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「年配の男性客から、何だその黒い爪はと言われたりも…」三浦しをんが語るネイルという“ゆびさきの魔法”

CREA WEB / 2024年11月25日 11時0分

 11月25日(月)に1年半ぶりの最新長編小説『ゆびさきに魔法』が発売される三浦しをんさんへのインタビュー。

 直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』や、辞書編纂の現場を描いた『舟を編む』をはじめ、多彩なジャンルの作品で知られる三浦さんの最新作は、「ゆびさきに魔法」をかけるネイリストが主人公の「お仕事」小説です。ネイルオブザイヤーも受賞された三浦さんに、お客様の爪に魔法をかけるネイルの魅力についてもお聞きしました。

【あらすじ】

月島美佐はネイルサロン「月と星」を営むネイリスト。爪を美しく輝かせることで、日々の暮らしに潤いと希望を宿らせる――ネイルの魔法を信じてコツコツ働く毎日である。そんな月島のもとには今日も様々なお客様がやって来る。巻き爪に苦しむも、ネイルへの偏見からサロンの敷居を跨ごうとしない居酒屋の大将。子育てに忙しく、自分をメンテナンスする暇もなくストレスを抱えるママ。ネイルが大好きなのに、パブリック・イメージからネイル愛を大っぴらにはできない国民的大河男優……。酒に飲まれがちながらも熱意に満ちた新米ネイリスト・大沢星絵を得て、今日も「月と星」はお客様の爪に魔法をかけていく。


――『ゆびさきに魔法』では、なぜネイリストの話を書こうと思われたのでしょうか。

三浦しをんさん(以下、三浦) 私、ネイルをしてもらうのが好きなんです。ゆびさきをキラキラと彩るネイルは、日常に潤いを与えてくれる存在だと思っています。

 いまはだいたい3週間に1回サロンに通い、爪のケアとネイルチェンジをお願いしていますが、ネイリストさんと親しくなるにつれ、いつか彼女たちをモチーフにした小説を書きたいと思うようになりました。

 そんな時、『月刊文藝春秋』から連載のお声がけをいただきまして。年配の男性読者が多いと聞き、これは逆に、ネイルにあまり馴染みのない方たちにネイルの魅力をお伝えする絶好の機会なのではないかと、「ぜひネイルをテーマに書かせてほしい」と連載をスタートしました。


三浦しをんさん。

――今日もすごく綺麗なネイルをされていますね。三浦さんは、いつ頃からネイルをされるようになったのですか?

三浦 10代の頃からです。ネイルを始めたきっかけは、バンドが好きで、爪を赤や黒に塗るのがバンドファンの「身だしなみ」だと思っていたから(笑)。自分でマニキュアを塗っていました。

 でも、一生懸命塗ったのに、乾かしている間にうっかりどこかに触って台無しにしてしまうこともよくありました。ですから、乾きが早くて、美しさが長持ちするジェルネイルの普及以降は、ジェルネイルに移行しました。

本屋で働いていた時に年配の男性客から…

――マニキュアやジェルネイルは、美しさはもちろん、爪の保護にも役立つそうですね。

三浦 そうなんです。実際に、ギタリストや三味線奏者など、爪で楽器を演奏される方のなかには、爪を保護する目的でマニキュアをする方もいらっしゃると聞いたことがあります。

 それに爪のケアは、実は健康面でとても大事だということを、私はネイリストさんに教えてもらいました。信頼できるネイルサロンで定期的に爪のケアをしてもらうことは、自分の健康チェックにとても役立つと思います。

――本作でも、男性の巻き爪ケアや、高齢者施設で爪から健康状態をチェックする福祉ネイリストの話など、健康にかかわるネイルのエピソードが描かれていました

三浦 福祉ネイリストについては、本作を書くにあたって私も初めて知りました。ネイリストさんに話を聞いたり、自分で調べたりしたなかではじめて、高齢者や障がいのある方に、癒やしや元気を届ける福祉ネイリストという仕事があることを知ったのです。ただ、コロナ禍で対面の取材がまったくできなかったので、本作ではそういう仕事があるということを知ってもらえたらいいなということで、会話の中で少しだけ登場させるくらいにおさえました。


シルバーのミラーネイルをフレンチデザインで。

――爪のおしゃれは気分を明るくしてくれます。「花園にこにこ苑」のおばあさんたちが、ネイルを施術してもらって喜ぶ様子は、目に浮かぶようでした。以前は「マニキュアをしている=派手」と思われていた時代もありましたが、昔からネイルを楽しまれている三浦さんは、ネイルで不快な思いをされた経験はありますか?

三浦 私は爪を黒やシルバーに塗っていることが多かったので、本屋で働いていた時に、年配の男性客から、「何だ、その黒い爪は」と言われたことがあります。でも、「綺麗ですよねー。自分で塗ったんですよ」と堂々としていると、「うん、まあ…」と相手がひるんで(笑)、認められるようになっていくので、あまり気にしてませんでしたね。女性のお客さまは、「あなたの爪、いいわね」と声をかけてくださる方も結構多くいらっしゃいました。

 昔は爪のお手入れが健康に関係するという考えも浸透していませんでしたし、そもそもマニキュアをしている人自体がそんなに多くなかったので、珍しいというのはあったのかもしれません。

 私は「マニキュアOK」の職場でしか働いたことがないのでよくわかりませんが、飲食店をはじめとする接客業だけでなく、社内の人と接することが主なはずの事務のお仕事でも、「マニキュア不可」のところが多かったような気がします。

スカジャンで選考会に出たら失礼?

――その時代に比べると、いまはネイルをしている人が増え、ネイルの認知度も上がりました。最近はネイルをしている男性も時々見かけます。

三浦 とってもいいことですよね。性別や年齢に関係なく、メイクもネイルもファッションも、好きな格好をみんなが自由に選べる世の中だといいなとずっと思っています。

 私はスカジャンが好きなのでよく着ているのですが、とある選考会で講評の中継動画を見た方から、「場にそぐわない」「失礼だ」とコメントが寄せられたことがあって驚きました。「選考会」と聞くとフォーマルな場をイメージされる方が多いのかもしれませんが、長時間にわたって真剣に議論を交わす、体力的にも精神的にも過酷な現場です。各自がリラックスできる格好でなければパフォーマンスは維持できません。

 選考委員として授賞式に出席する際は、ちゃんとおしゃれをしていきますけど、選考会はラフな恰好の方が多いと思います。そもそも服装規定なんかないのがこの仕事なので、たとえ受賞者や選考委員が授賞式にボロボロの服を着ていったとしても、誰も何も言わないし、「失礼」とも思われないです。「好きなかっこすりゃいい」で終わりです。

 事情をご存じないのに、「選考会でフォーマルな格好じゃないのは失礼」と決めつけるのは、「男性がネイルをするのは変」「就活はリクルートスーツを着なくてはいけない」と同じような、根拠のない謎のマナーやルールに縛られた思考回路じゃないかなと感じます。そういうものを押しつけてくる人が減り、誰もが自分の好きな格好を楽しめる世の中になりますようにと願う次第です。


「誰もが自分の好きな格好を楽しめる世の中になりますようにと願う次第です」

――作中、「ネイルアートはチャラついたものなどではなく、ネイリストの職人技と芸術的センスが結晶した作品」という文章がありました。『ゆびさきに魔法』というタイトルからも、強い信念を感じます。

三浦 私は、ネイルは魔法みたいだといつも思っています。永遠には残らないけれど、ゆびさきの小さなスペースで人を幸せにしたり、活力を与えたりできる不思議な力を持つ。それが私にとってのネイルです。

 ネイルは、生きるうえで不可欠なものではありませんが、ネイリストさんにネイルをしてもらうことで、心が癒やされたり、元気になったりする人も、大勢いらっしゃると思います。

 そういう意味では、音楽や映画、小説とネイルは同じだと思います。もっと言うなら「職人仕事」という観点では、ネイリストと小説家は非常に似ている。

 お腹いっぱいにならなくても、資産価値にならなくても、誰かの心を潤し、人生を豊かにする。そんな魔法の力がネイルにはあると私は感じていますし、小説にもそんな力があるのではないかと思っています。

文=相澤洋美
写真=志水 隆

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