感受性を取り戻して悲しみや怒りの感情に気付いた。上坂あゆ美流・“呪い”を解いて人生をサバイブする方法
CREA WEB / 2024年11月28日 17時0分
第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(以下『老モテ』)で、歌人として鮮烈なデビューを果たした、上坂あゆ美さん。
初のエッセイ集となる『地球と書いて〈ほし〉って読むな』は、不倫にギャンブルにやりたい放題の上、家族を捨ててフィリピンに飛んだ父、女海賊のように豪快で腕っぷしの強い母、ギャルでヤンキーでトラブルメーカーの姉――に翻弄され、自身も無自覚に周囲の人々を傷つける「シザーハンズ」(編集部注:ティム・バートン監督の映画『シザーハンズ』の主人公として知られる、両手がハサミの人造人間)として幾多の失敗を繰り返しながらなんとか生き延びた、サバイブの記録でもある。
長年抱えてきた家族や世の中に対する「怒り」を、鋭利な「言葉」とファニーな「笑い」の力で、ある種のエンタテイメントとして読ませてしまう。生きづらさを抱えている人を光の方へ導く、最高に苛烈でクレバーで切ない、人生の真実をあぶり出すエッセイに圧倒されて欲しい。
「被害者レポ」ではなく面白い方がいい
――『地球と書いて〈ほし〉って読むな』は、上坂さんにとって初のエッセイ集ですが、大半を占めているのが家族のエピソードです。これまでにも短歌やX(旧Twitter)のつぶやきで、家族のことは断片的に語られてはいましたが、家族について書くことに躊躇はありませんでしたか。
自分の中では、家族のことは『老モテ』でも書いていたので、躊躇はありませんでした。ただ、父はもう亡くなっていますが、母と姉は今も普通に生きて生活しているので、家族といえどセンシティブな部分もあるし、過去のことを一方的に書くことの加害性も考える。実在の人のことを書くときは、できるだけ本人にゲラを見せて了承を取っていますが……。とはいえ、姉については最後まで書くかどうか迷いましたね。
――なぜ、お姉さんだけ書くことを迷ったのでしょう?
うちの父親はギャンブル三昧で、家を出るときも私のお年玉貯金を全部持っていくような人間だったけれど、私自身は直接的な暴力を受けたわけではないし、両親が離婚してからはほぼ没交渉だったので、新規に嫌なことは起きない。
でも、姉とは現在も会う機会がそれなりにあって、新規でどんどん嫌なことが起こるので自分の中で感情が定まってない。だから自分がどう思っていて、どうして欲しいのかをわかるのに時間が掛かっていて、今回少し書きましたが、姉に対してはまだ書ききれていない感じがあります。
――客観的に読むとヘヴィなエピソードも多いのに、あっけらかんと笑える書き方になっているのがすごいです。
あんまり同情されたくないんですよ。『老モテ』のときから、「被害者レポ」みたいに受け取られたくないとは強く思っていました。
個人的な美意識や作風の話になるんですが、「客観的に見たら地獄みたいな状況の中で主人公だけが感じている希望」みたいなシーンが大好きで。それは今回書いた、元デリヘル事務所で暮らしていたとても幸せな日々のことが、原体験になっているかもしれません。
少しずつ呪いを解いていった
――当時の上坂さんの中には、やはり行き場のない「怒り」があった?
今思えばありました。でも、家庭環境や自分で選んでいないどうしようもないことで不幸な人って、辛すぎて感受性のスイッチを切ってることがあると思います。私もそうだったのですが、20代になってから少しずつ呪いを解いていった感じです。
――地獄の渦中では、自分が本当はどう思っているのか、気付けないこともありますよね。
私も昔は、家でなにが起こってもなにも思わない状態にずっとなっていて、両親が離婚しても、「あ、そうっすか」みたいに受け流す術が身に付いていて。それを続けていると、自分はこれが嫌だったんだ、悲しかったんだって事にずっと気付けないですよね。
私の場合はたまたま、就職して家を出て、経済的にも精神的にも余裕ができたことで、あれ、私って悲しかったんだって気付くことができました。もし感受性のスイッチを切ったままずっと生きていたら、ちょっとしたきっかけで死にやすくなる。うれしいことも悲しいこともなかったら、もういつ死んでもいいじゃんみたいになりやすいから、私自身、今も感受性を取り戻す訓練をしています。
自分の感受性を取り戻す訓練
――今回のエッセイでも感受性を取り戻す訓練のエピソードが登場します。ディズニーランドに行ったり、なにが楽しいのかよくわからないことを真剣に取り組む上坂さんの姿が、可笑しいやら切ないやらで、感情を激しく揺さぶられます。
ディズニーランドもそうだし、あと海とか山とか夜景とか桜とか、みんな綺麗っていうけど嘘なんじゃないかって本気で思ってたんです。Googleでいくらでも見れるのになんでわざわざ行くの?みたいな(笑)。
でも、自分が疑ってた状況に身を置いて、自分は今どう感じてるかな? 綺麗ってどういう感じの綺麗だろう? 友達がすごく喜んでてうれしいし、なんか私もうれしいぞーーみたいなことを、ひとつひとつ確かめながら自分のモードを定義付けしていくと、なるほど、これが悲しいってやつか!ってわかってくる。自分の感情を認めてあげたら、少しずつ生きやすくなりました。
呪いを乗り越えないと生きづらい
――そうやって傷付けられてきた上坂さん自身が、無自覚に周りを傷付ける「シザーハンズ」だったというエピソードも、切な可笑しい。
過去、私に傷付けられた人からしたら、お前がこういうこと言うな!って思われてるかもしれませんね。自分は極端だったけど、どうしても若いときって、世界のルールを知らないから他者を傷付けてしまうことがある。私は、生きていく上でほんとうに大切な「真実」みたいなことを、私にわかるように教えてくれなかった社会に対して懐疑的な気持ちがあります。言ってくれたらできるのに、言ってくれないから、知らないまま人をいっぱい傷付けちゃったじゃんって。
今って誰かがやらかしたことに対して、誰かが断罪して負け犬の烙印を押すーーみたいな風潮がすごく強い。でもちゃんと反省して間違いを直そうと努力する人だったら、それを受け入れる社会であって欲しい。だからこそ、自分が過去間違いまくっていたということは書いておきたいと思いました。
――いやいや、よくぞ生き抜いたとシザーハンズを抱きしめたくなる。そういう意味でこのエッセイは、サバイバーの記録でもあります。
嫌だったこととか、ムカついたとか、いまだに遺恨となっていることに向き合って、整理していくことが、むしろそれのみが、現代の生き抜き方だと思っています。
結局、呪いを乗り越えないと生きづらいし。今、死にそうなほど辛い状況にある人には呪いと向き合えなんて言えないけど、こういうふうに考えたら、ちょっと生きやすくなったよ、みたいなことは伝えたい。それが私は、世の中の「生き抜き方」であり「真実性が高いこと」だと思うんです。
上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
1991年、静岡県生まれ。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)でデビュー。Podcast番組「私より先に丁寧に暮らすな」パーソナリティ。短歌のみならずエッセイ、ラジオ、演劇など幅広く活動。
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘
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