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ホウキの乗りかた

CREA WEB / 2024年12月3日 17時0分


 今最も注目されるフレッシュな文筆家・伊藤亜和さんのエッセイ連載がCREA WEBでスタート。幼い頃から魔女という存在に憧れていた伊藤さんが紡ぐ、都会で才能をふるって生きる“現代の魔女”たちのドラマティックな物語にどうぞご期待ください。

 空を飛ぶ夢を見た。

 私は雲一つない真っ青な空の下、ホウキにまたがって、大海原の上を飛んでいた。空を飛ぼうとする夢は今までも何度か見たような気がするが、こんなに上手く飛べたのははじめてだった。大きく緩やかにカーブを描きながら海の上を進み、耳には風を切る心地よい音が通り過ぎていく。いつもはやたらと気になってしきりに指先で触っている前髪。それが風のせいであられもなく吹き上げられているというのに、夢のなかの私はそれを気にするようすもない。まるで、子どもの頃に凹凸のない滑らかで大きな坂を自転車で下っていたときのような気持ちよさだった。私は優しく体を温める太陽に向かって顔を上げ、そして大きく深呼吸をした。

 どうやら私は、少し先に見える小さな島を目指しているらしい。どうして島を目指しているのかはわからない。ただ、その島以外に降り立つことができそうな場所はどこにもなく、そこを目指す以外、他に選択肢もないようだった。ホウキで飛ぶには少しコツがいる。宙に浮き続けるには「私は飛べる」と、疑いなく信じ続けなければならない。私はこれまでの夢で何度もそれに失敗して、屋根の上からよろよろと畑の上に不時着したり、ビル群のあいだでバランスを崩して窓に衝突したりした。今回も気を抜けば、たちまち海に落ちてしまうに違いない。私はホウキの柄を強く握りなおして、飛び続けることに集中した。

 私はずっと、魔女になりたいと思っていた。10月に生まれた私の周りには、いつも「死」を連想させるような不気味なキャラクターや、おそろしい映画、アニメがあった。毎年誕生日に両親に連れて行ってもらっていたディズニーランドが、いつも決まってハロウィン仕様だったことの影響は大きい。年にいちどの特別な時間をハロウィンのなかで過ごしたことにより、私のなかで「楽しい」や「嬉しい」という感情が「魔女」とか「おばけ」と、ぴったりくっついてしまったのだと思う。家では海外のホーンテッドマンションのビデオを擦り切れるまで見ていたし、恋という言葉を覚えるより先に、ジャック・スケリントンに恋をした。小学生になったころにはハリー・ポッターが大流行して、私と同じ誕生日の母は美しく、黒い服ばかりを着ていた。母はときどき髪にかんざしのようなものを挿していた。幼稚園くらいの私が「どうやってつけるの」と聞いたとき、母が「頭にブスッと刺すんだよ」と言ったものだから、私はひどく驚いて、母はなんて我慢強いんだろうと感心したのを憶えている。私にとっての魔女は、母の姿をしていた。背が高く痩せていて色白で、黒い服、切り揃えられた前髪の、長い黒髪。

 いつも派手な色のパーカーにジーンズを着せられ、天然パーマで色黒の私は母の出で立ちには程遠く、自分でお金を稼げるようになってからは、それに近づくように買うものを選び取った。色白にはなれなかったけど、私の今の姿はずいぶん、あのころの母に似ている。大人になっても魔女へのあこがれは消えず、USJで高い杖を買って大学で見せびらかしたりした。たしかスネイプ先生の杖だったが、部室に置いておいたら、いつのまにか失くしてしまった。

 お金をかけて、姿かたちが理想の魔女に近づいても、肝心の魔法はいつまでたっても使えなかった。プラスチックの杖をもって赤坂の劇場へ行っても、私は結局、座席から舞台を観ている観客にしかなれないし、雑貨屋でおもちゃの魔導書を買ったって、中身はぜんぶでたらめだった。私が魔法を使えるようになる日はおそらく来ない。「十分に発達した科学は魔法と見分けがつかない」とクラークは言ったが、私が欲しい魔法はたぶん、そういうものではない。私が欲しい魔法は、それより不確かで、理不尽で、個性的なものなのだと思う。私が夢のなかで飛ぶことができたのは、それが夢だと解っていたからである。この現実世界では、ホウキにまたがって屋根の上から飛び降りることなんて、試してみようとも思わない。「私は飛べる」なんて、疑いようもなく信じることは、現実の私にはとてもできない。

 けれど、魔法のないこの世界にも魔女はいる。魔女と呼ばれることはできるし、魔女を名乗ることはできる。Wikipediaの「魔女」の項目には、「超自然的な力で人畜に害を及ぼすとされた人間、または妖術を行使する者のことを指す」とあるが、実際はその限りではない。魔法が存在しないこの世界において魔女と呼ばれる女たちは、得体のしれない力を感じさせる女のこと。それは美貌であったり、身体の能力だったり、佇まいだったりする。たいていは孤独で、気難しい女のことを、人はそう呼んだりするのだ。私はたいていひとりぼっちで、気難しいかはわからないが、面倒くさい女だとは思う。私は魔法の才能こそなかったが、魔女になる素質はあるのかもしれない。

理想の死に方は「銃殺」と「爆死」だった

 23歳からの数年間、私はとにかく暇だった。就職を決めずに大学を出たあと、本当にほんの少しのモデルの仕事と、健康に悪いアルバイトで毎日を埋めていた私は、精神的にも健康とはいえず、考えることといえば、お金のことか男のことばかりだったように思う。毎日「こんなことでいいのか?」「これからどうしていくつもりなんだ?」と自問自答こそしているものの、実際になにか行動を起こすわけでもないし、そもそも自分はなにがしたいのかもわからない。そのくせ家のなかでダラダラ過ごすというのには耐えられず、たいして観たくもない映画を観るために外に出たり、特別な日でもないのにひとりで高い食事をしたりすることによって得られる“なにかした感”でなんとか正気を保っていた。

 ある日、珍しく祖父母と近所に買い物に行くと、私と同じくらいの歳か、それよりも下に見える女が子どもを2人連れて、昔よりいくらか寂しくなった商店街を歩いていた。もうそんなに子どもがいる人もいるのか。私が東京でフラフラと遊んでいるあいだに、彼女たちの子どもは自らの足で走り回れるほど成長していた。結婚願望がなければそんなこと気にする必要もないのだが、私はなぜか、結婚願望がかなり強い。それに子どもも絶対に欲しいと思っている。それなのに、周りが結婚していくようすを見ても、いまだとくに焦らずにいる。私は母が22歳になった誕生日に産まれた。私は先週、28歳になった。結婚して子どもを産むでもなければ、がむしゃらに働いているわけでもない。地元の友達とはいつのまにか連絡を取らなくなっていて、みんなどこでなにをしているかも知らないし、知ったところで、もうどうしようもないような気もした。

 夕方、学校から家に帰る途中らしき女の子が、私を見て「こんにちは!」と言った。私は驚いたが、なるべく明るく「こんにちは」と返した。子どもに声を掛けられたのが嬉しくてその話を友人にすると、友人は「最近の小学生って、怪しい人見たら挨拶するように言われてるんだってさ。話が通じるか確かめてるんだと」と言った。私は「なんだと」と憤慨した素振りをしながらも、内心は喜んでいた。また魔女に少し近づいたように思えて、挨拶を返したときの温かい喜びとはまた違う高揚感が胸に湧く。私は今よりずっと歳を取ったあと「近所のあやしいおばさん」になりたい。綺麗な黒い服を着て、ガーデニングなんかをして、猫を飼い、ときどき小学生にからかわれて脅かし返すような魔女になりたい。

 今になって私は、自分についていくつか理解しはじめたことがある。常に自分を中心にした舞台の上で生き、ファンタジーを見すぎたせいか、ドラマティックな演出を日々のなかに持ち込めないものかと私はいつも試みている。そして、自分の人生が、誰にも注目されない平凡なものになることを、極端に避けようとしている。友人に「どんな死に方をしたいか」と聞かれて考え込んだ私が出した答えは「銃殺」と「爆死」だった。たぶん、画になる死に方がしたいのだと思う。死に方はさておき、とにかく私は日常にある材料のなかで、ファンタジーのようなものを作り上げようとする性分のようだ。エッセイを書くとき、ひとつひとつの出来事を物語のように視点を切り替えながら、時には誰でもない視点から書くのが好きだ。起きた出来事がひとつだとしても、それを記憶する形式はそれぞれの頭の中で自由に変えることができる。この科学にもとづく世界で、ホウキに乗れず魔法も使えない私が、自分の足で地面を歩きながら、それでも魔女になるためには、どうすればよいのか。私はホグワーツに行くことを諦める。この世界に留まったまま魔法を探し、魔女を発見し、自分も魔女になろうと思う。ここから始めるのは、たぶんそんな話である。

 島を目指して飛んでいた私。もうすぐ島の上空にたどり着くというところで、真っ暗な部屋のなかで目を覚ました。時間は夜中の2時くらいだろうか。耳にはさっきまでの風の音と打って変わり、砂嵐の不快な音が大音量で迫るように鳴り響いていた。金縛りになると、いつもこの音がする。私が行くべきあの島は、どこに行ってしまったのか。

 動かない身体に囚われたままで、私は目玉だけをキョロキョロと動かし、辺りを見回した。

伊藤亜和(いとう・あわ)

文筆家・モデル。1996年、神奈川県生まれ。noteに掲載した「パパと私」がXでジェーン・スーさんや糸井重里さんらに拡散され、瞬く間に注目を集める存在に。デビュー作『存在の耐えられない愛おしさ』(KADOKAWA)は、多くの著名人からも高く評価された。最新刊は『アワヨンベは大丈夫』(晶文社)。

文=伊藤亜和
イラスト=丹野杏香

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