本木雅弘との32年ぶりの共演は「ほぼ初共演のよう」 小泉今日子が『海の沈黙』で感じた価値観に“自信”を持つこと
CREA WEB / 2024年11月22日 11時0分
倉本聰さんが36年ぶりに映画脚本を執筆した作品『海の沈黙』。ヒロインを演じた小泉今日子さんに、同期で同い年の本木雅弘さんとの32年ぶりの共演についてや、倉本作品への思いなど、たっぷりとお聞きしました。
『海の沈黙』Introduction&Story
世界的な画家・田村修三(演:石坂浩二)の展覧会で贋作事件が起きた。画壇から追放された、かつては新進気鋭の天才画家と称された津山竜次(演:本木雅弘)が関係しているらしいと知り、津山のかつての恋人で、いまは田村の妻である安奈(演:小泉今日子)は、小樽へ向かう。「贋作」を描いたのは一体誰なのか。その理由は──。『北の国から』『やすらぎの郷』など、数多くの名作を生み出してきた倉本聰が、およそ64年前にあった「永仁の壺事件」(鎌倉時代の古瀬戸の傑作として、国の重要文化財に指定されていた瓶子が実は、1897年生まれの陶芸家・加藤唐九郎の作品であると言われ、重要文化財の指定の解除、文部技官が引責辞任するなどの事態となった)に着想を得て書き上げた、「美」と「本物」を問いかける渾身のドラマ。
本木さんとはほぼ初共演のような気持ち
――小泉さんが出演される映画『海の沈黙』がいよいよ公開になりますね。
小泉今日子さん(以下、小泉) 今回、倉本先生の渾身の作品に参加できて、とても光栄に思っています。先生が掲げる「美と本物」というテーマも、同期で同い年の本木さんとの共演も、どちらも非常に魅力的で、喜んでオファーをお受けしました。
――小泉さんは以前にも倉本さんのドラマに出演されていますよね。
小泉 はい。2005年に倉本先生が脚本を手がけた『優しい時間』という連続ドラマに、看護師役で少しだけ出演させていただきました。ドラマのあと、別作品でもオファーをいただいたのですが、そのときはどうしても都合がつかなくて。出演できなかったのが、ずっと心残りだったんです。
でも今回、倉本先生が長年構想をあたためてきた作品に参加させていただくことができて、心に引っかかっていたものがようやくとれた思いです。
――本木さんとの共演はいかがでしたか?
小泉 映画で本木さんとご一緒するのは、実は初めてなんです。テレビドラマでは、以前に一度、『あなただけ見えない』という番組で共演したことはあったのですが、サイコサスペンスドラマで、微細な感情のやり取りみたいなシーンはあまり多くなかったんですよね。そのドラマでご一緒したのも、もう32年も前の話なので、心情的にはほぼ初共演のような気持ちでした。
『団地のふたり』との共通点
――今作では、孤高の天才画家・津山竜次の元恋人で、世界的に有名な画家・田村修三(演:石坂浩二)の妻・安奈という、物語のカギとなる重要な役を演じています。
小泉 久しぶりにヒロインらしいヒロインでのオファーをいただいて、最初は「わーい!」と思いました(笑)。最近は自立した女性や、元気で強い女性を演じることが多かったので。
でも倉本先生はおそらく、「ヒロインとして」というよりも、ご自身がどうしても描きたかった「美と本物」というテーマに対して、「この人なら共感してくれる」という視点で、私にオファーしてくださったのではないかと思っています。
――倉本さんの作品では、台本のほかに、登場人物たちの歴史や思想まで細かく設定された資料が用意されているそうですね。
小泉 そうなんです。台本とは別に、それぞれの役に対して倉本先生が書いてくださる「履歴書」もいただきました。
これは、倉本先生のもとで学んだ富良野塾出身の脚本家の方にも受け継がれています。いま私は、NHKの『団地のふたり』というドラマにも出演させていただいているんですけど、ドラマの脚本を手がけているのが、富良野塾2期生の吉田紀子さんなので、このドラマでも、私が演じる太田野枝という役の履歴書をいただきました。
――その「履歴書」とは、どのようなものですか?
小泉 『海の沈黙』の場合は、田村安奈がいつ生まれて、どんな家庭に育って、こんな学校を卒業して、いつ竜次に出会って、何歳で田村修三と結婚して……というような「履歴」が淡々と書かれていました。それをまずいただいて、そこにあとから自分の感情を味付けしていくイメージです。
――世界的な画家の妻という設定もあり、小泉さんの演技にはいつも以上に年齢の重みや風格も感じました。どのように役作りをされたのですか?
小泉 安奈は著名な画家の娘として生まれ、画壇のルールの中で生きてきた女性です。一度はそこから飛び出したくて竜次と恋をしたけれど、結局は画壇のルールに則って成功している田村修三と結婚する道を選びます。
それが正解だと思って生きてきたところはあると思いますが、失恋の痛みを糧に自分を保ってきた時期もあったと思います。複雑な思いや感情を閉じ込めて、息を潜めるように生きてきた時間が長い人なんだろうなと考え、そんな空気感が出せるよう、意識しました。
物語においては、画壇で認められ順調に出世した田村と、そこから外れてしまった竜次との狭間で、どちらにも属さず、宙ぶらりんに生きてきた女性の虚しさや悲しさも醸し出せたらいいなと思って演じました。
映画のラスト近くで、この物語のテーマに迫る重要な場面があって。そのシーンに立ち会うのに値する人間を考えたら、私なりの安奈像ができていったように思います。
偽物でも本当でも、自分の心が動くのは何か
――お互いに「もう会うことはない」と思っていた、かつての恋人・竜次との再会は、安奈にとって幸せだったのでしょうか。
小泉 安奈と竜次の間には、恋とか愛という次元を超えた澱のようなものが感情の一番奥底にあって、それがふたりの人生にずっと影響してきたのではないかと思います。
安奈が竜次に「ありがとう」と言うシーンがあります。安奈は心の奥底に感情を閉じ込めながらも、ずっと竜次を心配していただろうし、心のどこかで竜次のようなアウトローな生き方を認めてもいた。だから、竜次らしい生き方をそのまま貫き通した彼に、「ありがとう」と声をかけたのだと私は解釈しています。
――完成した映画をご覧になって、どのように思われましたか?
小泉 偽物でも本当でも、自分の心が動くのは何かということを、あらためて考えるレッスンが、私たちみんなに必要なんじゃないかと思いました。
とくにいまはインターネットやSNSで情報が左右される時代です。映画のなかで、萩原聖人さん演じる美術館の館長・村岡が「私はあの絵に心底惚れ込んでおりました。それはあの絵が贋作であると指摘された今も変わるものではありません」と訴える場面がありますが、確かに、誰かの評価や世の中の状況で値段や価値が変わっていくって、不思議ですよね。人や社会がどう判断しようと、自分が美しいと思うものに絶対の自信が持てる。そういう「本当の価値を知っている人」が必要なのではないかと感じました。
――小泉さんは人の意見よりもご自身の判断を重視できるタイプですか?
小泉 そうですね。私は子どもの頃から、個性を尊重してくれる家庭で育ったので、10人のうち9人が「右がいいよ」と言っても、自分が「絶対左がいい」と思ったら譲らないところはあると思います。
もちろん、情報に流されてしまうこともありますが、たとえば家を購入できるくらいの値段を出してすごい美術品を買ったとしても、それを飾るに値する家がないのなら、たまに美術館に行って観るほうがいいんじゃない、って思いますよね。そういうふうに「自分だったらこうかな」と言えるものをしっかりと持つことがこれからの世の中では必要なんじゃないかなと思います。
衣装クレジット
ニット 88,000円、パンツ 36,300円/CINOH(MOULD 03-6805-1449)
ピアス 35,200円/PLUIE(PLUIE Tokyo 03-6450-5777)
リング 右・人差し指 19,800円、薬指 29,700円、左 40,700円/Rieuk(info@rieuk.com)
文=相澤洋美
写真=杉山拓也
スタイリスト=藤谷のりこ
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