはものすごく、人生最大の緊張を味わいました。初日に花道から出る直前は震えが止まらず、今思い出すだけでもゾクゾクします」
変声期にさしかかっていたため発声がままならず技術的にも苦しみながらの日々でしたが、清楚な気品で鮮烈な印象を残したのでした。その義経を6年ぶりに勤めたのは先月の「秀山祭九月大歌舞伎」。初演時の歌舞伎座と同年に行われた南座での襲名披露に続く3度目の義経で、その過程では義経を警護する四天王のひとり片岡八郎も経験し、「守る側と守られる側の違い」も実感しました。
「同じ歌舞伎座という場所で12歳のあの時と同じ景色を見ていると思うと感慨深く、義経に挑戦できたことはとてもありがたく嬉しかったです。その間にいろいろな役を経験させていただき、声の音域も少しずつ広がって来ました。また今回は能の『安宅』がもととなっている作品であることも意識しました。その上で歌舞伎として勤めるにあたって柔らかさの中にも一行を引き連れたリーダーとしての強さが出せるように心がけました」
歌舞伎にとっても高麗屋にとっても『勧進帳』は大切な演目。そして代々が当り役にして来た弁慶は染五郎さんが何より憧れている役です。その夢がいつかかなう日に向かって、一つひとつの経験を糧に『勧進帳』という作品そのものへの理解を深めつつあるようです。
そして染五郎さんにはもうひとつ大きな夢、憧れの役がありました。過去形で記したのは今年2月、博多座でついにそれが実現したからです。
憧れの人間豹で発揮した身体能力
2024年2月、博多座で上演された『江戸宵闇妖鉤爪(えどのやみあやしのかぎづめ) 明智小五郎と人間豹』は江戸川乱歩の「人間豹」を原作とする作品。父である松本幸四郎さんの企画によって2008年に初演された舞台にアレンジを加えての上演でした。
「3歳の時に祖父(松本白鸚)と父(松本幸四郎)が初演した舞台を覚えています。舞台稽古だったのだと思いますが、最後に父が宙乗りで飛んでいく姿を目の前で見て興奮しました。降りしきる雪の紙を集めて持ち帰り家でばらまいて遊んでいました。(松本金太郎としての)初舞台の前の年のことで、この役を演じることは歌舞伎俳優としてスタートする以前からの憧れでした」
人ならざる存在である人間豹と名探偵・明智小五郎の対決が描かれた物語で、幸四郎さんから染五郎さんへと受け継がれたのは人間豹である恩田乱学と恋人を恩田に殺され物語の発端を担う御家人・神谷芳之助の2役。幸四郎さんは初演時に白鸚さんが演じた明智役です。
「本当に嬉しくて夢のようでした。その一言に尽きます」
喜んだのは観客も同じです。『勧進帳』や『源氏物語』で見せた風情とはまるで対照的、獣の性質を持つ恐るべき恩田では独自に工夫した動きを取り入れて縦横無尽に劇場を駆け抜けたのです。千穐楽には劇場スタッフお手製の“満員御礼ステッカー”が入場者に配られ大盛況となったのでした。
「大阪での再演から13年、この作品を知らない方はたくさんいらっしゃいます。もうひとつの演目『鵜の殿様』は父が舞踊会で見つけた作品で、歌舞伎公演ではこの時の博多座が初演でした。二演目とも実際に観て見なければ面白いという保証がない状況、果たしてお客様にいらしていただけるだろうかという思いがあった中、いい結果が出せて本当にうれしかったです」
そして『鵜の殿様』ではかつてない感動も味わうことに。
小学生が喜ぶ姿に涙! 新たな夢に向かって
「上演中にすっごく楽しそうに舞台に夢中になっている小学生が目に入ったんです。聞いたところによるとそのお子さんにとっては初めて観る歌舞伎だったそうで、人生初の歌舞伎体験でこんなに喜んでもらえるんだ!と思ったらもう泣きそうでした」
染五郎さんが演じたのはコンプライアンス的に問題のある大名。それゆえに使用人である太郎冠者に仕返しをされてしまうのですが、ここでも並外れた身体能力を発揮。ファッション誌などで見せているクールでスタイリッシュな染五郎さんと同一人物とは思えない弾けぶりで客席は笑いの渦に包まれました。
「何回も繰り返してやりたい演目です。父と配役を逆にしても面白いでしょうし。回数を重ねて歌舞伎の古典にしたい。こうした作品をどんどん掘り起こしたいと思っています」
高麗屋の、そして歌舞伎の財産がまたひとつ増え、早くも8月に歌舞伎座で再演されたのでした。
表現者としての幅を広げながら次々と夢をかなえている染五郎さん。
「ありがたいことに次々とチャンスをいただき、ひとつ終わってから次の役に取りかかるのでは間に合わない状態が続いています。どこまでアクセル踏み続ければいいのだろうと思うこともありますが、いろいろな役、人物について考え続けられるというのはすごく幸せなこと。新しいことに踏み出すのは不安もありますが、この頃はわくわくの方が大きくなってきました。できてもできなくてもやるしかない。それならば楽しんだほうがいい。そう思えるようになってきました」
次なる挑戦は新橋演舞場と博多座で上演される歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』。幸四郎さんが主人公・ライを演じて2007年に新橋演舞場で初演された作品の歌舞伎化です。
「劇団☆新感線の中でもダントツに好きな作品で父のライと同じ舞台に立てる!というのがまず何よりうれしいですし、(脚本の)中島かずきさんの(演出の)いのうえひでのりさんが創り出すあの世界に自分が入れるのかと思うとわくわくします」
いつか自分もライを! という夢を胸に、染五郎さんが演じるのはライと密接にかかわるシュテン。またひとつ大きな夢に向かって運命が動き始めました。
文=清水まり
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