「私の実感に即して、楽しく尊重しあいながら仕事をする女性を書いてみたい」三浦しをんが新作『ゆびさきに魔法』で描いた“女性バディ”
CREA WEB / 2024年11月25日 11時0分
直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』や、辞書編纂の現場を描いた『舟を編む』をはじめ、多彩なジャンルの作品で知られる三浦しをんさん。最新刊『ゆびさきに魔法』には、これまでの小説にはない工夫がちりばめられています。本作の制作秘話から三浦さんの人生観までたっぷりとお聞きしました。
――『ゆびさきに魔法』は、ネイリストという職業に光を当てた「お仕事」小説です。三浦さんの小説で、女性バディが主人公であるのは新鮮でした。
三浦しをんさん(以下、三浦) はい。これまで私が職業を題材に描いてきた小説は、『神去なあなあ日常』にしても『舟を編む』にしても、男性が主人公でした。私にとって異性である男性は、一種のファンタジーとして想像が働かせやすいというか、「こうだったらいいな」という理想の人間関係が書きやすかったのですよね。
女性を主人公にすると、どうしても「本当はこうじゃないよな」とリアルに考えてしまうので、「明るく前向きに何かを成し遂げる」みたいな話がつくりにくかったのですが、今回は女性を主人公にしたお仕事小説を書いてみたいと思い、挑戦しました。
――日頃からネイルサロンに通われている三浦さんですが、題材としてネイリストさんを観察されて、新たな気づきや発見などはありましたか?
三浦 普段から感じてはいましたが、ネイリストさんは勉強熱心な方がすごく多いです。ネイリストは国家資格ではないし、検定に合格して、自分で名乗れば誰でもなれるとも言えます。でも、技術力が高くセンスもある一流のネイリストさんは、経験の蓄積のみならず、専門知識をとことん究めている方が多い。お客さまの爪を健やかに美しく維持するために、実践と研究・学習の繰り返しをたゆまず行われていて、あらためてネイリストのみなさんを尊敬しました。
――「酔っ払ったノリで米に花やピカチュウの絵を描いた」というネイリストのエピソードが印象的でした。
三浦 あれは、実際に複数のネイリストさんから伺ったエピソードを基に書きました。ネイリストさんは子どもの頃から絵がうまかったという方も多く、細かい手作業が得意で絵心のある方がやはり多いのだな、と思いました。
――月島美佐と大沢星絵という2人のネイリストのキャラクターや関係性は、どのように構想されたのですか?
三浦 女同士というと、足の引っ張り合いや嫉妬など、ドロドロした関係を思い浮かべがちですが、実際に私のまわりにいる女性たちは、お互いを尊重したり、助け合ったりしながら仲良く仕事をしている方が大多数です。だから、せっかく書くなら、私の実感に即して、楽しく尊重しあいながら仕事をする女性を書いてみたいと、形づくっていきました。
――地の文の名前を、下の名前ではなく名字にされたのはなぜですか?
三浦 単純に、「女性が主人公の作品だから、地の文は下の名前で」というのが、嫌なんですよ。日本では公式の場だと名字で呼ばれることが多いのに、なぜ私は小説の地の文で、女性を下の名前で書くんだろうと、ふと疑問に感じたときがありまして。
たとえば、夫婦で犯罪を行ったとされる容疑者の場合、夫を名字で、妻を下の名前で報じることもありますよね。あれも、なんか変だなと思うのです。最近では、両者をフルネームで報じる方向に変わってきている気がしますが。
本作では主人公2人がよく行く居酒屋「あと一杯」に集う人たちが登場するシーンが多いのですが、居酒屋の大将や常連客の名字は知っていたとしても、下の名前までは知らないことが多いですよね。そもそも「あと一杯」の大将は「松永」という名字しか設定を考えていなかったので(笑)、彼に関しては下の名前で書きようがなかったという理由もあります。
「仲良しの女性同士」というより、もっと恋愛に近い感情なのかも
――月島の専門学校時代の友人たちとの「ライバルでもあり仲間でもある」関係性にも、女性同士というより人間同士のつながりを強く感じました。
三浦 月島は、一緒にネイルサロンをやっていた星野江利の才能に憧れつつ嫉妬心もある。これは「仲良しの女性同士」というより、もっと恋愛に近い感情なのかもしれないと、書きながら思いました。
憧れの大切な人だけれど、独占はできなくて、側にいるだけで悔しい気持ちになる時もある――。こういう感情は性別に関係なく起こるものですよね。そんな相反する気持ちに、自分のなかでどう折り合いをつけていくかは難しいところでもありますが、月島の場合は、後輩である大沢を通して自分のなかで咀嚼し直し、新たな一歩を踏み出していく。そんな話にできたのではないかと思います。
――主人公の月島は、未婚で子どもがいない30代半ばの女性です。ですが、月島の恋愛模様や結婚への思いが強調されることはありません。
三浦 私が20代の半ばくらいの頃は、まだ世の中の大半の人に「女性は結婚して出産するもの」という意識が根強くありました。だから、友人が次々に結婚して出産した時期には、「私と飲む時間がある人はいなそうだな」としょんぼりしたこともあります。
でも、結婚している・していないで、友達の関係が無くなるわけではないですよね。いま振り返って思うと、子どもに特に手がかかる期間って意外と短い。お子さんたちはあっという間に大きくなって、いまはまた「子どもが大きくなったから飲みに行こう」と一緒に出かけられる友人たちが増えました。
酔っ払っておしゃべりしている時に友人の娘さんから「また飲んでるの」とあきれられることもあります(笑)。手がかからなくなるまでの間はもちろん大変だったと思いますが、子どもたちが育っていく様子を時々私も横から覗かせてもらって、楽しませてもらったなと思っています。
――月島が、結婚も出産もしていないことを「真剣に働いてたんだね」と専門学校時代の友人が評するシーンにも、三浦さんのニュートラルな視点を感じました。
三浦 そもそも、人がどう生きるかに正解も不正解もありませんよね。みんなそれぞれが一生懸命やってきたのならそれでいいし、そう思わせてくれる友人がまわりにたくさんいたのも、ありがたいと思っています。
洋服でも、好きな服と似合う服は違いますよね
――三浦さんのように、月島のまわりにも、大沢、星野、下村とすてきな友人・仲間がたくさんいます。学生時代の友人・下村に「私はあなたの丁寧で正確な施術が好き」と言われ、月島が「デザインセンスがないなら堅実さで勝負すればいい」と納得するシーンはじんわりと心に響きました。
三浦 結局、ないものねだりをしても誰も幸せにならないということだと思います。たとえば洋服でも、好きな服と似合う服は違いますよね。私は実は、フリフリのかわいらしい洋服も好きなのですが、それを着ている自分はまったく想像ができません。おそらくこの先も、フリルのたくさんついたかわいらしい服を着ることはないと思います。
小説も似ていて。私が「素晴らしい、これは天才の御業だ」と思う小説を自分自身でも書けるかといったら、正直書けません。でも、それと「自分の小説を書く」というのは別のことなのです。私は、私にしか書けない小説を精一杯書く。それしかないと、全力を尽くしています。
――月島がアイデアで悩んでいたように、書くことがなくなるかもしれないという不安や恐怖は感じませんか?
三浦 ないですね。私の場合は、「書くことがない」のがデフォルトなので、「なくなるかも」という不安は逆にないんです(笑)。アイデアがどんどん湧いてくるというすごい方もいらっしゃって、そういう方はお話をしても本当に面白いので、いつもうらやましく思いますが、ないものを悩んでも嘆いても仕方がない。「自分はこういうものだから」と受け入れるしかありません。
本当に何も書けなくなったら? それはもう、なんとか頑張って別の仕事をいたします(笑)。
文=相澤洋美
写真=志水 隆
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