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「ここはムーミン谷だ!」発達障害当事者の文学者が語る“なぜムーミンパパには放浪癖があるのか”

CREA WEB / 2024年10月29日 11時0分

 バラバラの個性を持ったニューロマイノリティ(自閉スペクトラムの特性を持った人を“脳の少数派”と位置付ける、ニューロダイバーシティの考え方)が集まる自助グループに参加したとき、「ここはムーミン谷だ!」と驚いたと、横道誠さんは語る。横道さんは文学研究者であり、40歳のときに自閉スペクトラム症および、注意欠如多動症を併発しているという診断を受けた。

 横道さんが、「ムーミン・シリーズは自閉スペクトラム症との相性がとても良い」「作者のトーベ・ヤンソンがニューロマイノリティだったのではないか」という仮説のもとにムーミン・シリーズを読み解き、当事者批評を行った『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』より、一部を抜粋して紹介する。


大小の対比の理由

 ムーミン・シリーズ第1作『小さなトロールと大きな洪水』(Småtrollen och den stora översvämningen)は、むしろシリーズ第0号作品と呼ぶべきものです。というのも本作は1945年に刊行されたのち、1991年まで再刊されることなく、実質的な「封印」状態にあったからです。ほかのシリーズ初期作品が何度も改訂されて、刊行されつづけたのとは対照的です。

 トーベが晩年に至って、ムーミン・シリーズの評価もすっかり定まったあとで、ようやく封印が解かれた「未熟」な印象の作品です。日本では1992年に翻訳書が刊行され、本書で使っている版では「ムーミン全集[新版]9」(最終巻)として収録されています。


横道誠さん(本人提供)

 内容としては、姿を消したムーミンパパをムーミンママとムーミントロールが捜索するというものになっています。ムーミントロールがトーベの、ムーミンパパがファッファン(※編集部注 トーベの父の愛称)の、ムーミンママがハム(※トーベの母の愛称)の分身だろうことは容易に想像がつきます。トーベは序文で「本のタイトルは、頭をひねったあげく、『グラント船長を探す子供たち』にならって、『パパを探すムーミントロール』とでもしたかった」と書いています(『洪水』p.5)。

 ここで『グラント船長を探す子供たち』と呼ばれている作品とは、幼少期のトーベが愛読したジュール・ヴェルヌの『グラント船長の子供たち』です。途中で「小さな生きもの」が旅仲間として合流しますが、このキャラクターはのちの作品では「スニフ」と名づけられるキャラクターです。ムーミンママは語ります。

「パパはいつでもどこかへ行きたいと思っていたの。ストーブからストーブへと転々とね。どこにいても気に入らなくて。ある日、どこかへ消えてしまった。あの小さな放浪者、ニョロニョロたちといっしょに旅に出てしまったのよ」(『洪水』p.23)

「ストーブからストーブへと」という表現から、ムーミン・シリーズのキャラクターがとても小さい存在だということが示唆されています。書名も『小さなトロールと大きな洪水』ですから、主人公たちの小ささと、彼らと自然災害の大きさが印象的に対比されているわけです。森のなかをさまよう一行の様子も、ヘビに出くわす場面も、巨大なヘムレンさん(『洪水』ではヘムル)が描かれる場面も、大小の対比が鮮やかです。

 私としては、このような作品世界は、一方では第二次世界大戦という人類史上最大級の災厄をくぐりぬけたトーベが、人間界の運命に対して寄る辺ない感情を覚えていたということに、他方では、自覚のないままニューロマイノリティとして不安定に生きていたことに関係しているのではないかと想像してしまいます。

注意欠如多動症とムーミンパパの放浪癖

 ムーミンパパの放浪癖は、シリーズ全体をとおして何度も強調されています。じつは自閉スペクトラム症には、不注意、多動、衝動性などを特徴とする注意欠如多動症(ADHD)がしばしば併発します。そして注意欠如多動症の人にはしばしば放浪癖が付随します。

 ムーミン・シリーズのキャラクターでは、先ほどの引用で名前が出ていたニョロニョロのほか、スナフキンにも放浪癖があります。ヘルシンキとフィンランドの島々を行き来しながら人生を送り、よく海外旅行にも出かけたトーベ自身にもその傾向があったかもしれませんね。


横道 誠さん。

 作中にはボーイ・ミーツ・ガールの物語が挿入されています。赤いチューリップのなかに住んでいる輝く青い髪の少女チューリッパが旅の仲間に加わるのですが、野原の真ん中にある塔に住んでいる赤い髪の少年と恋に落ち、一行から離脱します。

 トーベは「序文」で「コローディ(青い髪の少女)」について言及していますから、チューリッパはカルロ・コッローディが書いた『ピノッキオの冒険』に登場する「青い髪を持った少女」にインスピレーションを得たことがわかります(『洪水』p.5、コッローディ 2016: 91)。この少女はディズニーアニメの『ピノキオ』では、「ブルーフェアリー」(青いドレスを着た金髪の妖精)に姿を変えています。

 また花のなかから姿を表すさまは、アンデルセン童話の『おやゆびひめ』を連想させます。全裸の絵が描かれているのは、バイセクシャルだったトーベらしい演出かもしれません。『小さなトロールと大きな洪水』で描かれたボーイ・ミーツ・ガールの物語は、シリーズののちの作品で何度も変奏されます。多くのニューロマイノリティが同じことを何度も話題にしたがるのと同様に。

 ここで、ちょっとした余談を披露しておきましょう。『小さなトロールと大きな洪水』が刊行された1945年、スウェーデンではアストリッド・リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』が刊行されました。スウェーデン語の児童文学として画期的なシリーズが同年にふたつも始まったのですね。

 1969年から1972年にかけて、中断を挟みつつ昭和版のムーミンが放映されていましたが、このアニメ版は大胆なアレンジを導入していたために、トーベの不興を買ってしまいました。1971年には『長くつ下のピッピ』をアニメにする計画が高畑勲、宮崎駿、小田部羊一らによって始まりましたが、リンドグレーンは『ムーミン』の状況を知っていたかどうかわかりませんけれども、日本人によるアニメ化を許可しませんでした(高畑ほか 2014: 2)。

『長くつ下のピッピ』が頓挫して高畑、宮崎、小田部たちが作ったのが、日本のアニメ史上でも画期的な意味を有する─日本アニメの世界的な成功の端緒として、またジブリアニメの先駆として重要な─『アルプスの少女ハイジ』でした。この作品は、昭和版ムーミンと同じく「カルピスまんが劇場」の枠組みで放映されました。

文=横道 誠

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