「ほんとうのこと」が知りたいという欲求は止められない。上坂あゆ美が“真実を求める変態”である理由
CREA WEB / 2024年11月28日 17時0分
第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(以下『老モテ』)がSNSを中心に大きな話題を呼んだ、上坂あゆ美さん。先日発売された『地球と書いて〈ほし〉って読むな』は、パンチの効いた家族に翻弄され、自身も無自覚に周囲の人々を傷つける「シザーハンズ」(編集部注:ティム・バートン監督の映画『シザーハンズ』の主人公として知られる、両手がハサミの人造人間)として幾多の失敗を繰り返しながらなんとか生き延びた、上坂さん自身の半生を赤裸々に綴った初のエッセイ集。
歌人という枠にとどまらず、怒りと笑いと言葉を武器にハードな世の中に立ち向かう、上坂さんにとっての「書くこと」、飽くことなく希求する「真実」とは――?
言葉以外は信じられない「シザーハンズ」
――上坂さんは「父への怒りを短歌にすることで浄化することができた」と仰っていましたが、短歌と出会うまでは、自分の中にあった怒りを浄化する方法はなかった?
あんまりなかったですね。短歌に出会うまではずっとこじらせていました。自分の中にあるものを外に表現したい気持ちはあったけど、具体的になにを表現したいのか見えていないし、その手段もわからない。美術大学に進学して、美術・デザイン・映像・彫刻など、授業でいろいろやりましたが、自分が言いたいことを伝えるには遠い気がして、いろんなことをやっては諦めていました。
――美術やデザインでは、なぜだめだったのでしょうか?
むしろ美術やデザインの方が自分のメッセージ性を出しやすいという方もいると思うんですが、私の場合、もともと言語野の方が強かったんでしょうね。当時から言葉にしないとちゃんと言えていない感がすごくありました。
――やっぱり、言葉の方が自分の言いたいことをダイレクトに伝えられる?
それもあるし、空気を読むとか、人の顔色や心情を察するのが苦手で、言葉にされないとわからないんですよ。そういうところが「シザーハンズ」と言われたのかもしれないですけど。たとえグサッときても言葉で本当のことを言ってほしいし、自分も言いたい。今回の『地球と書いて〈ほし〉って読むな』というタイトルもまさにそうなんですが、抽象めいたものやある種のロマンチシズムが苦手だと思います。
ただ、感覚的なものを否定したいわけではないんです。そういうのを楽しめたらいいなって憧れはあるんだけど、私の場合、それを受容できる感覚機能がないので、言葉以外は信じられないし、言葉で闘うしか手段がないですね。
自分の中にあるものをとにかく早く伝えたい
――言葉で悩んだ上坂さんだからこそ、それが武器になったのは感慨深いですね。短歌については「たった31文字なら自分にもできそうだし、お金も時間もかからないからコスパがいい」と言われています。
私の場合、とにかく自分の中にあるものを「早く伝えたい」という気持ちが強くて、短歌はその点、最速で行けるから好きですね。
たとえば「美しい夕焼け」を表現したいときに、油絵で表現すると作業時間だけで数十時間はかかるけど、短歌は31文字だから5分あれば一応は書ける。場所も道具もお金もほとんど必要ないし、SNSで簡単にすぐに発信できる。そういう意味でコスパがいいし、とにかく早く伝えたい自分には合ってるなと思いました。
――確かに、同じ言葉を使った表現でも、短歌は小説なんかよりも最速で行ける。
小説の方が時間がかかりますよね。そもそも他人の気持ちがわからないので、恥ずかしながら小説で表現されていることが理解できないこともたくさんあります。私小説ならまだしも、抽象的な恋愛小説とか群像劇はすごく難しいですね……。その点、短歌は視点が作者一人でブレないから嬉しいです。
エッセイは「作者にとっての真実」を書ける
――やる気さえあれば誰でもすぐに始められて、すぐに発信・共有できる。そんな短歌のスピード感は、昨今の短歌ブームを大きく後押ししている気がします。
短歌は始めるハードルは低いと思いますが、そこからがしんどくて……。やればやるほど、短歌の難しさや奥深さを目の当たりにしています。
――少ない言葉で伝えることって、実はいちばん難しいですよね。
そうなんですよ。たった31文字で感情を伝えるって、めちゃくちゃ難しい。言葉の少なさでいえば俳句の方が少ないけど、俳句は「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」みたいに、実際の風景を詠む感じ、つまり写実性が高いと思います。それに対して、短歌はその人の感情や心象が色濃く出る。「事実」より「真実」がより濃くて、それが難しいけど楽しいです。
――上坂さんのいう「真実」とは、その人にとって生きる上での拠り所となるような――?
そうですね。「事実」とは違う、本当のことみたいな……。私は短歌って、その人の中にしかない「真実」をあぶりだす文芸だなと思います。私の短歌には、私にとっての「真実」があるけど、それを読んだ人が感じる「真実」は、私が感じた「真実」とは違う形かもしれない。人の数だけ真実が存在するところが短歌の魅力だなって思います。
今回エッセイを書いてみて、短歌と比べて文字量が多いぶん、具体的なことが言いやすいとか、ファニーな話がしやすいという違いは感じましたが、「作者にとっての真実」を書けるという意味で真実味が高いし、私は短歌に近い魅力を感じています。
「真実」への欲求が強すぎる“変態”
――短歌とかエッセイ以前に、上坂さんは「真実」を希求する気持ちが、尋常でなく強いですよね。
でもどうしても止められない欲求って、人それぞれありますよね。常に恋愛していたい人もいるし、仕事で成功するのが生き甲斐って人もいる。作家の方で、とにかく書いているときが幸せという人もいるけど、私の場合は書きたいというよりは、自分にとっての「真実」をひとつでも多く見つけて、ひとりでも多くの人に言いたいって欲求が止められない。自分の中の真実も好きだし、他の人の真実も好きなんですよ。あなたの中の「ほんとう」って、そういうことなんだーーって知りたい。そういうタイプの変態なんでしょうね。
私は事象に対する自分の中の真実も好きだし、他の人の真実も好きなんですよ。あなたの中の「ほんとう」って、そういうことなんだ――って知りたい。その欲求が強すぎて、やめられない。真実の変態って感じです。
――じゃあ、上坂さんにとって「書くこと」は「真実」に近づくための手段のような?
だと思います。
彫刻って、木の丸太から元々そういう形があったように彫り出していくじゃないですか? 私にとって短歌やエッセイを書くことは、あれと同じで、自分の中にある「真実」を彫り出してる感覚がある。このシャープな輪郭を出すには、どの言葉がいいかな? 単に「やさしい」とか「さびしい」とかだと、全然彫り出せてない。それじゃあ丸太のままじゃん!って思って、言葉を推敲する。「さびしい」なら、どういうさびしさがなぜ起きたのか、それを過不足ない状態になるまで純度を高めて彫刻していく感じです。
――上坂さんは「短歌の人」として世に出たわけですが、まだまだアッと驚く世界を見せてくれそうでワクワクします。
もともと短歌一本でやっていくぞ、みたいなこだわりは全然なくて、私の場合、言葉であれば、短歌でもエッセイでもXの呟きでもラジオの喋りでも、フォーマットは本当になんでもいい。どうせやるなら、できるだけ多くの人に言いたいなって思って、今は自分でPodcast番組をやってるし、作詞やラップもしてみたいです。やったことがないことは全部やってみたい。不必要に他者に害を与えない範囲ならば、手段問わず自分の欲求を満たし続けるのが「幸福の最大化」だと思っています。
上坂あゆ美(うえさか・あゆみ)
1991年、静岡県生まれ。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)でデビュー。Podcast番組「私より先に丁寧に暮らすな」パーソナリティ。短歌のみならずエッセイ、ラジオ、演劇など幅広く活動。
文=井口啓子
撮影=佐藤 亘
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