楽しい“日々のごはん”を描いたコミックエッセイ『ごはんが楽しみ』が大ヒット中!井田千秋さんインタビュー
CREA WEB / 2024年11月23日 11時0分
5人の女の子の部屋と暮らしを描いたコミック&イラスト集『家が好きな人』がベストセラーとなった井田千秋さん。最新単行本となる『ごはんが楽しみ』は「食」をテーマにした初のコミックエッセイ。いつもの朝のたまごサンドやツナチェダーチーズ、好きな具材をテーブルいっぱいに並べた週末のクレープブランチ、お茶の時間のおやつ缶、おばあちゃんの家から譲り受けた食器……。あたたかなイラストとおしゃべりで紡ぎ出される井田さんの食にまつわる情景には、自分好みの暮らしを自分の手で作り上げる楽しさが詰まっています。
心躍るファンタジーは日常のすぐそばの小さな世界に広がっているーーと気付かせてくれる、愛すべき井田千秋ワールドについて話を伺いました。
「ごはん」がテーマになった理由
――『家が好きな人』は架空の女の子の家の話でしたが、『ごはんが楽しみ』は井田さん自身の生活を描いたものです。
『家が好きな人』は、本当に架空の世界の架空のキャラクターの話だったので、今回はまったく別物ですよね。もともと個人的な創作物として自分が「こんな生活いいなー」と想像したものをイラストで描いていたので、自分のことを描くという発想はなかったんです。
6年ほど前に、同人活動で『たとえばの話』というイラストエッセイを描いてみて、自分の話をする面白さを感じましたし、それまで同人誌で作ってきたようなイラスト集だけでなく、読み物作品ももっと作ってみたいと思うようになりました。そんなタイミングでコミックエッセイを描きませんか?という話をいただけました。
――今回「ごはん」というテーマはどうやって決まったのでしょう。
最初は特にテーマを決めずに描こうと思っていたんですが、初めてのコミックエッセイだから何かテーマを決めた方が伝わりやすいんじゃないかというアドバイスをいただいて。これは描けそうだなという題材を箇条書きで書き出していったら、食にまつわることが多かったので「ごはん」になりました。
「いつも通りの食卓」の魅力
――井田さん自身、食べることが好き?
すごいグルメとか料理好きというわけではないし、特に食事にこだわりのある家で育ったわけでもないんですが、ふと気が付くと今日はなにを食べようかな?と考えています(笑)。うちの母親がちょっとなにか食べたいなというときに家にあるものでぱぱっとおいしいものを作るのが得意な人だったんです。前日のおかずの残りで小さい手巻き寿司みたいなのをちょこっと作って、私も相伴にあずかったり。私自身も凝った料理よりは「いつも通りの食卓」みたいなものが好きで、日々のごはんをちょっとした工夫で楽しむことに喜びを感じるんですね。
――「朝のパン」ひとつとっても、たまごサンドにポテサラトースト、バナナトースト、あんこと苺と生クリームをトッピングした苺大福風トーストなど、バラエティに富んでいて日々食べることを楽しんでいる様子が伝えわってきます。他にも「お気楽 家中華」や「家パスタ」など、作中に登場するごはんは、井田さんの日常に根ざした気取りのないものばかりです。
自分のごはん生活を描くにあたって「嘘は描かない」ことは第一に考えていました。自分の日常を人に見せるとなると、映えを意識して普段は作らないような料理を作ったり、凝った盛り付けをしたり、つい普段とは違うことをしてしまいそうでしたが、それはやめて、本当に自分の日常になっていることだけを描こうと。
だから本を読み返すと、同じようなものばかり作ってるなと思いました。「朝のパン」でも卵を挟んだものが2種類もあったり。もっとバリエーションを出した方が本としてはいいと思うんですけど。
好きなものに囲まれた生活を描く
――セブンイレブンの中華惣菜を3つ選んでハイボール片手に配信映画を見る「コンビニごはんの夜」とか、豪華でも映えもしないけれど、だからこそ真似したくなる。そんな「等身大の生活の匂い」は『家が好きな人』しかり、井田さんの作品に一貫して感じられるものです。
雑誌のグラビアみたいにおしゃれで生活感がない生活もかっこいいなとは思うんですけど、自分にはできない。その人が愛着をもってずっと使っているものは素敵だなと思うし、おしゃれじゃなくてごちゃごちゃしてるけれど、好きなものに囲まれた今の生活が好きなので、それをおもしろがりながら描いています。
――友達の家に遊びに行っても、おしゃれで何もない部屋よりはものが多くてごちゃごちゃした家の方が、その人らしさが感じられて楽しいですよね。
そうそう、本棚とか食器棚とか気になってつい見ちゃったり、これをこういうふうに収納してるんだ、みたいな部分に惹かれます。
ミクロな部分にある「生活の愛おしさ」
――いろんな種類のお茶を小引き出しにざっくり分けて収納している「お茶の話」や、六花亭の空き缶に個包装のいろんなお菓子の残りをつぎたしつぎたしストックした「おやつ缶」の話なんか、まさにそう。井田さんの生活を楽しむ術にワクワクさせられます。
そういうミクロな部分にこそ「生活の愛おしさ」がある。部屋や生活の細々した部分を楽しむことは、ドールハウスを愛でるような楽しさがあるし、描いていても楽しい。本当にちっちゃな世界なんだけど、好きなもので囲まれている。そんな凝縮された暮らしに愛おしさを感じるんです。
――おばあちゃんの家から譲り受けたお皿や長年愛用しているマグカップなど、お気に入りの食器でごはんを楽しむ様子は、それこそドールハウス的なおままごと遊びにも近い。こんな食器でごはんを食べたいなーと憧れた子どもの頃の記憶が蘇ります。
ごはんの楽しみとして食器は大きいですよね。「おままごと遊び」というキーワードは、私自身、今回いろんな話を描いていて頭に浮かんでいたことです。「ごはん」って、決して料理のことだけじゃない。食器とかテーブルとかキッチンとか、いろんなものが相互に作用しあっているもので、そのひとつひとつを「おままごと遊び」みたいにちまちまとコーディネイトすることが好きなんだなと改めて感じました。
井田さんに影響を与えた作品
――お茶の時間を楽しむようになったルーツとして、作中ではあゆみゆい先生の『チム・チム・チェリー!』や山田南平先生の『紅茶王子』などが紹介されています。他に井田さんの生活と作品に影響を与えているものはありますか?
やっぱり『赤毛のアンの手作り絵本』の影響は大きいですね。『赤毛のアン』のエピソードにあわせてカナダ風の家庭料理や小物や生活習慣を紹介した本で、母が持っていたものです。松浦英亜樹さんのイラストも素敵で『赤毛のアン』を読む前から読んでいたかもしれない。「こんな生活素敵だな、可愛いなー」という感性が目覚めるきっかけになったと思います。
――女の子が「こんな生活いいな」と憧れるきっかけとして、少女マンガや児童文学の存在は大きいですよね。
今回ごはんの絵を描いていて、子どもの頃、母親の本棚を眺めるのが好きだったことも思い出しました。『暮しの手帖』とか、ターシャ・テューダーさんの田舎暮らしを紹介した本とか。いろんな人の食卓や生活全般をかいま見ることができるものが好きだったんですね。あとはジブリ作品でも、ラピュタパンとか『魔女の宅急便』のパイとか、アニメーション作品からの影響も大きいと思います。
現実とロマンのちょうどいいバランス
――イラストで描かれたごはんは写真とはまた違って、リアルではないからこそロマンをくすぐるものがあります。井田さんはごはんの絵を描くときに心掛けていることはありますか?
ごはんも部屋も一緒なんですが、現実とロマンのちょうどいいバランスは考えますね。艶や焦げ目などおいしそうだと思うところを少し強調してみるとか、写真そのままに模写するというよりは、絵だからこそできる表現ができたらいいなと思います。だんだん自分なりのポイントがわかってきたので、これからもごはんの絵はいっぱい描いていきたいですね。
――読み手に直接語りかけるような親密な語り口も、井田さん作品の大きな魅力です。
やっぱり、遠い世界の話ではなく読者さんと同じ世界のものとして受け取って欲しい。これからも私が普段楽しみにしていたり、こういうのっていいよねと思っている小さな世界の細々したことを描いていくと思うので、私ならこうするなって、自分の生活と重ねて気楽に読んでもらえたらうれしいですね。
井田千秋(いだ・ちあき)
細やかで生活に寄り添った描写で愛されるイラストレーター・漫画家。著書に『家が好きな人』(実業之日本社)、『わたしの塗り絵BOOK 憧れのお店屋さん』(日本ヴォーグ社)など。児童書の挿絵に『へんくつさんのお茶会』(Gakken)、『ぼくのまつり縫い』シリーズ(偕成社)など。
文=井口啓子
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