「“辛い体験のおかげで強くなれた”って、ムカつくんですよ」寺地はるなが『雫』で描いた“怖がらなくてもいい”未来
CREA WEB / 2024年11月6日 11時0分
作家・寺地はるなさんの書き下ろし長編小説『雫』では、リフォームジュエリーのデザイナーを務める永瀬珠、「ジュエリータカミネ」の社長・高峰能見、「かに印刷」で働く森侑、地金加工の「コマ工房」で働く木下しずくの30年間に及ぶ物語を描いています。
中学での出会いから、親子の別れ、就職、パワハラ、結婚、離婚など、人生の節目を迎える度に寄り添う4人の友情が、宝石のように美しく輝く一作。寺地さんに、登場人物に込めた思いやご自身の創作活動について伺いました。
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仕事で辛かった体験をポジティブに捉えたくない
――『雫』の登場人物は、頑固だったり、プライドが高かったり、協調性に欠けていたり、個性豊かですね。寺地さんが気に入っている登場人物は誰ですか?
寺地 気に入っているというより、気を付けて書いたのは森くんですね。彼は物分かりが良すぎて、進行上で必要なセリフを言いがちなんです。都合よく使えてしまうから注意して書きました。
――森くんは新卒で入社した会社でパワハラを受け、どんどん痩せていきます。読者としては辛い描写ですが、会社での環境に共感する方も多そうです。
寺地 私自身も10年以上前、会計事務所に勤めていた頃に仕事で辛い経験をしたことがあります。わりとしんどかったですけど、「その体験があったからこそ強くなれた」みたいな感じには落とし込みたくなくて。私としては当時の出来事を「7年間も我慢して、無駄な時間だった」と捉えているから。
――しかし世間では、辛かった環境をポジティブに捉えがちですよね。「あの頃があるから、今の自分がいる」とか。
寺地 その考え方は、辛い状況に感謝する形になる気がして、ムカつくんですよ。私は、ただ「無駄という経験をしました」でいいのかなと思っています。
もちろん「無駄じゃなかった」と思いたい気持ちもすごくよくわかります。でもそうすると職場で辛い思いをしている人に、「今はしんどいかもしれないけど、やがてあなたの糧になるよ」と我慢させてしまうんじゃないのかと不安で……。
――寺地さんは、そういうことを言わないタイプなんですか?
寺地 言わないですね。「辞めちゃおう、辞めちゃおう。次行こう、次!」って言うタイプです。
実際には、「頑張ろうよ」と言うタイプと、「辞めたらええやん」と無責任に言う人がいて、どうするかは本人が決めることだとは思いますけどね。
一本筋が通った生き方も、それ以外の生き方も
――登場人物のうち、しずくは中学生の頃から職人の世界に足を踏み入れます。ああいう一本筋が通った生き方は寺地さんの作品にたびたび登場する印象があるんですが、意識して入れているんですか?
寺地 私の周りにも、しずくのような生き方をしている友達がいます。10代で決めた仕事を今でも続けていて、やっぱりすごいなって感心します。私はそういう感じの生き方じゃなかったから。
でもそれがベストだと決めつけなくてもいい、とも思っています。「そういう生き方もいいね」と、1つの形として作品に入れたいとは思いますけど、唯一の正解として描くつもりはありません。
――では、書き進める中で、予想外の動きをした登場人物はいますか?
寺地 主人公の永瀬はもう少し内向的というか、あまり好きな言い方ではないですけど、こじらせているところがあると思っていたんです。でも結果的に元気で素直な人になりましたね。
書きながら「あれ、この人はあまりこういう感じじゃないんだな」と思うことってよくあるんです。私が考えている物語だから私の自由にできるかというと、そうでもない。すでに登場人物の性格があるんです。それを私が見つけなきゃいけない。それはもう書かないとわからないので、書く。そのうち出てきたら、原稿を振り返ってそっちに寄せて書き直す。なんなら、話自体を変えてしまうことすらあります。
小説を書くのが楽しいから続けられる
――寺地さんご自身についても伺っていきたいです。精力的に執筆を続けていますが、その原動力はどこから生まれるんですか?
寺地 「作品を送り出さなければ」「世の中に伝えなくちゃ」みたいな使命感はあまりなくて、「ご依頼いただけるから」というのが正直なところですね。
でも、私は小説を書くのがすごく楽しいんです。本当は「苦しくて」とか、かっこいいから言いたいんですけど、ただ楽しいから続けています。だから原稿のご依頼をいただけるうちは、それなりに必要とされているのかなと思って応えていきたいと思っています。
――小説を書くときに一番楽しいのはどんな時なんですか?
寺地 第一稿を書き切るまでは頭の中から出す作業だから割としんどいです。そこから自分で読み返して、「ここはもう少し書き足そう」とメモをして書き進める時が一番楽しい。
私は執筆の波がなくて、どんどん書けることもなければ、1行も書けない日もないんです。そうやって割と内職のように決まったページを書き続けるタイプなんですけど、1日に10枚ぐらい書いたら「ここで終わろう」とやめています。何作品か並行して進めているので、1カ月の間に「Aを50枚、Bを50枚」と目標を決めて、1週間ごとに書く作品を替えています。
――書くネタには困らないタイプですか?
寺地 毎回ベストを尽くしているので、最初の打ち合わせでは「もう何もないです」という状態が多いです。でも、いろんな人と話す中で、生まれていきますね。
意識してインプットしていることは特にないですけど、世間で何が起こっているかは見るようにしています。例えば、SNSでみんながどんなことに関心を持っているかとか。
――『雫』では、男性教員が結婚を機に、伴侶の名字にすんなりと変えるシーンが出てきます。あれは時事性を感じるエピソードでした。
寺地 あのシーンもSNSで話題になったのを見て出てきた一つだと思います。私もこの世を生きる普通の人間の1人なので、やっぱり話題になったことについては考えます。選択的夫婦別姓制度の話題を見たら、「私も名義変更するの、嫌だったな」と気持ちが蘇りますよ。
――寺地さんは出産後に小説家としてデビューしましたが、ご著書は家族も読むんですか?
寺地 夫はたぶん、私の本を読んだことがないと思います。デビューが決まった時に、「賞を取りました」とは伝えましたけど、特にリアクションはなかったですね。子どもも読んでないんじゃないのかな。
小説家になって改めて自分を振り返って見つけた仕事論
――多くの著書を出す中で、自分に対して新たな発見や変化を感じることはありますか?
寺地 最初は、取材やサイン会などのイベントで緊張していたんです。上手に喋ろうとしていたんですね。でも自分を良く見せようとすると、思ってもないことを話し始めちゃって、そうするとだんだんと自分の声が小さくなるんです。言ってることに自信がないから。
そういう失敗を何度も体験するうちに、自分への期待値を下げるようになりました。喋った内容が、今の自分の限界。うまくいかなくても、「自分なんてこんなもんや」って思うようにしたら、そこまで落ち込まなくなりましたね。
読者の年齢に合わせた楽しみ方を見出して
――今後はどのようなことに挑戦していきたいですか?
寺地 今作では時間を遡って書くことに挑戦しました。新作でも同じように、新しいことにチャレンジしていきたいです。2025年3月にU-NEXTで掲載していた短編連載を長編に直して出版予定。それに別冊文藝春秋で連載中の『リボンちゃん』も2025年夏ごろに出る予定です。
――最後に、読者に向けて一言いただけますか。
寺地 『雫』は45歳から15歳の登場人物が出てくるお話です。45歳より上の年齢の読者は、「自分はどうだったかな」と過去を振り返るきっかけにしていただければ。
10代の読者は、もしかすると「先々に大変なことが待っているんだな」と身構えるきっかけになるかもしれません。作品に出てくる問題は、何とかなったり、ならなかったりします。でも、怖がらなくてもいいんだなと思ってくれたら最高です。そこまで私が口を出す権利は、ないかもしれないですけど。
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寺地はるな(てらち・はるな)
1977年佐賀県生まれ、大阪府在住。2014年『ビオレタ』でポプラ社小説新人賞を受賞してデビュー。2021年『水を縫う』で河合隼雄物語賞受賞。『川のほとりに立つ者は』『わたしたちに翼はいらない』『こまどりたちが歌うなら』など著書多数。2019年からは「署名っぽいサインで寂しいから」と、サインの隣にウサギのキャラクター・テラコを記している。
文=ゆきどっぐ
撮影=杉山拓也
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