「聞いてもらえるまで20年かかった」女性プロデューサーが語る、テレビでハラスメントが起きる理由
CREA WEB / 2024年11月7日 17時0分
配信プラットフォームが活況を呈し、テレビの観られ方が大幅に変わりつつある今、番組のつくり方にもこれまでとは違う潮流が勃興しています。その変化の中で女性ディレクター/プロデューサーは、どのような矜持を持って自分が面白いと思うものを生み出しているのか。その仕事論やテレビ愛を聞く連載です。
今回は、『世界ウルルン滞在記』『Wの悲喜劇~日本一過激なオンナのニュース~』などの番組を手がけ、『Wの悲喜劇』内の企画「今だからこそメディア業界のセクハラ問題を考えようSP」に当事者として出演しテレビ業界におけるハラスメントについて語った、制作会社「テレビマンユニオン」所属のプロデューサー・津田 環さんにお話を伺いました。(前後篇の後篇/前篇を読む)
業界のハラスメントについて、当事者として発信
――2018年5月に、津田さんが手掛けられていた『Wの悲喜劇~日本一過激なオンナのニュース~』(Abema)で「今だからこそメディア業界のセクハラ問題を考えようSP」という企画が配信されました。津田さんも出演され、ご自身が若手の頃に受けてきたセクハラ・パワハラについて語られました。ただ、所属されている会社からは出演を反対されたそうですね。その結果、仮面をつけて仮名での出演になった、と。
そうそう、あれは失礼な話でしたね。「仮面をつけて出ろ」って、納得いきませんでした。うちの会社も結局、テレビマンの会社ですからね。みんな、昔やっていたことを掘り起こされたくないんです。
仮にハラスメントが起きた番組名や、ハラスメントをした個人名を出さずに話したとしても、今はちょっと調べればわかることが多いから、「この会社、そんなことやってたんだ」と言われたくないってことでしょう。でも、そんなことのために、被害に遭ったという事実を言わないってことはないですよね。
社内に限らず、テレビ業界はハラスメントが横行していました。私よりもっとひどい目に遭っている人もいっぱいいる。そのことについて、表立って発言する人は少ないんですけどね。
――津田さんがテレビ業界に入られた頃は、今よりもっと女性の制作者が少なかったと思います。セクハラもパワハラも常態化している中で、女性たちの間ではそうした情報は共有されていたんでしょうか。
されていました。「今タクシーの中でおっぱい触られて……」って泣きながら電話がかかってきたり、「◯◯のPはいつもお尻触ってくるから気を付けて」って聞いたり、そんなのはもう日常茶飯事。
――ですが、おっしゃる通り、そうした話が女性のテレビ制作者の口から語られる機会は今でも少ないですよね。もちろん、向き合うのがつらいことだからというのはあるとして。
そこはすごく難しいんですよ。そういうことがあったと認めてしまうと、自分がやってきたことを否定された気になってしまうんだと思います。「“女子ボーナス”みたいなものがあったから私は今、このポジションにつけているんだ」と自分を捉えることにつながってしまったり。
――それはつまり、キャリアを積んだ今になってセクハラを受けた過去を公表すると、「女だから、セクハラを受け入れたことで上に行けたんだろう」と思われてしまうから言えない、ということでしょうか。
そういう偏見はあると思います。もしかしたら、自分自身でそう感じてしまっている人もいるかもしれない。でも、本当はみんな、性別に関係なく自分の能力をきちんと評価してほしかったという気持ちはあるだろうし、むしろハラスメントに遭うことがなかったら、もっと良い仕事ができていたであろうこともわかっていると思う。みんな優秀だったから。
あとは、当時そこで戦わなかった自分を責められたら……という気持ちもあるのかもしれない。
――自分自身や、同じ道を歩く後輩のために戦わなかったことを。
そうなんじゃないかなと私は思ってます。だから「もっとみんな言いなよ」とはあんまり言えないんですよ。「あのとき言わなかったお前が悪い」と言っているみたいになっちゃう。言えない気持ちもわかるから、しょうがないですよね。
『Wの悲喜劇』に出た後、女性のプロデューサーやディレクターからは嫌な顔をされることもありましたが、彼女たちもつらいと思いますよ。心の中に何もないとは思わない。
だから、「てめぇ、余計なことするなよ」って私に思っているかもしれない女性のためにも戦おうと思ってるんです。だって、彼女たちがいつかこの仕事を引退して死ぬ間際に「あのとき、男たちに変な嫌がらせをされなかったら、もっと良い番組を作れたかもしれない」って思うかもしれないから。なので、私は諦めないですね。
なぜテレビ業界でハラスメントが起きるのか
――「女にテレビは作れない」と性差別をして、女性にとって働くのが厳しい環境にしておきながら、「女だから得したんだろう」と“女子ボーナス”があると思っているというのは男性側に矛盾がありますよね。
多分、男性たちには「自分たちは頑張って働いてるのに、お前らは楽してる」って感覚があるんだと思います。それも深いことではなくて、「こっちは夜遅くまで大変な仕事をしているのに、女はチヤホヤされて『もう帰っていいよ』とか言われやがって」みたいなレベルのことなんですよ、多分。女というだけでそう思われるハンデがあるんだってことは未だに感じます。「なんでそんなに女が嫌いなの?」と思いますね。
そもそも、この業界は競争意識が強すぎるんです。それはすごく問題だと思いますね。視聴率を獲ることや企画が通ることが“実力”の証だとみんな考えていて、そこで切磋琢磨してるつもりになっている。企画が通るかなんてわりと運次第だし、「あんまり気にするなよ」って私は思うんだけど、それが「テレビを作るクリエイターとしての才能」みたいな評価につながっちゃう。
「結果出せよ」って言葉もよく出てきますね。「◯◯賞を獲りました」「企画が通りました」とか、“結果”がないと声を聞いてもらえない。
――そうなると、何か異を唱えたいことがあっても「結果を出していない自分が言える立場じゃない」と思ってしまうこともありそうですね。
そうなんです。これは私が女性だからじゃなくて、男同士でもそう。その中に女性という異分子が入り込んできたら、当たりが余計にキツくなるっていうだけで。
だから男同士でもハラスメントは存在します。私、男の人から相談受けますもん。「僕、若い子にどうしても怒っちゃうんです。どうしたら怒らずに仕事できるんでしょうか」って泣きながら言われたことがあって。「私に言うなよ」って感じですよ。
――『Wの悲喜劇』に出演されてセクハラやパワハラについて積極的に発信されるようになって、会社内では変化はありましたか?
全然ですよ!(笑)
――プロデューサーとしてキャリアも積まれているわけで、会社を辞めてフリーランスになる選択肢は考えなかったのでしょうか。
ありましたよ。だけど、悔しいじゃないですか。悪いことをしたわけでもないのに、なんで私のほうが辞めなきゃいけないのか。
それに、辞めるのはいつでもできるんで、おじさんと張り合える力がついたんだったら、おじさんに勝つまで会社にいてやろう、って今は思ってます。こういう勝負って本当に時間がかかるんです。「女にテレビは作れない」って言われて「そんなことありません」って対等に言えるようになるまで20年もかかっちゃった。バカみたいですよね。
でも、この勝負をするために私はこの会社に入ったかもしれないと思うところもあるんです。だから、やれるところまでやろうかな、って。
ハラスメントが起きないよう、現場で工夫していること
――津田さん自身は今、プロデューサーとして現場でハラスメントが起きないようにどんな工夫をされているんでしょう?
あまり長い間、固定のスタッフで一つの番組を回さないようにしています。バラエティ番組は、作って放送さえしてしまえば、座組を変えられるんですよ。現場で相性が悪い相手がいても、「あと◯日で、このチームでの仕事は終わり」と思えば耐えられるところもありますよね。
――バラエティの現場は通常、ある程度固定のメンバーで回すことが多いですよね?
多いです。どういうふうにテロップを入れるか、ナレーションの人にどう原稿を読んでもらうかとか、番組ごとに決まり事がいろいろあるんですよ。それに慣れたスタッフが集まっているほうが、話が早くて楽です。だけど人間関係は慣れ親しんでしまうと悪い面も出てくるから、シャッフルしないとダメなんですよ。
――つまりその分、作業としては大変になるということでは。
本当にそう(笑)。でも解決策としてはこれなんです。タレントさんのキャスティングでは毎回その作業をやっているんだから、なんでスタッフィングでもできないの? って話なので。
――テレビ業界でハラスメントが起きやすい要因として、構造的な問題もあると思います。テレビ局と制作会社のパワーバランスだったり、フリーランスや非正規雇用で働く人の多さだったり、権力勾配が大きくなりやすい労働環境ですよね。
めちゃくちゃそうですね。制作会社は奴隷です(笑)。みんなが観ているコンテンツの背景には、そういう構造が縦糸として存在しています。
――これは是正可能なものなんでしょうか。
どうかな……可能だとは思うけど……。今、テレビ局は広告収入が減って業績が落ち込んでいますよね。このまま力がどんどん弱くなっていったら、そこも変わるかもしれません。
――だとすると、まだ時間がかかりそうですね。
10年いただければ、いけるんじゃないかな。
――なぜ10年?
世代交代が進むから。いや、意外とそれに尽きるんですよ。下の世代の人たちは「時代に合わせてやっていこうよ」みたいな気持ちになってきていると思います。
テレビ局に入る人ってやんごとないから、優しいし日和見なんですよ。「戦ってまで変えるのはちょっと……」って思ってる。だから上の人たちが辞めたら、日和見が良いほうに働いて自然と変わると思います。あとはAmazonやNetflixのような外の存在がもっとゴリゴリ来てくれたら、変わらざるを得ないでしょうね。
私の肌感覚では、そういうふうにしか変化は起こらないと思います。だけど、その中にあってもちゃんと届けるべき番組を届けたいですね。そのためにテレビ局の中でもちゃんと話せる人を見つけることは、諦めちゃいけないなと思ってます。
津田 環
テレビマンユニオン所属。AbemaTVNewsチャンネル「Wの悲喜劇」プロデューサー。「オオカミくんには騙されない」初代プロデューサー、「世界ウルルン滞在記」など海外取材の制作も多数。
文=斎藤 岬
写真=杉山拓也
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